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: 『見知らぬ女』以後のブローク〜観念体系と事物の融合 はじめに

  ブロークの

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作目の戯曲『見知らぬ女』(1906年)は、前

2

作とは異なりシンボリズム の観念体系にとらえ込まれることを否定しない。事物を出発点としながらも、それに既存 の観念体系をいかに結びつけるかというブロークの後半生の詩作の基本構造がここに成立 した。

1. 「星」のモチーフ

  この戯曲では見知らぬ女は、地上世界(現象世界)のものとも宇宙世界(本質世界)の ものともつかない形象を持っている。第一次革命以前のブロークの詩に見られた、終末に 際して宇宙世界から地上世界に「美しい婦人」が降りて来るというテーマは、この戯曲で も同様に「船」「星」といったモチーフと結びついて現れる。「船」のモチーフは前章で触 れたので、ここでは第一次革命以前の「星」のモチーフを確認しておくことにする。美し い婦人と宇宙世界の結びつきは以下の詩に見ることができる。

[...]

  Невозмутимаяна  темные  ступени   Вступила  Ты,и,Тихая,всплыла.

  И  шаткою  мечтой  в  передрассветной  лени   На  звездные  пути  Себя  перенесла

  [...]

 

  [...]

  落ち着き払って、暗い階段に、

  汝は上がり、そして静かに浮き上がった。

  あてにならない夢によって、夜明け前のけだるさの中、

  汝はみずからを星の通り道へといざなった。

  [...][下線は引用者]

(「青春の無為の中で、夜明け前の怠惰の中で...」、1901年、1−145)

  [...]

Она  цвела  за  дальними  горами   Она  течет  в  ряду  иных  светил.

  [...]

  彼女は遠くの山々の彼方で顔を輝かせた。

  彼女は他の天体の連なりの中を流れる。[下線は引用者]

(「彼女は遠くの山々の彼方で育った...」、1901年、1−146)

  この戯曲で見知らぬ女が「美しい婦人」であることは、彼女の台詞「幾百年があっとい う間に過ぎた。私は宇宙空間を星となって滑っていた。」からわかる。そして見知らぬ女が 消えた後で、星が輝くのである。

2. 「第1の幻(第1幕) 」

  「第

1

の幻」は居酒屋での日常的な会話で始まる。

      ある男

    俺はこのコートを

25

ルーブルで買ったんだぞ。アレクサンドル、30ルーブル     以下では譲れないな。

  別の男(説き伏せるように、腹立たしげに)

    ペテン師め!  驚いたぜ...俺はなあ...   もうひとりの男(口髭の男、叫ぶ) 

    黙れ!  悪態をつくな!  お願いだ、もう一杯くれ。

    [...](3−67)

  このような日常的光景の中で、神学生は神が造りたもうた女性を求め、人々に笑われる。

また、詩人はコートを着た男からカメオを買い取る。カメオに描かれているエンブレムは、

杖を持ち、地球に腰掛けている女、世界を支配している女である。

  また船の描写(ト書き)は次のようになっている。

    [...]壁紙には巨大な旗を持つまったく同じような船が何艘も描かれている。船首が 青い水を切り裂いている。(3−67)

  「美しい婦人」を思わせる女はカメオに描かれており、救済のモチーフであった「船」

は、ここでは壁紙の模様であり、シンボリズムの観念体系にとらえ込まれることを拒否し ている。第1の幻は、ロージナも指摘しているようにきわめて「具体的」(註

1)な描写の

中で展開する。

3. 「第2の幻(第2幕) 」

    空にゆっくりとした弧を描きながら、まばゆく重苦しそうな星が転げ落ちていく。一 瞬の後に、黒い服の美しい女が目を見開いて驚きの眼差しで橋を渡ってくる。暗い橋と まどろんでいる青い船、一切がおとぎ話のようになっていく。見知らぬ女は流星の青白 い輝きを保ったまま橋の欄干に立ちすくんでいる。永遠に若々しい雪が彼女の肩を覆い、

体を包んでいく。彼女は彫像のように待っている。[...][下線は引用者](3−75)

  このト書きで初めて登場する見知らぬ女に対して、青色の男は下線で示したように 意識体験 を拒むことによってシンボリズムの特徴である不確定性を保持している。

  Голубой

    Только  о  тайнах  знаю  слова     Только  торжественны  речи  мои.

  Незнакомка

    Знаешь  ты  имя  мое   Голубой

    Не  знаю  −  и  лучше  не  знать   Незнакомка

    Видишь  ты  очи  мои?

  Голубой

    Вижу.Как  звезды  −  они.

  Незнакомка

    Ты  видишь  мой  стройный  стан?

  Голубой

    ДаОслепительна  ты

  青色の男

    神秘の言葉しか私は知らず、

    わが言葉は荘重に響くだけ。

  見知らぬ女

    私の名をご存じ?

  青色の男

    知りません。知らない方がよいのです。

  見知らぬ女

    私の目が見えますか?

  青色の男

    見えます。星のようです。

  見知らぬ女

    私のすらりとした体が見えますか?

  青色の男

    ええ。あなたはまばゆく輝いている。(3−78)

  暗闇の中にまばゆく輝く「見知らぬ女」は、ソロヴィヨフの「暗い混沌の明るく輝く娘

(Темного  хаоса  светлая  дочь)」を想起させるが、男は彼女を見つめようとはしない。

しかし彼女自身、血の通った女であることは「彼女の声の中に地上の情熱が目を覚ます。」

といったト書きによって示唆される。しかしそれにもかかわらず、彼女の地上性を認める

ことを男は恐れる。

Голубой

  Я  коснуться  не  смею  тебя 

  青色の男

    私は汝に手を触れる勇気がない。(3−78)

  青色の男は触れること(意識体験 )を拒否し、女が「美しい婦人」という観念体系コ ギ タ ー ツ ム

にと らえ込まれることしか考えない。

4. 「第3の幻(第3幕) 」

  再び日常的な話し声、鼻をかむ音など日常的光景が描かれているなかで、詩人は教会、

深淵、イコンといった「美しい婦人」のモチーフ(第

3

部第

1

87

頁)を伴う詩を朗読 する。

    プレートからすでに雪は溶けて落ち、

    屋根が姿を現すにつれて輝いたのは、

    教会の暗い窪みの中で、

    彼女の真珠が光った時。

    そして柔らかい薔薇に包まれたイコンから、

    ゆっくりと彼女は降りてきた。[下線は引用者](3−88,89)

  そして自らをマリヤと名乗る見知らぬ女が登場する。宿の女主人は、街の女風にメリー という名を彼女にあてがう。天文学者は新しく見つけた星にマリヤと命名するが、いつの 間にかマリヤは消えてしまい、窓の外に星が輝いている。「第

3

の幻」では、見知らぬ女 が宇宙世界と結びつく「美しい婦人」なのか、メリーという名をあてがわれるような街の 女なのか限定することはできない。つまり「見知らぬ女」はシンボリズムの観念体系にと らえ込まれて「美しい婦人」に成り得ると同時に、シンボリズムの観念体系とは無縁の「娼 婦」にも成り得るのである。

5.二重性

  ひとつの対象のこうした二重性をギンズブルクは次のように述べている。

    しかし、詩の寓意的意味はけっしてメタファーの形で表現されることはない。言葉は  それ自身でありながら、物質的・論理的意味を保ちつつ、もうひとつの暗示されるもの  を意味し、シンボルとして現れる。

    もっとも物質的で、日常的な事物のシンボリックな性格はこのようなものであり、そ 

の中でブロークの詩「見知らぬ女」は進行する。[下線は引用者](註

2)

  ジルムンスキーも次のように述べている。

しかしこれら最近の詩における詩人(ブローク−引用者)の芸術はまさしく次の点に ある。彼は、まるで現実と超現実の二つの世界が触れ合う境界線上で作品を作っている ようだ。したがって、現実の世界からシンボルの世界への移行は、読者に気づかれるこ となく、もっとも日常的な事物は、まるで別の意味を帯びているようでいて、しかも事 物としての意味を失うことはない。(註

3)

  事物を出発点としながらも既存の観念体系へと向かう構造は、ステップ、河、森といっ たロシアの一般的な風景からルーシ(古代ロシア)という観念が立ち現れる詩「クリコヴ ォの戦場」(1908年)や戯曲『運命の歌』(1908年)などに引き継がれる。事物から観念 への移り変わりには霧や雪が登場することも

1906

年以後のブロークの詩の特徴である(註

4)。

  このような二重性の典型として、戯曲『薔薇と十字架』(1910年)における、(観念体系 にもとづく)詩人ガエタンと(日常世界にもとづく)騎士ベルトランの対話を挙げること ができよう(註

5)。詩人ガエタンは、故郷ブリタニアの詩的伝説から借用したいくつかの

モチーフを使って、自然現象をロマンティックに擬人化しているが、騎士ベルトランは、

実践的日常的思考から、自然現象をあるがままにとらえる。

  第

2

幕第

3

    海岸。馬上のガエタンとベルトラン。

  ガエタン

    今や、水中都市は近い。

    鐘の音が聞こえるだろ。

  ベルトラン     聞こえるとも、

    騒々しい海が歌っているのが。

  ガエタン     見えるか、

    海上の

    グベンノレの白い法衣の疾走が。

  ベルトラン     見えるとも、

    白い霧の晴れていくのが。

  ガエタン

    今や、見えるだろう、

    薔薇の花が波の上で戯れ始めたのが。 

  ベルトラン

    ああ、霧の向こうに太陽が昇っているんだ。

  ガエタン

    そうじゃない。あれは邪悪な魔女サ イ レ ンの鱗だ。

    妖精モ ル ガ ナが波の上を駆けていく...ほら。

    グベンノレが十字架を背負っている。

  ベルトラン

    またしても霧が深くなった。

  ガエタン

    聞こえるか、うめき声が。

    裏切り者の魔女が歌っている。

  ベルトラン

    私に聞こえるのは波の悲しい声だけだ。

    遅れるな。霧の向こうへ、前進![下線は引用者](3−184,185)

  ここでは下線部で示したように、事物を観念体系の中でしかとらえようとしないガエタ ンと、事物を観念体系とは切り離してとらえるベルトランとの二重性が読みとれる。ブロ ークの作品はこうした二重構造を晩年まで保ち続けるのである。

  文中のテクストは Блок  А.Сбор.соч.в  6  томах,т.1,3.(巻号−頁で表記)からの引用で ある。 

1Родина  ТАлександр  Блок  и  русский  театр  начала  ⅩⅩ  векаС159

2.Гинзбург  Л.Я.О  прозаизмах  в  лирике  Блока./ / Блоковский  сборник.Тарту:

Тартуский  Госунт1964С160

3.Жирмунский  В.Поэзия  Александра  Блока.С.80,81.

4.ジルムンスキーはブロークにおいては酩酊としての「雪のワイン」と「雪嵐」であるとして、〈雪の陶

酔という軽いビールで / 歌う.〉という詩を引用している(Там  жеС72 5.Там  же.С.44,45.