(1920年
11
月7
日、ロシア共和国第一劇場)
ベルギーのシンボリスト、エミール・ヴェルハーレンの『曙』(1898年)は、戦争が民 衆蜂起に変わり、大都市オピドマニを解放し、社会主義のユートピア王国を建設するとい う内容で、メイエルホリドはモスクワ芸術座演劇スタジオ、コミサルジェフスカヤ劇場時 代にすでに上演を考えていた。もちろんこの戯曲の上演は長い間禁止されていた(註
19)。
ドミートリエフによる舞台装置はキュビスムの流れを汲むものであり、事物の素材感を 押し出していた。この時「私たちにとって素材感は、つまらない模様や花模様や色彩より も重要である...」とメイエルホリドとベーブトフは述べた(第
5
部第1章208
頁)。その 言葉通り、「構造物は荒々しい素材感がむき出しにされていた。鉄、ブリキ、化粧板、板、床から光線のように吊りに向かってのびているロープは、熱っぽい集会演説、旗のざわめ きや『インターナショナル』の歌を引き立てていた」(註
20)。ここでメイエルホリドが目
指したのは政治集会としての演劇であった。[...]観客からのリアクションを組織する「火付け役の」俳優たちが、直接観客に向 かい合って座った。第1幕の途中、桟敷席から次のような宣伝ビラが飛んだ。
全世界の労働者諸君!
資本主義諸国のいまわしい国境が諸君たちを苦しめ、
諸君たちを分け隔て、諸君たちの勝利への意志を弱めている。
国境を友情の力でぬぐい取れ!
ソヴィエトを建設せよ!
世界の労働コミューン万歳!
演出によって働きかける多くの手法は、大衆に投げかけられる呼びかけに似ていた。
(註
21)
メイエルホリド演出の『曙』
メイエルホリドが俳優に求めた朗読法は、マヤコフスキーの政治集会的文体(押韻)に ついてトィニャーノフが命名した「ラッパの声」を思わせるものであった。イリインスキ ーによるとこうである。
[...]「なんで戦争が始まったのか?(А почему возгорелась война?)」という台 詞があった。それを語ろうと試みた俳優たちのもとでは、生気のない表現力のないもの となってしまった。突然、メイエルホリド自身の観客席からの雷のような荒々しい情熱 的な叫び声が耳をつんざいた。それを少なくとも次のように文字で表すことができる。
「なんでだ???!!! 戦争が???!!! 始まったなんて!(а почему???!!! возгорелась! − война???!!!)」
この叫び声を再現しようと長いこと試みたことを覚えている。叫びはこの戯曲に必要 であった。この叫びは事件が同じ時代の出来事であることを伝え、この後に起こる革命 にとっての主要な一撃となったからである。(註
22)
密偵役の俳優が自分の独白を発する前に、始められたばかりの赤軍によるペレスコープ 襲撃の情報を読み上げると、観客は立ち上がり「インターナショナル」を歌い始めた(フ ェヴラリスキー、註
23)。
4. 『大地は逆立つ』
(1923年
3
月4
日、メイエルホリド劇場)マルチネ原作の『夜』にトレチャコフが改作を施して生まれた『大地は逆立つ』は、「舞 台のアジテーションの側面に注意を集中させた」(註
24)ものであった。メイエルホリド
の舞台は模倣やイリュージョンを完全に否定するもので、外部に模倣の対象を求めない事 物から成り立っている。「衣裳や(大小の)事物は、日常生活とまったく同じであり、これ らの生産品の性質は、第一にいかなる装飾も、いかなる芝居臭さもないことである。戯曲 は現代に満ちあふれている技術の成果との緊密なかかわりの中で展開する」(メイエルホリ ド、「物質的デザイン」、1923年、註25)。
汚れた裸レンガの壁の完全に剥き出しの舞台の上で、上演は展開した。いかなる舞台 装置もなく、いかなるイリュージョンもないのだ! 同時にきわめて溢れるばかりのイ リュージョンだ! 日常そのもの、当時の過酷な現実そのものが、一切の金銀モール、
一切の小道具、演劇的偽りの一切の手段をそこから放逐し、舞台を威圧的に支配したよ うに思われた。(ザハーヴァ、註
26)
主要な舞台装置は起重機の模型である。補助的な事物(自転車、トラクターなど)が、
現代の労働者や農民が毎日の労働環境の中で目にするように、日常生活からじかに持ち込 まれる(メイエルホリド、「政治扇動劇」、
1923
年、註27)。他に、トラック、オートバイ、
機関銃、野戦用電話、穀物刈り取り機、行軍用調理具といった事物が持ち込まれた。
メイエルホリド演出の『大地は逆立つ』 ポポーワによる『大地は逆立つ』の フォトモンタージュ(1923年)
演劇的虚構のあらゆる手段は排除された。「プロジェクターの光は、軍事的行動として、
事物のむき出しの素材感フ ァ ク ト ゥ ー ラ
、すなわち木の上質さ、金属の頑丈さ、実物感、大きさを際立た せた。[...]俳優たちの作 業 着プロザジェージュダは作業や体操用のものであった。俳優たちの『霊感』『ひ らめき』や『再体験』は駆逐された」(ゾロトニツキー、註
28)。俳優たちは全員、作業着
を着て、衣裳自体が模倣の対象を求めることを否定する。かつてミンスクでの『見世物小屋』上演(1908年)では舞台装置として衝立(模倣の対 象を持たない出来合いの事物)を、『ドン・ジュアン』(1910年)ではゴブラン織りや絵画
(模倣の対象を持たない出来合いの事物)を用いた。また
1910
年代の終わりにメイエル ホリドは、かつてスペインでは樽(これも模倣の対象を持たない事物)を2、 3
個置いて、板を載せてそれを舞台にするか、もしくは広場に馬車を持ってきてそれを舞台にしたこと を紹介している(註
29)。こうした日常の事物が、この革命劇の演出では 1920
年代の事 物に変わったのである。起重機だけは床がその重さに耐えられないという理由で模型にか わったが、それ以外は日常の事物である。台詞にはアジビラの文体が用いられたが、これ も当時、日常的に耳にできる音である。このようにメイエルホリドは日常の事物で舞台を 満たしたが、彼はそれら事物を仲立ちとして新しい意味を提出している。本物のトラック には非業の死を遂げた英雄の棺が積まれている。エンジンの音は、葬送音楽という意味を 持って提出された。[...]単調なエンジン音を響かせながら舞台にゆっくりとトラックが入ってくる。間。
親しい者たちの亡骸との別れ。棺はトラックに載せられる。エンジンは静寂の中で静か に動いている。まるでその控えめな音が葬送曲のかわりをしているかのようだ。最後の 別れ。トラックはゆっくりとその場から動き出す。エンジンはリズムを変化させる。ト ラックはエンジンの呻りとともに舞台から姿を消す。遠ざかるエンジンの音は、まだし ばらく舞台裏から聞こえてくる。棺を見送った人々はその場に立ちつくしていた。ここ でエピソードは終了するが、エンジンの印象深い響きは緊迫した舞台に魅了された観客 の耳に長く残っている。(イリインスキー、註
30)
上演ポスターには「モンタージュ:行動−В.メイエルホリド、台詞−С.М.トレチャ コフ」と書かれていた(註
31)。トレチャコフのほどこした改作においては「長大なモノ
ローグは省略され、あまり意味のない場面は捨てられた。首尾一貫して省略された中で残 ったのは、直接的な表現行為を表す最小限の語彙である」(メイエルホリド、「政治扇動劇」、註
32)。ここでのトレチャコフの文体は、ロドチェンコのプラカードや看板、リシツキー
の本の装丁を思い起こさせる。また「輪郭の禁欲的なまでの厳格さ、言葉の明確性と簡潔 さは、時代の息づかいを真に正確に伝えており、これ以上正確に戦時共産主義の過酷な日々 を反映している演劇作品を他に挙げるのは難しい」(註33)とガーリンは書いている。上
演ポスターにはエピソードのタイトル(1.戦争はたくさんだ!、2.気をつけ!、3.塹 壕の真実、4.黒いインターナショナル、5.すべての権力をソヴィエトへ、6.革命への 裏切り、7.羊たちは毛を刈られる、8.夜)が書かれており、マヤコフスキーの文学の夕 べのポスターのようであった(註34)。
5. 『リューリ湖』
(1923年
11
月7
日、革命劇場)『リューリ湖』でも『大地は逆立つ』と同様、舞台は本物の事物、外部に模倣の対象を 持たない事物であふれていた。
[...]劇場の堂々とした背面の壁はむきだしになっていて、固定金具が表につきだし、
ロープと導線が挑戦的にぶら下がっていた。舞台中央を
3
層の構造物が占め、奥にのび る廊下、檻、階段、プラットホーム、上下だけでなく左右にも動くエレベーターがつい ている。文字や広告のイルミネーションが輝き、銀幕は内側から輝いている。こうした 光景をバックに、不思議な衣裳の様々な色が幾分、コントラストをなして見え隠れして いた。女性の派手な衣裳、たっぷり糊をきかせてきらきら光っている燕尾ワイシャツの 胸、飾りひも、肩章、金糸の縫いつけられた制服。(ファイコー、註35)
上演プログラムには、「行動のモンタージュ〜В.メイエルホリド、台詞のモンタージュ
〜С.М.トレチャコフ」(註