シンボリズムの観念体系を否定し、シンボリズムの観念体系にとらえ込まれないものと して事物を提出したのが戯曲『見世物小屋』であった。
1.第一次革命以前のブローク
シンボリズムの詩人アレクサンドル・ブロークによる戯曲『見世物小屋』(1906年)は 雑誌「たいまつ」創刊号に掲載された。ここでこの戯曲について言及する前に、
1906
年以 前のブロークについて簡単に触れておきたい。詩人ブロークにおいては、本質世界の到来は「美しい婦人」の到来というモチーフで表 された。それは、直接的には彼が師と仰ぐソロヴィヨフの、救世主ソフィアのモチーフを 受け継いだものである。
戯曲『見世物小屋』(『たいまつ』誌第1号、1906年) 『美しい婦人の詩』(1905年)
ブロークの初期の詩に見られる「まばゆい女ル チ ェ ザ ー ル ナ ヤ
」「神秘の女タイーンストヴェンナヤ
」「永遠の女ヴ ェ ー チ ュ ナ ヤ
」はソロヴィヨフ からの借用である(チュコフスキー、註
1)。ブロークはこれらを継承した。ソロヴィヨフ
においては、ソフィアは身近な女性に対する口調で語られる。コルネイ・チュコフスキー が指摘しているように、「ソロヴィヨフは常に自分の彼女スヴォヤー・ポドゥルーガと呼んだ」(註
2)。しかしブロー
クの「美しい婦人」への態度はこうした親しいものではなかった。ブロークの「美しい婦 人」は厳めしい女、厳格な女、よその女であった(註3)
。またソロヴィヨフは理念的な、肉体のない女性を讃美したが、ブロークは見て知っている生きた女性を讃美した。「ソロヴ ィヨフは『現世の』ある女性に彼女に特徴的でない『天上世界の特徴』を付与することを
最大の罪と見なしていた」(註
4)。
ソロヴィヨフ自身、「まばゆい彼女ルチェザールナヤ・ポドゥルーガ
」について
5、6
篇の詩を書いたにすぎないが、ブロ ークは1898
年から1904
年まで、800の詩をこのテーマで書いた(註5)。詩集『美しい
婦人の詩』はこれらの詩で構成されている。女性的形象を持った本質世界の到来を予期することオ ジ ダ ー ニ エが、この頃のブロークの詩の最大の 特徴であった。そして「美しい婦人」に対して、「おいで」と呼びかけ、詩人は待ち続ける のである(註
6)。
2.ブロークによる不確定的手法
ブロークが「美しい婦人」(本質世界)を表現する際の文体的特徴としては以下の点が挙 げられる。まず、ブロークの初期の詩においては、次のような言葉がたびたび現れた。
「誰か・ ・(кто−то)が歩いている…誰か・ ・が泣いている…」「誰か・ ・が呼んでいる…誰か・ ・が走 っている…」(傍点は原文イタリック、註
7)。
「このような主語のない文は、言葉を十分に 曖昧なものにしている」(註8)。
通常、彼の初期の詩には、いかなるはっきりしたフォルムもなく、あたかもぼんやりし た夢の幻のようである。このようなつじつまの合わない、はっきりしない言葉によっての み、ブロークは神秘を語り得たのであった(註
9)。「はっきりした言葉はいかなるもので
あっても、彼の美しい婦人を抹殺してしまうであろう」(註10)とチュコフスキーは述べ
ている。「ブロークにとってまわりの一切のものが暗く思えた」(註11)。それはブローク
自身のいる「こちら」が地上の闇であるのに対して、「美しい婦人」がいる「あちら」は天 上の光の世界であるからだ。ところが次第に「美しい婦人」に対する期待と同時に、懐疑の念がブロークに生じて来 るようになる。1901年、「まばゆい女」の他に静寂の中で魔法を使う「顔のない女ベ ズ リ ー カ ヤ」が現 れ、それは『美しい婦人の詩』全体を自ら破壊する(註
12)。
Люблю высокие соборы,
Душой смиряясь,посещать,
Входить на сумрачные хоры, В толпе поющих исчезать.
Боюсь души моей двуликой И осторожно хороню
Свой образ дьявольский и дикий В сию священную броню. [...]
高く聳える大聖堂を 心穏やかに訪れ
重苦しい合唱団の中に入り、
歌う群衆のなかに消えるのが好きだ。
二重の顔のわが心を恐れ、
悪魔のような野蛮な自分の姿を この神聖な鎧の中に
慎重に葬る。
[...][下線は引用者](「高く聳える大聖堂を...」、1902年
4
月)(1−205)こうした期待と懐疑の二面性ドゥヴリーコスチは、信仰と不信仰の組み合わせ、冒涜のともなった讃美で あり、懐疑はもう一人の自分(分身)になり、「黒い男」や道化に変貌する。
3.神秘家、コロンビーナとピエロとの対比
1905
年の第一次革命を救済者である「美しい婦人」の顕現と重ねたブロークであったが、革命失敗の後、救済の期待は失望に変わる。そうした中で書かれたのが戯曲『見世物小屋』
であった。あらすじはこうである。神秘家たちは乙女の姿をした死の到来を待っている。
しかしピエロはそれが恋人のコロンビーナであると主張する。作者が出てきて、写実的な 戯曲を書いたのに思わぬ展開になったことを観客に弁明するが、背後から襟をつかまれ消 えてしまう。その後3組のカップルが順番に登場。その台詞は「美しい婦人」をテーマに した詩の変遷を思わせる。「美しい婦人」への期待と懐疑、その懐疑は「黒い男」や道化と なって現れる。その道化は三組目のカップルの男に駆け寄り長い舌を出すと、男は木製の 刀で道化の頭を打ちつけ、頭からツルコケモモの汁がほとばしる。そしてアルレキーノが たいまつの行進を率いた後、ピエロはボール紙になったコロンビーナとともに取り残され る。
この戯曲は、フロックや流行の服を着た神秘家たちが緊張した面持ちで、乙女の姿をし た死の到来を予期している場面から始まる。
Первый мистик Ты слушаешь?
Второй мистик Да.
Третий мистик Наступит событие. Пьеро
О,вечный ужас,вечный мрак!
Первый мистик Ты ждешь?
Второй мистик Я жду.
Третий мистик
Уж близко прибытие:
За окном нам ветер подал знак.
第一の神秘家
お前聞いているか?
第二の神秘家
ああ。
第三の神秘家 事件の到来だ。
ピエロ
ああ、永遠の恐怖、永遠の闇だ!
第一の神秘家
お前は待っているのか?
第二の神秘家
ああ、待っているとも。
第三の神秘家
もうじきやって来るぞ。外の風が私たちに兆候をもたらした。(3−8)
神秘家たちの台詞の特徴は何かを予期して待っていること、同じ言葉の繰り返しである。
前述したように(第
1
部第2
章30
頁)、不確定性及び、繰り返しによる象徴表現(トドロ フ)である(註13)。短い台詞の繰り返しはメーテルリンクの静劇理論を想起させる。そ
して、次のように神秘家たちが待ち望んでいる乙女も彼らと同様、静劇理論による形象を 持っている。[...]
Третий мистик
Приближается дева из дальней страны. Первый мистик
О,как мрамор − черты!
Второй мистик
О,в очах − пустота!
Третий мистик
О,какой чистоты и какой белизны!
Первый мистик
Подойдет − и мгновенно замрут голоса. [...]
Председатель
[...]ты видишь,как бела ее одежда;и какая бледность в чертах;о,она бела,
как снега на вершинах! Очи ее отражают зеркальную пустоту.Неужели ты не видишь косы за плечами? Ты не узнаешь смерти?
[...]
第三の神秘家
遠方の国から乙女が近づいて来るぞ。
第一の神秘家
おお、大理石のような顔立ち!
第二の神秘家
おお、その目は何て空虚なのか!
第三の神秘家
おお、何という清らかさ、何という白さ!
第一の神秘家
近づいて来たら、たちまち声が消えてしまうだろう。
[...]
神秘家議長
[...]彼女の服は何て白いんだ。何て青ざめた顔をしているんだ。おお、山頂の雪の ような白さだ! 目は鏡のような空虚さを映している。肩の後ろの大鎌が見えないの か? 君は死に気づかないのか?[下線は引用者](3−9〜12)
コロンビーナには 白ベールイ、乳白色マ ー ド ヴ ィ イ
、青白いブ レ ー ド ヌ イ
といった色が与えられている。こうした青白い 光は、ロシア・シンボリズムにおいては本質世界を意味する色であった(註
14)。
ブロークもコロンビーナの役柄について、この戯曲の上演準備を進めていたメイエルホ リド宛ての書簡の中で次のように述べている。
コロンビーナは少しの気取りも身振りも加えずに、常に不動のままでいるべきだ。自 分の声や黄金のお下げや簡素な白い服といった一切のものが同じ音楽になるように、彼 女は四つの単語もまた素っ気なく発音するべきだ。[下線は引用者]
(1906年
12
月22
日、註15)
四つの単語とは、「私あなたをほったらかしにしないわ。(Я не оставлю тебя.)」とい う台詞のことである。明らかにブロークはコロンビーナに静劇理論の特徴を与えている。
こうした神秘家たちとコロンビーナに対置させるように、ブロークは抒情的主体としての ピエロを登場させる。
Пьеро
Неверная! Где ты? Сквозь улицы сонные Протянулась длинная цепь фонарей,
И,пара за парой,идут влюбленные, Согретые светом любви своей.
Где же ты? Отчего за последней парою Не вступить и нам в назначенный круг? Я пойду бренчать печальной гитарою
Под окно,где ты пляшешь в хоре подруг! Нарумяню лицо мое,лунное,бледное,
Нарисую брови и усы приклею.
Слышишь ты,Коломбина,как сердце бедное Тянет,тянет грустную песню свою?
ピエロ
不実な女よ! お前はどこにいる? 眠っている通りを横切って、
たいまつの長い列が続いていた。
そして、自分たちの愛の灯火で暖まった恋人たちが、
一組、また一組と歩いて行く。
お前はいったいどこにいる? どうして俺たちは最後の一組に続いて、
決められた輪の中に入ることができないのだ?
女たちの合唱の中でお前が踊っている窓の下に、
俺は悲しいギターをかき鳴らしに行こう!
月のように青ざめた私の顔に紅をつけ、
眉を書き、口髭をつけよう。
聞こえているか、コロンビーナよ、惨めな心が、
悲しい歌をゆっくりと、ゆっくりと歌っているのが?(3−8,9)
ジルムンスキーは、この台詞のおけるドーリニク(音節力点手法の韻律を崩したもの)
を指摘した(註
16)。ピエロの散文的台詞は、神秘家たちの伝統的なアムフィブラーヒー
(弱強弱格)の押韻や静劇理論の特徴と対比をなしている。それは乙女を死と見なす神秘 家たちと、乙女を恋人と見なすピエロとの対比を強めている。乙女の肩の後ろにある「カ サー(коса)」というロシア語には、「(死神の)大鎌」と「(少女の)お下げ」の両方の意 味があり、それを神秘家たちは「大鎌」と、ピエロは「お下げ」と理解する。このような 舞台の展開に対して不満を覚える作者が這い出てきて、劇の進行を遮る。
作者
こいつは何をしゃべっているのだ。ここへお越しの皆様! いいですか、この俳優は、
残酷にも私の作者としての権利を嘲笑したのですよ。舞台となっているのは冬のペテ ルブルク。いったいどこから窓やギターをやつは持ち出してきたんだ。私はこのドラ マを見世物小屋のために書いたのではない...信じてください...
[...]
紳士淑女の皆様方! 大変失礼いたしました。でも私は一切の責任を放棄します!
私は嘲笑されているのです。私はもっとも写実的な戯曲を書いたのです。[...]まし てや不遜にもお下げ髪を死の大鎌だという寓意的な言葉遊びなどもっての外! そう いったことがご婦人方の名誉を損なうのです! 皆様方...
しかし幕の背後から突き出された腕が作者の襟を掴み、彼は悲鳴とともに舞台袖に消