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: 1910 年代のメイエルホリド

〜『ドン・ジュアン』から革命前夜まで はじめに

  文学者たちが事物の圧迫に苦悩していたのに対し、メイエルホリドは事物を積極的に肯 定した。魂(既存の観念体系)を出発点とした帰結としての不動劇ではなく、俳優の身体 や事物を起点として、それらの組み合わせ方によって新しい心理(観念)を提出するとい う演劇を、初めて一貫した形で打ち出したのが『ドン・ジュアン』であった。ここではブ リコラージュ的手法が用いられている。そしてボロジンスカヤ・スタジオではコメディア・

デラルテの研究が行われ、「事物との演技」の原型が現れる。これもブリコラージュの手法 である。また既存の観念体系にとらえ込まれることを拒否する態度は、矛盾するものを組 み合わせて新たな意味(地平)を提出するグロテスクへと展開する。これは革命後、エキ セントリック、組み合わせコ ム ビ ナ ー ツ ィ ヤ

と呼ばれるものと同じ原理である。

1. 『ドン・ジュアン』〜事物を出発点に

(1910年

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日、アレクサンドリンスキー劇場)

  まず舞台装置から確認しておこう。ベーブトフはこの舞台を最初に見た印象を次のよう に語っている。

  メイエルホリドの『ドン・ジュアン』

    私は開演よりかなり前に観客席に入り、目の前に広がる光景に驚いて立ち止まった。 

緞帳はない。赤いベルベットのボックス席のある楕円形の観客席は、巨大なプロセニア ム・アーチによって舞台と結ばれ、調和したアンサンブルを醸し出している。豪華な舞 台袖、衝立、垂れ布、ゴロヴィーンのすばらしい美術の神秘を宿している後景のゴブラ ン織りの魅力に目は吸い込まれる。広大なオーケストラ・ピットを覆う前舞台によって、

この舞台全体が船のように観客席に入港してくるかのようだ。前舞台にはロウソクの置 かれた大きな三つのシャンデリアがあり、導火線のような糸で結ばれている。前舞台の 両脇の台座には大きな枝付き燭台があり、こちらにも本物の蝋燭が乗っている。

    着飾った観客たちがボックス席や

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階席に溢れている。感嘆のどよめきや囁きが聞こ 

える。何か起ころうとしている。すると、向かい合う両袖から黒人の召使いたちが出て  きた。前舞台プ ロ セ ニ ア ム

の召使いたちで、火の点いた蝋燭を載せた長い杖を持っている。シャンデ リアの導火線に火をつける。火は導火線を伝って、シャンデリアや燭台のすべての蝋燭 が点灯する。燃えさかる炎は電気照明にはない揺らめきをもたらしている。

    後景のゴブラン織りの垂れ幕が上がり、見えてくるのは単なる装飾的背景ではなく、 

金色の額縁に入れられたゴロヴィーンのすばらしい絵画であった。これは幕ごとに別の  ものに取り換えられる。

    帝都ペテルブルクの観客は「何に対しても驚かないこと」を礼儀としていたが、この  風変わりな王国のベルサイユのような豪華さにびっくりした。

    舞台を準備し終わって、黒人の召使い たちが鈴を鳴らすと、反対側の袖から着飾って  カツラを被ったプロンプターたちが台本を持って登場し、衝立の陰に座る。その切れ目  から彼らの頭が見えている。ここで芝居は始まる。

    黒人の召使いたちは前舞台に金色の肘掛け椅子を持ってくると、粋な格好をしたスガ  ナレル役のワルラーモフの威風堂々とした姿が奥から現れる。(ベーブトフ、註

1)

  照明は全部つけられたままで、舞台装置は上演前から観客の目に晒されている。後景の フレームには絵画が置かれる。「このフレームには、場面に応じて通りや森の茂み、墓地、

騎士廟、ドン・ジュアンの部屋、最後に血染めの空を背景とした時計塔の絵画が現れた」

(註

2)。これらの絵画は、マイニンゲン劇団のような実際の風景と間違えるようなもので

はなく、ゴブラン織りの垂れ布と同様、いかにも宮廷の装飾の一部といった様相を呈して いる。

 

後景用絵画のスケッチ(ゴロヴィーン画)      左の絵画が後景に掛けられている

  ここで舞台背景(書き割り)ではなく絵画が使われていることに注目してみよう。背景 の模倣としての書き割りとは異なり、部屋に飾られる絵画同様、外部に模倣の対象を持た ない、絵画そのものが後景に掛けられている。それはシャンデリアが宮殿の照明器具であ り、黒人の召使いが宮殿の給仕係であるのと同様であり、宮殿内の出来合いの事物(レデ ィーメイド)が置かれている状況である。ところが絵画は舞台背景に(次の図)、召使いは 裏方という具合に、別の地平に再文脈化されてブリコラージュとなっている(註

3)。

 

ヴェルサイユの大広間に飾られる絵画(絵画として存在、絵画そのもの)

      その絵画の前で演技すると、絵画は舞台背景として存在(別の地平への再文脈化)

  この視点はレディーメイド(デュシャン)やコラージュの引用的技法、

1920

年代の構成 主義に通じる。同じように出来合いの本物の事物を舞台に持ち込んだモスクワ芸術座の「風 俗の路線」(第

1

部第

1

章)においては、それを別の地平に再文脈化する発想はなかった。

  オーケストラ・ボックスに前舞台を設置し、観客席も舞台も照明はつけられたままで、

両者は視覚的にも建築的にも結びつけられている。観客席は舞台の延長であり、フットラ イトは取り払われた。

    モリエールの創作精神を研究すると、彼が民衆的創作の要素から生まれた戯曲にとい うよりはコルネイユの熱情に適していた同時代の舞台の枠組みを広げようとしたことが わかる。

    ルネサンス式の伝統的舞台は、前方に力強く張り出した前舞台を敢えて利用せず、俳 優と観客を互いに遠ざけてしまった。観客席の最前列は時折、1 階席の中央まで遠ざけ られただけでなく、舞台の反対方向にさらに遠ざけられた。

モリエールは俳優と観客のこのような分離に甘んずることができたであろうか。こう した制約の中でモリエールのあふれる陽気さが自由に現れることが可能であっただろう か。この辛辣で嘘偽りのない筆使いがここに十分に収まりきれたであろうか。『タルチュ フ』の上演禁止という侮辱を味わった作者の挑発的なモノローグの高まりを、このよう な舞台から観客に届けることができたであろうか。舞台両袖の円柱がモリエール俳優の 自由な身振り、身体動作を妨げなかったであろうか。

    モリエールは、太陽王の巨匠たちの中で最初に、舞台の奥や中央からドラマを前舞台  

やその先端にまで引きずり出したいという欲求を持っていた。(傍点は原文イタリック)

  (メイエルホリド、「モリエールの『ドン・ジュアン』上演に寄せて」、1910年、註

4)

        『ドン・ジュアン』における黒人の召使いア ラ プ チ ャ ー ト

  メイエルホリドはモリエールに既存の心理を吐露する演劇を見ているのではない。身体 表現が新しい感覚(意味)を提出する演劇を見ているのである。

    モリエールにとってドン・ジュアンとは、無数の敵の一群に恨みを晴らすためだけに  作者が必要としたマリオネットであることは明らかである。モリエールにとってドン・ 

ジュアンは仮面の被り手でしかない。そこに見られるのは太陽王の宮廷の騎士の放埒さ、   

不信心、厚かましさ、欺瞞を具現する仮面であり、摘発者としての作者の仮面であり、 

作者自身を息苦しくさせる悪夢の仮面であり、宮廷での芝居でも、狡猾な妻の前でも被  らなければならない苦しみの仮面である。そして最後にやっと、作者は自分のマリオネ  ットに、イタリアの旅芸人たちの所で目にしたセビリアの好色漢の特徴を映した仮面を  つけるのである。(メイエルホリド、「見世物小屋」、1912年、註

5)

  仮面は常に同じ表情をしている。それでいながらさまざまな仮面(既存の観念体系とは 異なる新しい意味)を想起させる。もちろん仮面とは必ずしも「顔につける仮面」ばかり ではない。ユーリエフのドン・ジュアンは無表情であった。しかしその動きによってその 顔は偽善(ただし、偽善という言葉の一元的世界には収斂されない。)という仮面になった のである。

    しかしご覧なさい。アルレキーノの仮面の下に何が隠されているでしょうか。

    アルレキーノは全能の魔法使い、魔術師、妖術師であり、地獄の勢力の代表である。

    仮面がその下に隠しているのは、二つの対立する形象だけではない。

    アルレキーノの二つの顔は二つの極である。その間には限りなく膨大で多様な変形や ニュアンスがある。キャラクターの多様性はどのように観客に示されるのか。仮面によ ってである。

  俳優は身振りと動きの芸を巧みに操ることによって(まさしくここに俳優の力がある のだ。)、観客が自分たちの前にあるのは何か、ベルガモ出身のうすのろの道化なのか悪