第 6 章 仮説の提示
8 類似実証研究
事業ドメインの定義に関しては、すでに多数の研究が行われている。特に、事業ドメイ ンと売上高の関係性に関する研究が行われている。ここでは、先行する事業ドメインに関 する実証研究を整理することを通じて、事業ドメインと収益の関係を検討する。そして、
本研究との相違点を明確化する。
まず、Jatinder(2004 : pp.43-44)によれば、事業ドメインの定義で、ビジネスドメイン
の明示や、長期的な戦略プランを持つこと、戦略的なコンテンツ(製品)の開発を志向する ことと、企業の成果とのあいだには、相関関係があることが確認されている。
図表 6-4 : 記述統計量と相関係数 変数 1 2 3 1明確なビジネスドメイン -
2長期的な戦略的プラン 0.27* - 3戦略的なコンテンツ 0.20 0.21 -
出所: Jatinder(2004 : p.43)
図表 6-5 : 統計分析
被 説 明 変 数 説明変数:販売伸び率 1明確なビジネスドメイン 0.32*
2長期的な戦略的プラン 0.32* 3戦略的なコンテンツ 0.28*
F-statistic 0.85**
Adjusted R2 0.37
N 38
出所: Jatinder(2004 : p.43)
そして、若林・長田(2007a : pp.41-42)によれば、顧客の用途4による事業ドメインの定 義と企業の業績の間に相関関係があることが確認されている。若林・長田は、電機業界5や 化学業界6の事業ドメインの定義に関して三つの仮説を設定している。
H1: 用途による事業ドメインを定義した企業は、そうでない企業よりも、長期的に成長性 が高い。
H2: 用途による事業ドメインを定義した企業は、そうでない企業よりも長期的に収益性が 高い。
H3: 用途による事業ドメインを定義した企業は、そうでない企業よりも、長期的に企業価 値が高い。
三つの仮説の内、H1 が電気業界や化学業界の両業界において統計的に有意であると結 論付けられている。H2、H3は、化学業界のみ相関関係があり、電機業界 では相関関係が
認められないとしている。そして、事業ドメインの定義と収益性(H2)や企業価値(H3)の関 係において電機業界の競争の激化で製品の価格低下が起きているため、統計的に有意な結 果が得られなかったと考察している。製品の価格競争の程度によるものの、少なくとも用 途による事業ドメインの定義は、成長性に有意な影響を与え、業界によっては収益性や企 業価値にも有意な影響を与えると考えられる。
また、若林・長田(2007b)では、用途による事業ドメインの定義の程度の高さ、及び事業 ドメインと製品・サービスの整合性が高い企業7はそうでない企業より成長性が高いことを 実証している。若林・長田(2007b)の実証研究における仮説は、次のとおりである。
H1: 全社レベルで、用途による事業ドメインを定義した企業において、全社の事業ドメイ ンの定義、事業分野・事業ごとの事業ドメインの定義、製品・サービスの各レベル間 で整合度の高い企業は、そうでない企業より成長性が持続的に高い。
H2: 全社レベルで、用途による事業ドメインを定義した企業において、全社の事業ドメイ ンの定義と製品・サービスの間で整合度の高い企業は、そうでない企業より成長性が 持続的に高い。
若林・長田(2007b)の仮説はいずれも統計的に支持されている。
こ れ ら の 実 証 研 究 を 通 じ て 事 業 ド メ イ ン と 成 長 と の 間(Jatinder, 2004 ; 若 林 ・ 長 田
2007a ; 若林・長田2007b)、事業ドメインと収益性や企業価値(若林・長田2007a)の間に
は、正の相関があることが分かる。特に、事業ドメインと成長性に関しては、いずれの研 究でも実証されている。しかしながらこれらの研究では、事業ドメインが再定義される過 程については考察されておらず、再定義を促す要因は 明らかになっていない。本研究の狙 いは、企業の不確実性に対応しようとする際に生じる不整合関係を整合化するための事業 ドメインの拡張に影響を与える要因を探索することである。これらの三つ研究は、用途に よる事業ドメインの定義と成長性などの企業成果の関係を分析してはいるものの、本研究 の目的に関する情報は与えいない。
1 第4章の第1節で扱う不確実性への対処のための行動では、事業部門の事業ドメイン外 の提案が多く行われるとも考えられる。
2 近年には技術開発競争が激化している。これは、 技術の発展により、一旦技術と市場の 統合関係がが明らかになると採算性が明確になるため、市場の後発者が比較的早い段階 で追随することを可能だからである(楠木、2010 : pp.35-37)。 初期段階の市場が定着す るか否かのキャズムを超えると、市場が拡大することが予測できる。市場の拡大が予測 できると、後発者が参入に必要な投資コストに対し、得られる収益が増えるとい う予測 が可能になる。この予測により、積極的に追随する企業も少なくない。 第 2章で検討し た不確実性の対応行動である「適応」行動をとる企業が多くなってくることを意味する。
3 本研究では、地域多角化と製品多角化について、福島(2009 : p.52-55)の議論を参照し、
区別しない。
4 若林・長田(2007a : p.32)では、「顧客価値」による定義を「機能的」な定義と同様にし ている。この顧客価値による定義を、本研究では、用途による定義として扱っている。
これに関しては、第2章の 3節で整理する。
5 電機業界の分析対象は、日立、ソニー、松下電器産業、東芝、NEC、富士通、三菱電機、
キヤノン、山洋電機、シャープである。
6 化学業界の分析対象は、富士フイルム、三菱化学、旭化成、住友化学、三井化学、大日 本インキ化学工業、花王、信越化学工業、積水化学工業、昭和電工である。
7 若林・長田(2007b : p.674)は、1998年度から2003年度の全社の事業ドメインの定義の キーワード(有価証券報告書やアニュアルレポート等)を抽出し、このキーワードの類義 語が製品や製品群のプレスリリースに含まれる程度を整合度と して計算している。
整合度=(Σ各語出現件数―重複件数)/総件数
※各語は、名詞、動詞、形容詞、形容動詞とこれらの合成語。なお、一般語は除く(例 えば、技術・商品・製品・顧客・事業・機械・貢献・提供・提案・創造・オーディオ・
ビデオ・ソフト・ハード・システム等)。