第 8 章 実証結果
2 実証モデルと実証結果
値の処理には、三つの方法がある。一つ目は、データの一部に欠損値がある測定値を分析 から除外することである(サンプルごと除外)。二つ目は、各標本積率を個別に計算し、特 定の積率の計算に必要な値が欠損している場合にのみ観測値を計算から除外することであ る(ペアごと除外)。三つ目は、データを代入することである。三つのデータの除外におい ては、問題が指摘されている1ため、AMOS では、これらの方法ではなく、最尤法による 推定値を計算する(IBM, 1983, 2013 : p.250)。最尤法は、確率的な分布を用いて、ランダ ムに欠損が生じたこととして分析する方法である。この方法によれば、ランダムに欠損し たという条件が満たされる場合において、堅実な推定値が得られる。したがって、本研究 の実証結果においては、一部の限定(欠損データが完全にランダムに欠損していると仮定) が存在する。
図表 8-3 : モデル1のパス図
図表 8-4 : モデル1の実証結果(標準化推定値)
※下線(_)は、AMOS で推定値の係数を1に固定したため、確率が計算されない。
仮説構造に対して、共分散構造分析により、推定した結果を以下に示す。モデル1の適 合度であるが、χ2検定の有意確率=0.213、CFI=0.969、RMSEA=0.040、という結果に なっている。χ2検定、CFI、RMSEA の有意確率は、基準を満たしており、適合度がある と判断できる。なお、モデル 1の適合度の項目の GFI と AGFIは、AMOS で「平均値と 切片の推定」を行ったことにより、表示されていない。5 つの指標の内、3 つの指標で適 合度があると判断されているため、一定の適合度を有するとみなすことができる。そして、
仮説モデルの各推定値に対する検定は、次のようになる。
図表 8-5 : モデル1の推定値の検定
項目 推定
値
標準化 推定値 確率 研究開発部門の提案 ← 技術の不確実性 .623 .521 ***
事業部門の提案 ← 研究開発部門の提案 .377 .425 .014 トップマネジメントの改革意志 ← 研究開発部門の提案 .307 .562 .011 事業ドメインの拡張 ← トップマネジメントの改革意志 .295 .364 .067 事業ドメインの拡張 ← 事業部門の提案 .134 .268 .116 選考会義の頻度(事業) ← 事業部門の提案 1.000 .667 事業提案選考基準の明確さ ← 事業部門の提案 1.224 .853 ***
新事業立ち上げ支援 ← 事業部門の提案 1.439 .918 ***
技術の応用の提案(近年) ← 研究開発部門の提案 1.000 .746 選考基準の確定(研究開発) ← 研究開発部門の提案 .556 .503 .002 トップマネジメントのビジョン共有努
力(公式) ← トップマネジメントの改革意志 1.000 .501 従業員への危機感付与(技術的) ← トップマネジメントの改革意志 1.212 .687 ***
選考会義の頻度(研究開発) ← 研究開発部門の提案 .634 .440 .007 事業ドメイン外の市場進出提案
(異業種) ← 事業部門の提案 .712 .610 ***
従業員への危機感付与(市場的) ← トップマネジメントの改革意志 1.501 .950 ***
地域進出の方針 ← 事業ドメインの拡張 1.846 .644 .007 多角化における自由度 ← 事業ドメインの拡張 1.000 .423 競合の多様性考慮程度 ← 事業ドメインの拡張 2.078 .777 .007 技術の発展可能性の認識(業界) ← 技術の不確実性 1.000 .944 技術発展の見込み ← 技術の不確実性 .784 .746 ***
技術の発展可能性の認識(自社) ← 技術の不確実性 .918 .853 ***
※***は、有意確率が0.001未満であることを表す。
※上記の項目の中で、モデル推定の制約上、影響係数を1.000に固定しているため、検定が行わ れない項目は次のようになる。
選考会義の頻度(事業)←事業部門の提案
技術の応用の提案(近年)←研究開発部門の提案
トップマネジメントのビジョン共有努力(公式)←トップマネジメントの改革意志 多角化における自由度←事業ドメインの拡張
技術の発展可能性の認識(業界)←技術の不確実性
研究開発部門の提案と事業ドメインの拡張の間の影響を想定しないモデル1においては、
事業部門から事業ドメインの拡張に与える影響係数の標準化推定値が0.27 であり、さらに、
推定値の有意確率が10%を超えたため、事業部門の提案が事業ドメインの拡張に対する影 響係数が0であるという帰無仮説を棄却することができない。技術における不確実性の増 大は、研究開発部門の提案の程度に影響することは支持されている。研究開発部門の提案 が増えることにより、事業部門の提案が増えるが、事業部門の提案が 事業ドメインの拡張 には、影響しない可能性があることを意味するの である。一方で、研究開発部門の提案が 増えることにより、トップマネジメントの構造改革意志が高まり、これは、 事業ドメイン の拡張に影響をするということである。
つまり、技術が高度化することにより、増大した不確実性は、研究開発部門の提案を活 発にさせる(仮説 1 支持)。こうした研究開発部門の提案は、トップマネジメントに企業の 構造における変革の必要性を高める要因となる(仮説 2 支持)。そして、構造改革の意志が 高まったトップマネジメントは、事業ドメインを拡張するために働くようになる(仮説5支 持)。この半面、研究開発部門の提案が高まることにより、事業部門 の提案も活発になる(仮 説3支持)。しかし、この際に事業部門の提案は、事業ドメインの拡張には影響を与えない (仮説 4 棄却)。したがって、トップマネジメントの構造改革意志のみが事業ドメインの拡 張に影響を与えるものとなる。
モデル1においては、トップマネジメントの構造改革意志からの影響のみが 事業ドメイ ンの拡張に影響する。トップマネジメントの構造改革意志と事業ドメインの拡張への因果 係数(標準化係数)は 0.36であり、ある程度の関係があると判断される。確かに、構造を変 えるような大きな変革において、トップマネジメントの関与は重要な要因である。しかし、
企業組織の構造改革の基盤や企業組織の構造改革を可能にさせる組織の能力が必要である と考えられる。ここでの組織能力とは、既存事業ドメインと現実の外部環境とのギャップ を認識させる能力を示す。このギャップを認識させる主体は、企業組織内部で外部の変化 を探知する役割を果たす。ギャップを認識させる 主体がトップマネジメントのみであると 考えれば、企業の生死がトップマネジメントの判断のみに関わるものという結論になる。
結論は、第2章と第3章で整理した内容とやや異なる見解を示す。先行研究と実証分析の
相違は、別のモデルを構成することで、再確認することが必要であろう。
トップマネジメントが事業ドメインを拡張するのに重要な役割を持っていることは、仮 説モデル1で確認することができる。しかし、企業が事業ドメインを広がる際に、研究開 発部門や事業部門からは、何も影響されていないかという 疑問が残る。この疑問を解消す るため探索的にモデル2を構築する。事業部門と研究開発部門が事業ドメインの拡張に与 える影響関係をモデル2で検証することにする。
2-2 実証モデル2の結果
図表 8-6 : モデル2のパス図
図表 8-7 : モデル2の実証結果(標準化推定値)
※下線(_)は、AMOS で推定値の係数を1に固定したため、確率が計算されない。
仮説構造に対して、共分散構造分析により、推定した結果を以下に示す。仮説モデルの 適合度であるが、χ2検定の有意確率=0.208、CFI=0.968、RMSEA=0.040、という結果 になっている。χ2検定、CFI、RMSEAの有意確率は、基準を満たしており、適合度があ ると判断できる。なお、本構造モデルの適合度の項目の GFI と AGFI は、AMOS で「平 均値と切片の推定」を行ったことにより、表示されていない。5 つの指標の内、3 つの指 標で適合度があると判断されているため、一定の適合度を有するとみなすことができる。
図表 8-8 : モデル2の推定値の検定
項目 推定
値
標準化 推定値 確率 研究開発部門の提案 ← 技術の不確実性 .615 .536 ***
事業部門の提案 ← 研究開発部門の提案 .396 .427 .015 トップマネジメントの改革意志 ← 研究開発部門の提案 .332 .580 .010 事業ドメインの拡張 ← トップマネジメントの改革意志 .427 .543 .063 事業ドメインの拡張 ← 事業部門の提案 .170 .349 .088 事業ドメインの拡張 ← 研究開発部門の提案 -.126 -.280 .319 選考会義の頻度(事業) ← 事業部門の提案 1.000 .667 事業提案選考基準の明確さ ← 事業部門の提案 1.223 .852 ***
新事業立ち上げ支援 ← 事業部門の提案 1.440 .918 ***
技術の応用の提案(近年) ← 研究開発部門の提案 1.000 .714 選考基準の確定(研究開発) ← 研究開発部門の提案 .590 .511 .002 トップマネジメントのビジョン共有
努力(公式) ← トップマネジメントの改革意志 1.000 .503 従業員への危機感付与(技術的) ← トップマネジメントの改革意志 1.230 .700 ***
選考会義の頻度(研究開発) ← 研究開発部門の提案 .709 .471 .004 事業ドメイン外の市場進出提案
(異業種) ← 事業部門の提案 .714 .612 ***
従業員への危機感付与(市場的) ← トップマネジメントの改革意志 1.464 .930 ***
地域進出の方針 ← 事業ドメインの拡張 2.038 .691 .008 多角化における自由度 ← 事業ドメインの拡張 1.000 .412 競合の多様性考慮程度 ← 事業ドメインの拡張 1.994 .727 .008 技術の発展可能性の認識(業界) ← 技術の不確実性 1.000 .943 技術発展の見込み ← 技術の不確実性 .785 .747 ***
技術の発展可能性の認識(自社) ← 技術の不確実性 .920 .853 ***
※***は、有意確率が0.001未満であることを表す。
※上記の項目の中で、モデル推定の制約上、影響係数を 1.000 に固定しているため、検定が行わ れない項目は次のようになる。
選考会義の頻度(事業)←事業部門の提案 技術の応用の提案(近年)←研究開発部門の提案
トップマネジメントのビジョン共有努力(公式)←トップマネジメントの改革意志 多角化における自由度←事業ドメインの拡張
技術の発展可能性の認識(業界)←技術の不確実性
研究開発部門の提案が事業ドメインの拡張に影響すると仮定した仮説モデル2において は、研究開発部門の提案から事業ドメインの拡張に与える影響係数の標準化推定値が-0.28 であり、さらに、推定値の有意確率が10%を超えたため、研究開発部門の提案が事業ドメ インの拡張に対する影響係数が0であるという帰無仮説を棄却することができない。研究 開発部門の提案が事業ドメインの拡張には、影響しない可能性があることを意味するので ある。このモデル 2では、研究開発部門の提案が増えることにより、事業部門の提案が増 え、事業部門の提案が事業ドメインの拡張に影響を与える。一方で、研究開発部門の提案 が増えることにより、トップマネジメントの構造改革意志が高まり、 トップマネジメント の構造改革意志が事業ドメインの拡張に影響をする。
つまり、技術が高度化することにより、増大した不確実性は、研究開発部門の提案を活 発にさせる(仮説 1 支持)。こうした研究開発部門の提案は、トップマネジメントに企業構 造における変革の必要性を高める要因となる(仮説 2 支持)。そして、構造改革の意志が高 まったトップマネジメントは、事業ドメインを拡張するために働くようになる(仮説5支持)。
この半面、研究開発部門の提案が高まることにより、事業部門の提案も活発になる(仮説 3 支持)。そして、この際に事業部門の提案は、事業ドメインの拡張には影響を与える(仮説4 支持)。一方で、研究開発部門の提案が事業ドメインの拡張には影響を与えるということは 支持できない(仮説 6 棄却)。したがって、トップマネジメントの構造改革意志と事業部門 の提案が事業ドメインの拡張に影響を与えるものとなる。
このモデル2においては、事業ドメインの拡張に影響を与える要因がトップマネジメン トの構造改革意志と事業部門の提案である。トップマネジメントの構造改革意志と 事業ド メインの拡張への因果係数(標準化係数)は0.54であり、関係があると判断される。そして、
事業部門の提案と事業ドメインの拡張への因果係数(標準化係数)は、0.35 であり、やや関 係があると判断される。しかし、研究開発部門と事業ドメインの拡張への因果係数(標準化 係数)は、-0.28 であり、負の影響を示している2。さらに、この因果係数(標準化係数)に関 する検定は、10%を超えているため、支持できない。
本研究の観測変数間の相関係数は、図表 8-9で示す。