現代日本語では、動詞のテ形に存在動詞「アル」が後接する形式「V テアル」表現は動 作行為の結果としてもたらされる状態を表す結果相である(益岡 1987;杉村 1996;高橋 2003 など)。文(6.1)では、動作主「誰か」が主格をとって主語であり、動作を受ける対 象「本」が対格をとって目的語である。これに対する「Vテアル」構文(6.2)では、元々 対格に位置する客体対象が主格に昇格して主語になり、動作主「誰か」が義務的に削除さ れる。これは、第 4章で述べた I型の「V有」構文に類似している。
(6.1)誰かが机に本を置いた。
(6.2)机に本が置いてある。
(作例)
動作行為の結果状態を表すには、「Vテアル」構文の他に受動表現「V ラレテイル」も多 く使用される。両者の類似性がしばしば指摘されている(寺村 1984;中畠 1999;齋藤 2010 など)。文(6.3)、(6.4)は、(6.2)と同様に、対象が主格に位置して主語になり、動作主 が省略されており、客体の状態に焦点が置かれている。
(6.3)浴場ののれんの前には、ユニークな酔っ払い人形が 置かれている。
(6.4)いつの間にか、中庭に白い小屋が二棟建てられている。
(『BCCWJ-NT』)
また、日本語教育の面では、「母語によって日本語の結果表現[V テイル、V テアルと V ラレテイル]の細かいニュアンスの差を表し分けるのが難しい」(副島 2017:147)。初級日 本語の教科書においては、一般的に「V テイル」と「V テアル」に関する説明はされてい るが71、「Vラレテイル」と「Vテアル」との違いに関する解説はあまり見られない。した
71 日本語国内の日本語教科書である『日本語初級② 大地』では、第28課で「Vテイル」、第31課で
「Vテアル」が導入されて いる。また、中国国内で広く使用されている日本語教科書『新編日語』では、
第1冊の第9課で「Vテイ ル」、第2冊の第 1課で「Vテアル」が導入されている。
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がって、本章では「V テアル」を中心に考察し、その構文的・意味的特徴を明らかにし、
「V テアル」と、「Vテイル」、「Vラレテイル」との相違点およびその原因を明らかにする ことを目的とする。本章では、主に以下の 3点を主張する。
1)「V テアル」は存在動詞「アル」の存在用法と所有用法を継承し、場所・空間的な 存在の意味による拡張である。
2)「V テアル」は客体に視点を置いて対象の結果状態を表す 1つの「客体結果相」で ある。具体的な場所に対象がどのような状態で存在しているかを表す「 対象の存在 様態」の用法が基本的用法である。
3)実際の言語使用では、「V テアル」は書き言葉よりも話し言葉として 多く使用され
ている。
本章の構成は以下の通りである。
6.1節では、「V テアル」に関する先行研究を概観し、その問題点を提示する。6.2節では、
存在動詞「アル」と「Vテアル」との関係を論じる。6.3節では、「V テアル」の意味用法 を分類し、Langacker(2008 etc.)の認知文法の枠組みで各意味用法を説明する。6.4節では、
コーパス調査を通じて、「Vテアル」に用いられる動詞に関する制限を検討する。6.5節で は、小説データを中心とした先行研究とは異なり、小説・新聞・会話といった異なるジャ ンルのテクストを調査し、これらのテクストにおける「V テアル」の使用実態を明らかに する。6.6節と6.7節では、「Vテアル」と存在型アスペクト形式「Vテイル」、受動表現「V ラレテイル」との比較を通して「Vテアル」の対象指向性をより明らかにする。6.8節では、
本章のまとめを述べる。
6.1 先行研究
「Vテアル」については、森田(1971)、益岡(1987)、杉村(1996)、原沢(2005)、副 島(2007、2009)、高見・久野(2014)など、多くの研究の蓄積がなされている。
森田(1971)は「V テアル」を「ガ~テアル」形式と「ヲ~テアル」形式に分けている。
前者は過去の行為の結果を現状として捉える「結果の現存」であり、「行為主体は必ず素材 たる第三者で、言語主体(話し手と聞き手)は行為者になりえない」(p.176)。後者は過去 の動作行為の結果として行為主体に蓄積されていることを表す「結果の蓄積」であると述
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べている。また、「ガ~テアル」は「現象文であり、外面的・現象的」であるのに対し、「ヲ
~テアル」は「判断文であり、内面的・心理的である」と指摘している。
(6.5)戸がしめてある。
(森田 1971:176)
(6.6)相手の弱点はじゅうぶん研究してある。
(森田 1971:180)
寺村(1984:147-152)は、「V テアル」には文(6.7)、(6.8)のような「眼前の状態を描 写する場合」と文(6.9)、(6.10)のような「現在の状況を述べる場合」があり、前者の場 合は、ある目的のための準備という意味合いがない ことのほうが多いのに対し、後者の場 合は、準備という意図の意味合いが強く感じられると述べている。「V テアル」形式の表す アスペクト的意味が「処置の結果の存在」であると指摘している。このように、寺村(1984)
の「V テアル」に対する2分類は大体森田(1971)と同じである。
(6.7)壁ニ絵ガカケテアル。
(6.8)床ノ間ニハ花ガ活ケテアッタ。
(6.9)先方ニハモウソノコトヲ話シテアリマス。
(6.10)マダ予約シテアリマセンガ、大丈夫デス。
(寺村 1984:147)
ただし、寺村(1984)では、文(6.11)、(6.12)のように、「『記述』を表す動詞の~テ アル形は、日常非常に多く見られるが、この場合は、意図的処置という感じはほとんどな
い」(p.151)と述べられている。
(6.11)(石面ニ空穴アリ、径弐尺許、深七、八尺、御釜ト称ス。此辺ヨリ上ハ、女 人ノ参詣ヲ禁ズ、女性禅定追立トアル是也)と甲斐国志ニ書いてある。
(『女人禁制』;寺村1984:151より)
(6.12)それは新聞の記事ではなく,思いがけなく来た一枚のはがきであった。杉本 隆治と書名してある。
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(『地方紙を買う女』;寺村 1984:151より)
益岡(1987)は統語的・意味的観点から「Vテアル」表現を、「対象指向性」をもつ「対 象がガ格で表される A型」と「行為指向性」をもつ「対象がヲ格で表される B型」という 2 つの型に分類し、各型をさらに A1型、A2型と B1型、B2型に区分している。そのうえ、
「V テアル」表現の全体像はA1型から、A2型、B1型を経てB2型に至る、1つの連続体を 構成している」(p.232)と分析している。このように、構文的な違いに基づいた「V テア ル」の意味特徴に対する分析は広く受け入れられている。
A1型:行為の結果もたらされる、対象の或る場所での存在を描写するタイプ[例(6.13)]
A2型:或る行為の結果もたらされる、対象の何らかの状態が、視覚可能な形で存続し ていることを描写するタイプ[例(6.14)]
B1 型:行為の結果もたらされる事態が基準時において引き続き存在しているという 、
「結果の事態の存続」を表すタイプ[例(6.15)]
B2型:単に、行為の結果が基準時(及び、それ以降)において何らかの有効性を示す という意味での結果相を表すタイプ[例(6.16)]
(6.13)盆栽が幾鉢かならべてあった。
(6.14)入口に近い片すみが一畳余りの広さだけあけてある。
(6.15)業行は自分が写した経巻類をまだ相当量各地の寺々に預けてあり…
(6.16)それで、京都府警に鑑定をたのんであるの。
(益岡1987:221-225)
益岡(1987)を受け継ぎ、原沢(2005)は対象がガ格を取るタイプを「受動型」、対象が ヲ格を取るタイプを「能動型」と分類している。そして、意図性という観点から「V テア ル」の意味を表 6-1にまとめている。