農業経営には、個人・法人、認定農業者・
農業者、単一経営(注)1・複合経営(注)2などの経 営形態や、稲作、畑作、酪農などの営農類型 があり、形態や類型によって経営内容は異な る。また、形態や類型ごとに特殊性も含んで おり、信用金庫の農業金融への取組みにおい ては、それらの実態把握が重要となろう。
そこで、融資対象者として農業者を捉えた 場合に、どのような点に注意して農業経営の 実態把握をすべきかについて考察を行った。
次の(1)で農業経営の実態把握に共通して必 要となる財務内容の把握についての注意点を 述べ、(2)以降で代表的な形態や類型の実態 把握に関する注意点を述べることとしたい。
(1)財務内容の把握 イ.確定申告書の注意点
農業者の多くは、個人・法人を問わず、貸 借対照表や損益計算書といった財務諸表を作 成しておらず、確定申告書のみを作成してい る。そのため、信用金庫にとって、農業者の 財務内容を把握するツールは確定申告書に限 定されることとなる。しかし、先に結論を述 べると、確定申告書から農業経営の財務内容 を正確に把握することは困難である。
図表1は、税務会計と財務会計の違いを整 理したものである。
税務会計と財務会計は似て非なるものであ
り、端的に違いを言うと、前者は所得税を、
後者は金の流れを把握するためのものである といえる。また、税務会計と財務会計では計 算要素の性格も異なる。例えば、税務会計に おける「益金」とは「資産の販売に係る収益 の額」や「有償による役務の提供に係る収益 の額」など、「損金」とは「当該事業年度の 収益にかかる売上原価」や「当該事業年度の 販売管理費」などであり、大括りで捉えられ ている。一方、財務会計における「収益」と は「売 上 」 や「受 取 手 数 料・ 利 息 」 な ど、
「費用」とは「仕入」や「給料」および「支 払手数料・利息」などであり、詳細に分類さ れている。つまり、確定申告書では事業・事 業外の区別はなく、労務費・人件費も混同さ れるなど、正確な事業収益が把握できない。
さらに、税務会計における「所得」と財務 会計における「利益」は異なる。「所得」は、
規模拡大や借入金の返済といった農業経営の 活動・持続資金以外にも使われる場合もある。
確定申告書だけを作成している場合には、
家計と農業経営の分離ができない。言い換え ると、確定申告書では、経営実績として損益 計算書の一部を垣間見ることは可能でも、資
(注)1.農産物販売金額のうち、主位部門の販売金額が8割以上の経営体 2.農産物販売金額のうち、主位部門の販売金額が6割未満の経営体
図表1 税務会計と財務会計の違い
税務会計 財務会計
計算式 個人所得=収入金額−経費
法人所得=益金−損金 利益=収益−費用
特徴 税金所得の把握 経営体としての金
の流れの把握
(備考 )信金中金総合研究所作成
産の保有状況などを表す貸借対照表の内容を 把握することは困難となる。資本や負債をど のように調達し、どのように運用しているの かなどは把握できない。
このように税務会計のみでは農業者の経営 実態の把握は困難であるが、農業関係者以外 の者から見ると、所得が低いと言われる農業 者と、その生活実態との乖離に漠然とした疑 問を感じる者もあろう。実際に農業者に聞い てみると、意外にも「実際の販売額よりも低 く申告している」と素直に答えてくれる方も 多い。これは、多くの農業者が確定申告書の 作成を農協および農協の委託する税理士に依 頼していることに起因する。農業者にとって は、農産物の販売価格や資材の購入価格およ びそれに要する手数料を細かく把握しなくて も、農協がすべて把握しているため、農協に 確定申告書の作成を依頼することが最も効率 的になる。しかし、生産したすべての農産物 を農協に販売し、農協からすべての資材を購 入している場合は問題が生じないが、農協以 外の販売先や資材の購入先がある場合には、
農協の把握できない取引が確定申告に反映さ れないことがある。これを悪用すれば、益金 や損金を自由に操作することが可能となる。
農業者が申告額に見合わない住居を有してい たり、物件を未登記のまま保有している場合 には、申告額の正確性に注意すべきであろう。
ロ.財務諸表の注意点
少数ではあるものの、経営者自らや関与税
理士が財務諸表を作成している場合がある。
しかし、財務諸表の根拠が確定申告書をベー スにしていることから、実態とかけ離れたも のになっているものも多い。ここで、農業経 営支援センター(注)3が指摘する農業経営の財 務諸表の問題点を一部紹介したい。
○売上高
売上高の計上方法について、農協、直売所、
大型店などに出荷した場合、販売手数料を差し 引いた金額を売上高として計上し、その反面、
販売手数料を計上していないケースがある。
○人件費
生産現場で働くウェイトが高いということ を理由に、従業員のみならず役員の人件費も すべて労務費として、生産原価に計上してい るケースがある。
○販売手数料、支払手数料
販売手数料は変動費であり、支払手数料は 固定費であるが、これらを混同して計上して いるケースがある。
○借入金
短期借入金と長期借入金を区分せず、長期 借入金として計上しているケースがある。
こうした処理をすると、例えば、売上高に ついては、実際より低く計上され、販売手数 料は全く計上されないため、売上高総利益率、
売上高対販売管理費比率、経営資本回転率な どが実情と異なった数値となる。また、短期 借入金を長期借入金として処理すると、流動
(注)3.農業経営の支援のために構成された中小企業診断士の全国組織
比率や当座比率に大きな誤差が生じる。
誤った会計処理は、当然のことながら、財 務諸表の正確性を大きく損ねる。農業分野に おける会計処理の統一基準の制定や会計処理 原則の導入が早期に望まれる状況にある。
信用金庫にとっては、財務諸表は財務内容を 把握するための重要なツールであるが、財務 諸表のみを農業経営の安全性や効率性の判断 材料とすることは、農業者の現状を踏まえる と、危険と言わざるを得ない。財務諸表を鵜 呑みにすることなく、生産や販売などの実際 の経営活動に照らし合わせるなど、農業者と 一緒になって経営実態を把握していくことが 重要となろう。
なお、他の産業においては産業特性に応じ て異なった会計処理を行っている場合もある が、現在の農業には、特性を考慮するといっ た考え方が浸透していないのが実状である。
農業は一般的に労働集約型産業と言われる が、中には装備が充実している営農類型(畜 産の一部、工場型野菜経営など)など資本集 約型産業に近い農業もある。今後は営農類型 の特性に応じた会計処理も検討していく必要 もあろう。
(2)認定農業者
認定農業者とは、認定農業者制度に基づき
「経営改善に取組む意欲のある農業者」、「農 業経営のスペシャリストを目指す者」として 認定された農業者であり、認定農業者に対し ては低利融資制度や農地流動化対策などの支
援措置が重点的に講じられている。
農業の担い手不足を機に、農業を魅力とや り甲斐のあるものにし、意欲と能力のあるプ ロの農業経営者を育成・確保していくことが 農政の重要な課題となっている。認定農業者 制 度は、農 林 水 産 省(以 下「農 水 省」と言 う。)がこうした政策課題を解決するための中 核的施策として位置づけ、資格取得を積極的 に支援しているものであり、07年12月末の認 定農業者数は244,900(うち法人は12,998)と なっている(図表2)。
農業金融に取り組む金融機関においては、
こうした農政の重点的な支援対象である認定 農業者を対象に農業者向けローンを取り扱っ ている場合がある。しかし、次の点を踏まえ れば、認定農業者のみを対象に農業金融への 取組みを展開することには疑問を呈さざるを 得ない。
第一に、認定農業者は自由な経営展開が阻 害されている面がある。認定農業者制度は、
農業経営基盤強化促進法に基づき、市町村が 地域の実情に即して効率的・安定的な農業経 営の目標等を内容とする基本構想を策定し、
これを踏まえ農業者が作成した農業経営改善 計画を認定する制度(注)4であるが、必ずしも 市町村単位で策定された基本構想と、農業者 の経営方針が合致するとは言い切れない。
農業経営者の中には、これまでにない付加 価値の提供や新たなビジネスモデルにより差 別化を図るなど、多様化・多角化している者 もいる。また、経営環境が悪化するなか、経
(注)4.5か年計画を作成し、経過後に再認定を受ける。