第 2 章 先行研究および研究課題
2.5 日中アスペクト論の問題点
以上のように、中国語アスペクト研究では、アスペクト形式「了」、「着」、「过」に焦点 を当て、日本語アスペクト研究では、「V テイル」に焦点を当てて議論が進められてきたが、
中国語「V 有」、「有 V」や日本語「V テアル」のような周辺的なアスペクト形式は暗黙の うちに純粋なアスペクト形式とされなくなるわけである。動詞に後接する「V 有」は他の アスペクト形式と類似性が高い形式である。「V 了」―「V着」―「过」―「V 有」は相互 排除的な形式である。そして、「V有」は「V着」や「在V」と同様に述語の表す動作を示 す動詞と存在を示す動詞との結合形式であり、継続性をもち、アスペクト的意味のみを表 す。
一方、日本語の「V テアル」は以下の3点で「Vテイル」と類似している。
a. 他の「シテ+助動詞」でアスペクト的意味を表す形式において、対立が存在する。
シテクル―シテキツツアル―シテキテイル―シテキテアルなど。このことから、ス ル―シテイル―シテアルは相互排除的な形式であると考えられる。
b. 述語の表す動作の、付帯状況を示す動詞の接続形式シテと状態(存在)を示す動詞 アル、イルとの結合形式である。
c. 純粋にアスペクト的意味のみを表し、「継続性」をもつ。
(副島 2007:48;一部修正)
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日中両言語においては、歴史的変遷という通時的な観点を見ても、地域方言の分布と共 時的観点から見ても、存在動詞から文法化された「存在型アスペクト形式」が多く見られ る。また、言語類型論の観点から見ても、存在動詞を語彙的源泉とする「存在型アスペク ト形式」が多く見られる(Comrie 1976;Bybee et al.1994;石2004)。アスペクト形式には 主に完了動詞から文法されたものと存在動詞からされたものがある。岡(2013b)は日本語、
中国語、英語などの言語のアスペクトのタイプを以下の表 2-8にまとめている。
表 2-8.諸言語のアスペクトの類型論(岡 2013b:74)
言語 語彙的源泉 結 果 相 (パーフェクト)
進行相 アスぺクトのタイプ
日本語 いる シテイル シテイル 存在型
宇和島 おる シトル シヨル 存在型
琉球首里 ヲゥン ソーン ソーン 存在型
朝鮮語 issta hai issta ha-ko issta 存在型
アイヌ語 an wa an kor an 存在型
英語 be be+p.p. be+V-ing 存在型
have have+p.p. 所有型
中国語
在 裏
在+V 文末の呢
存在型
着 V+着 存在型
了 V+了,文末の了 完了型
ロシア語 方向接辞 完了体 不完了体 完了型
表 2-8 に示されるように、中国語アスペクトには完了動詞からなる完了型と存在動詞か らなる存在型とが存在している。中国語においては、肯定の意味を表すアスペクト形式「了」
は前者に属し、否定を表すアスペクト形式「没(mei)」は後者に属する。「没V」は否定を 表す「パーフェクト」の標識であり、類推などの動機づけで「有」が肯定を表す「パーフ ェクト」の標識になるのは何ら不自然ではない(石 2004:36)。中国語アスペクト体系に「V 有」と「有 V」の位置づけ、日本語アスペクト体系に「V テアル」の位置づけは、日中両
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言語のアスペクト体系を考える上で 1つの重要なポイントとなると考えられる。
本研究は、これまであまり焦点に当てられていない、存在動詞を語彙的源泉とする「存 在型アスペクト形式」―中国語の「V 有」、「有 V」と日本語の「V テアル」を中心に、従 来のアスペクトの枠組みを超えて、中国語アスペクト形式を存在表現のヴァリアントとし て捉えている。すなわち、アスペクト形式となる存在動詞の機能をより重要視する。 この 考え方は木村(2006)、岡(2013b)のアスペクトに関する新たな見解を重要な導きの糸と している。
木村(2006)は従来アスペクトという時間的なパラダイムではなく、事態や事物の現実 的なあり様を話し手の空間的視点において捉えている。木村は、「呢(ne)」、「着」、「了1」、
「了 2」を「実存相」と呼んで中心に論じており、「过」を「動作主体のある種の属性を語 る形式に近いもの」と考えて考察対象としていない。「呢」と「着」が「話し手にとっての リアルの空間領域にコトやモノを位置づけて空間系実存相を担い」、動詞直後の「了」と文 末の「了」は「話し手にとってのリアルな時間領域にコトを 位置づけて、アスペクトとし て時間系実存相を担っている」と述べている。すなわち 、木村(2006)は中国語アスペク トを「ある事態が空間的又は時間的に実存するという大きなカテゴリーで捉えた方が良い」
と提案している。それらのアスペクト形式が表す意味的特徴は次の表 2-9 にまとめること ができる。
表 2-9.「呢」、「着」、「了 1」、「了2」の意味的特徴
アスペクト形式 意味的特徴
呢 ある状況が問題の場に「現然と存在する」という意味を表す。
着
人や物を特定の場所に位置させる動作を意味する動詞(「定位 動詞」)に後接して、動作の実現の結果として人や物が特定空 間に「存在」する状況を表す。「着」の「持続」の意味は「存 在」を表す。
了 1 動詞に後接して、「限界性(bounded)のある動作」が参照時 において「既に実現済み」であることを表す。
了 2
何らかの「変化」が参照時において「既に実現済み」 である ことを表す。
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