第 3 章 不確実性の増大に対応するための企業改革
1 新収益基盤の創出
企業が不確実性に対処する行動は、技術的・市場的な拡張行動である。技術的・市場的 な拡張行動を行う際に、技術或いは市場における共通点を持つことが有効である。特に、
ここでは、既存事業で利用されてきた技術(共通点)の新しい事業への転用について整理す る。
1-1 用途拡張
企業が蓄積してきた技術は、技術の発展に伴い、新しい用途への転用が可能になる。こ の例として、有機 EL 技術と液晶技術における競争とこれに派生して生じた用途について 検討する(日経エレクトロニクス, 2013 : pp.28-30)。
有機 EL 技術と液晶技術は共にディスプレイを主要な用途とする技術である。ディスプ レイにおける両者の競争は、大型化・高解像度化のための競争である。そして、ディスプ レイの大型化・高解像度化においては、液晶技術が優位性を発揮している。一方で、有機 EL技術は、ディスプレイのための機能以外に屈曲性、低電力消費等の特性が優位である。
有機 EL 技術は、既存のディスプレイの用途の他、携帯性の増大と共に、ウェアラブルコ ンピュータ1としての用途が存在する。これは、「見る」という用途の充足を超え、有機EL 技術の発展と共に携帯性が増大することによって、「着る」という用途に繋がっているので ある。このように、技術の発展は、既存技術の用途を満たすために開発されているが、研 究開発が持続的に行われることで、別の用途の形成が可能になる。用途は、既存の研究開 発の延長線上で、別の派生的な用途を生み出すことによって市場を形成する場合がある。
図表 3-1 : 液晶ディスプレイや有機ELディスプレイの用途の比較
出所 : 日経エレクトロニクス(2013 : p.32)
上の図表 3-1で示したように、液晶ディスプレイは、透明・平面パネルや 4K×2K平面 薄型パネル2、フル HD平面薄型パネルの分野で使用できる。これに対し、有機 ELは、液 晶ディスプレイでカバー可能な領域に加え、曲面パネル、フレキシブル・パネル、透明 ・ フレキシブル・パネルの分野においても使用できる。これは、有機 EL 技術の性能特性で ある屈曲性によって用途が広くなっていることを表している。
図表 3-2 : 透明・フレキシブル・ディスプレイの用途 技術(利点) 分野 製品
透明・フレキシブル・
ディスプレイ (利用していない時に は目立たないため、ど こにも配置可能)
ファッション
HMD3 腕時計型端末 ディスプレイ付きウエア 建築 ディスプレイ・ウィンドウ
電飾ビル ヘルスケア 光セラピー
自動車
デジタル・バックミラー インパネ型ディスプレイ
HUD4 店舗
透明ポスター
AR ミラー
ショーケース 出所 : 日経エレクトロニクス(2013 : p.32)
さらに、透明・フレキシブル・ディスプレイは、ファッション、建築、ヘルスケア、自 動車、店舗においてそれぞれの用途として使用できる可能性を持っている。製品としては、
HMD、腕時計型端末、ディスプレイ付きウエア、ディスプレイ・ウィンドウ、電飾ビル、
光セラピー、デジタル・バックミラー、インパネ型ディスプレイ、HUD、透明ポスター、
ARミラー、ショーケース等で使用できる(図表 3-2)。この用途で使用できる大きな理由は、
透明性と屈曲性を持っている点にある。有機 EL ディスプレイが持つ透明性と屈曲性は、
液晶ディスプレイとの競争の中で、特性が強化されるのである。
1-2 技術の高度化と用途の拡張
製品を支える技術は、製品の全体的な性能を向上させるために開発される。Christensen
(1997 : 邦訳pp.252-254)は、ディスク・ドライブが複数の段階を通じて競争軸が変化した
ことを指摘している(図表 3-3)。記憶容量による競争、大きさによる競争、信頼性による 競争である。各段階において、持続的な技術(Christensen(1997 : 邦訳pp.252)の本文では、
確立された技術)と破壊的な技術の間で競争 が行われ、競争軸が変化してきたのである5。 競争軸の変化により、ディスク・ドライブが改良され、市場の要求に答え られる製品に発 展してきた。Christensen(1997 : 邦訳pp.252-254)の議論に基づいて液晶ディスプレイ技 術における競争軸の変化を表現すると図表 3-4のようになる。液晶ディスプレイは、第 1 段階では実用化による競争、第2段階では低消費電力・精度による競争、第3段階では大 きさによる競争を行ってきている。ディスク・ドライブ(図表 3-3)や液晶ディスプレイ(図 表 3-4)では、それぞれの顧客ニーズが満たされれば、別の競争軸に移り、顧客ニーズを満 たす用途の実現のための改良を重ねられてきたのである。
図表 3-3 : ディスク・ドライブ業界の競争軸の変化
出所 : Christensen(1997 : 邦訳p.253)
図表 3-4 : 液晶ディスプレイの競争基盤の変化
出所 : Christensen(1997)の議論と田中(2009 : p.117)に基づいて著者作成
しかし、日経エレクトロニクス(2013 : pp.28-30)にみられるように、液晶技術の場合に は、既存競争の軸が細分化(高画質化、大型化)されながら、代替技術(有機EL技術)との競 争も行っている。技術間の競争は技術性能を高くする圧力となるが、派生的に他の用途が 見つかり、他の用途に関しても競争が生じる。派生的な用途の開発によって、新たな用途 で異なる競争軸が発生していくのである。Christensen(1997)は、破壊的イノベーション
が、持続的技術の技術水準が顧客の要求水準を超える際に生じると述べながら、持続的イ ノベーションの必要性についても強調しているが6、技術の派生的な用途の発生は考慮して いない。
1-3 用途を巡る技術間競争と市場開発可能性
破壊的イノベーションが出現する際に、大手企業が対応できる行動は自ら既存事業にお ける市場で破壊的イノベーションを起こすのみではない。液晶ディスプレイと有機 EL デ ィスプレイの競争に用途の観点を加え、Christensen(1997)の議論に当てはめて考えると 図表 3-5のようになる。高画質や薄型ディスプレイ市場と透明・フレキシブル・ディスプ レイ市場に分けると、高画質や薄型ディスプレイ市場では、有機 EL ディスプレイが液晶 ディスプレイに比べ、技術的に劣っているようにみえる。しかし、透明・フレキシブル・
ディスプレイ市場においては、技術的な優位性が逆転する。つまり、 特性において、有機 ELディスプレイと液晶ディスプレイの優位性が異なっているのである7。このように、有 機 EL 技術と液晶技術は得意な製品・市場が異なってくる。技術の特性を利用すれば、異 なる技術用途での使用が可能になるのである。つまり、技術用途を拡散させれば、異なる 市場に参入するこ可能性を大きくすることができるのである。
図表 3-5 : 技術の特性の組み合わせによる用途の相異
出所 : 著者作成
1-4 既存事業での優位性が劣った技術の利用
ところで、新技術に対して優位性のない既存技術でも利用価値はある。Adner & Snow
(2010 : 邦訳 p.126)は、新技術の出現時に、新技術に乗り換える行動、或いは既存技術を
既存事業に使用し続ける行動の他にも、選択肢が存在すると述べている。これは、既存技 術 を ニ ッ チ 市 場 に 特 化 し 、 応 用 す る こ と で 避 難 す る 行 動(Adner & Snow, 2010 : 邦 訳 pp.127-129)や既存技術に対する新しい顧客の市場に移動する行動(Adner & Snow, 2010 :
邦訳 pp.127-131)である。ここで避難する行動は、市場の主要な部分で優位性のある新技
術が対応していない用途を探索し、これをニッチ市場に向けて活用する行動である。そし て、新市場に移動する行動は、技術を活用していない顧客を探索し、新しい市場に進出す る行動である。この行動は、第2章第3節で検討した技術の用途を広げて新しい市場を「形 成」する行動である技術集約・用途拡散型行動に当てはまる。この行動を行う際に、Adner
& Snow (2010 : 邦訳pp.131-132)は、自社の事業におけるコスト構造の再分析、顧客・市
場を再分析し、異なる事業のために軌道修正をする必要があると述べている8。
1-5 新製品の市場定着プロセス
一方、技術用途を拡張することで製品を開発しても、新しい市場で異なる不確実性の発 生とその増大に直面する。第 2章の不確実性の概念の整理に加え、不確実性の発生プロセ スを新製品の市場定着に適用して検討する。
既存技術を利用した新しい製品も市場に普及しなければ失敗に終わる。新しい製品が市 場 で 普 及 す る に は 、 五 つ の 顧 客 層 へ の 浸 透 段 階 を 経 て 進 行 す る(Rogers, 1982 : 邦 訳 pp.356-363)。五つの顧客層とは、第一にイノベーターである。イノベーターは、新しい技 術に基づく製品を追い求める人達である。イノベーターは、新しい機能 を楽しむこと、画 期的なものに興味を示すことが特徴である。二つ目はアーリー・アダプターである。アー リー・アダプター9は、イノベーターと同じように市場の初期段階から製品を購入する。し かし、技術指向ではないことがイノベーターと異なる。三つ目は、アーリー・マジョリテ ィーである。アーリー・マジョリティーは、アーリー・アダプターと技術に対する姿勢は 同じである。しかし、実用性をより重視する点がアーリー・アダプターと異なる。四つ目 は、レイト・マジョリティーである。レイト・マジョリティーは、アーリー・ マジョリテ ィーとほぼ同じ顧客層であるが、市場の標準が決定されることを製品購入の基準にしてい る。五つ目は、ラガードーである。ラガードーは、新奇製品に対して全く 関心を示さない 人達である。経済的な理由等が購入しない理由の一つである。五つの顧客層の中では、イ ノベーターが2.5%、アーリー・アダプターが13.5%、アーリー・マジョリティーが34%、
レイト・マジョリティーが 34%、ラガードーは 16%の割合を占めているという。そして、
マジョリティー市場を企業が獲得しようとするの が、基本的な行動である10(図表 3-6)。
図表 3-6 : イノベーションの普及
出所 : Rogers(1982 : 邦訳p.356)
Moore(1991, 1999 : 邦訳 p. 24)によれば、イノベーションが採用者のカテゴリを超えて
普及していく際、キャズムを越えなければならない という(図表 3-7)。キャズムを超える ためには、技術的な壁だけではなく、販売インフラや購入後のアフタサービ ス、標準化等 も必要である11。市場が形成される過程において、製品の持続的な開発を行い、顧客のニ ーズを満たすことができるまで製品やその周辺が改良される。
図表 3-7 : キャズム
出所 : Moore(1991, 1999 : 邦訳 p. 24)
キャズムを超え、新奇製品を定着させるには、競争を利用することが有効である(Moore, 1991, 1999 : 邦訳 pp.223-227)。Moore(1991, 1999 : 邦訳pp.227-231)によれば、新奇製 品は、技術的な新奇性がイノベーターやアーリー・アダプターの購入の誘因になるが、ア ーリー・マジョリティーやレイト・マジョリティーにおいて購入の誘因が製品の普及率に 変わる。製品の普及率という誘因を利用するためには、競合他社の市場参入を容認するこ