第 2 章 不確実性に影響する技術と技術の用途
1 不確実性の区分
不確実性は、確率で表現できない不確定な事象を示すものである(Knight, 1921 : 邦訳
pp.295-296)。本来、不確実性の概念の下にリスクの概念が存在していたが、近年では、確 率で表現できないリスクを示す用語として、不確実性は捉えられている。第 1節では、不 確実性に関する先行研究を整理し、本研究で扱う不確実性を定義する。 そして、不確実性 を高める企業外部の要因である競争の激化について検討する。
1-1 Knightの不確実性
Knight(1921 : 邦訳 pp.82-83)によれば、企業を巡る不確実性は、競争により生ずると
いう。企業は利潤を求める。企業が求める利潤は、本来動的な変化によって生じる。動的 な変化は、企業間の競争を著している。例えば、ある発明により生産コストが下がり、こ の発明による利潤が生じると、利潤の獲得を狙った他社によっても同じ事象が起きる。他 社の行動によって自社が獲得できる利潤が減る。発明と生産コストの低下、そして他社の 参入のような事象が生じて競争が激化するようになる。競争が激化すれば、企業は利潤を 得るために別の市場を開拓する。こららの企業の行動は、実現が約束されたものではない。
不確実性は、本来的に競争の激化によって企業の利潤が減るという現実と、利潤を得るた めに市場を形成しなければならないという企業行動の間にあるギャップを象徴する概念で ある。
図表 2-1 : Knightによる三つのタイプ分け
タイプ 状況 区分
第一タイプ 確率的状況
(probability situation) リスク
(客観的な推定) 第二タイプ 統計的確率
(statistical probability) 第三タイプ 推定・判断
(estimate, judgment)
不確実性 (主観的な推定) 出所:: Knight(1921 : 邦訳 pp.295-296)に基づいて酒井(2012 : p.11)が作成
不確実性と同様の概念としてリスクがある。これらの関係ついては、図表 2-1のように 整理されている。物事の状況は、確率的状況、統計的確率、推定・判断でそれぞれの概念 で整理することができる。第一タイプは、「確率的状況」(probability situation)で、サイ コロの確率が代表的な例である。サイコロの確率は、1 から 6 までの数がでる確率が、6 分の1になっており、他の数(例えば、7、8等の事前に設定されていない数)が出る可能性 はない。第二タイプは、「統計的確率」(statistical probability)で、平均寿命、降雨量等が
代表的な例である。平均寿命や降雨量は、先験的な要因によって推測できる。平均寿命や 降雨量は、第一タイプに比べ、例外を含むものである。第三タイプは、「推定・判断」(estimate, judgment)で、有効な客観的な判断基準ではない、主観的な変化の判断である 。これは、
確率的な推定が不可能なものであり、主に主観的な推定により判断 される。統計的な根拠 や確率的な根拠で裏付けることができないため、信頼性を図ることが難しいものである。
この第一タイプと第二タイプがリスクとして分類され、第三タイプが不確実性を示す概念 である。
1-2 近年における不確実性とリスクの関係
酒井(2012)は、Knight(1921)の不確実性の概念に対して、近年、リスクと不確実性の間 で意味の範囲が逆転していることを指摘し、広義のリスクの下に不確実性が位置づけられ ていると述べている。広義のリスクの概念の下位に狭義のリスクと不確実性が存在してい る(図表 2-2)。狭義のリスクは確率計算のような定量分析によって計算することが可能な ものである。不確実性は未知のリスクや恐怖のリスク等を示すものである。未知のリスク は、得体が分からなくて、人に不安感を与えるものであり、例えば、電子レンジの電波に よる人体への影響や、カフェインの効果等である。一方で、恐怖のリスクは、スケールが 巨大で、人に恐怖感を与えるものであり、例えば飛行機事故や天然ガスの 爆発等が含まれ る。さらに、未知のリスクと恐怖のリスクを組み合わせることができ、未知のリスクと恐 怖のリスクの程度が高いものは、DNA技術や放射性廃棄物による影響等である。そして、
未知のリスクと恐怖のリスクの程度が低いものは、自動車や喫煙による影響等である とい う。未知のリスクと恐怖のリスクが不確実性として認識されている。不確実性は、影響が あることは認識されるが、その程度を正確に測ることができないことを意味する。
図表 2-2 : リスクの概念の拡張と不確実性の位置(酒井による)
出所:酒井(2012 : p.11)
不 確 実 性 は 、 企 業 が 利 潤 を 獲 得 す る た め に 、 積 極 的 に 対 応 す べ き 要 因 で あ る(Knight, 1921)。企業間の競争によって不確実性が高まるが、不確実性を解消することによって利 潤が獲得できる(Knight , 1921 : 邦訳 p.390)。不確実性は変化することが予測できるが、
正 確 な 影 響 が 把 握 で き な い(酒 井, 2012)。 企 業 を め ぐ る 不 確 実 性 に 関 し て Hugh et al.(1997)は、下のように整理している。
1-3 Hugh et al.の不確実性の分類
Hugh et al. (1997 : p.49)は、「不確実性」を、回避可能な事象として捉えている。未来 に起こる事象は予測可能な事象と予測不可能な事象の二つにだけに分けられるものではな く、十分に明らかな事象、複数の選択肢に分かれている事象、一定の範囲内に収まってい る事象、予測が本来的に全く不可能な事象に分けることができると 述べている(図表 2-3)。
これらは、不確実性の程度によって順序付けることができる。 十分に明らかな事象は、将 来起きる変化が予測でき、不確実性が一番低い状況である。複数の選択肢に分かれている 事象は、変化が予測できるが、ある要因によって結果が分かれる状況である。 一定の範囲 内に収まっている事象は、どのような要因によってどのような変化が起きるかが特定でき ないが、変化の大きさが予測できる状況である。予測が本来的に全く不可能な事象は、変 化の原因と変化の大きさが全く予測できない状況である。
これらの事象に対しては、次のように対処する。まず、十分に明らかな事象に対しては、
ある程度の正確さで戦略を立案することができる。戦略を一つに絞るために、十分 に予測 可能な事象である。第二に、複数の選択肢に分かれている事象は、起きる可能性のある事 象に対してシナリオを準備することで対応することが可能な事象である。第三に、一定の 範囲内に収まっている事象は、ある変数によってどう変化するかは分からないが、最終的 にどのような範囲に結果が生ずるかが予測可能であり、影響の上限、下限を想定すること ができる。第四に、予測が本来的に全く不可能な事象 では、変化が起きる範囲の予測も難 しく、変化を決定付ける変数の特定もできない事象である。この場合は、予測可能なレベ ルになるまで待機することが求められる。
企業をめぐる不確実性の中で、十分に明らかな事象、複数の選択肢に分かれている事象、
一定の範囲内に収まっている事象は、予測が本来的に全く不可能な事象に比べ、対応可能 なものと考えられる。そして、予測が本来的に全く不可能な事象はその対応が不可能であ る。逆に、十分に明らかな事象の場合は、不確実性の程度が低く、対応策が明らかに見え ているため、企業の対応について分析するほどではないと考えられる。複数の選択肢に分 かれている事象の場合は、変化に対応するためのシナリオを立てることが必要であるが、
近年において、環境変化を引き起こす要因を特定することが難しいと考えられる。 したが って、一定の範囲内に収まっている事象が考察すべき重要な不確実性となる。
図表 2-3 : 不確実性の分類
十分に明らかな事象 複数の選択肢に分かれている事象
一定の範囲内に収まっている事象 予測が本来的に全く不可能な事象
出所 : Hugh et al.(1997 : pp.68-69)
1-4 竹村による不確実性の分類
竹村 他(2004 : p.16)によれば、不確実性は、変化することは分かるが、変化の程度が測 定できないものとして定義している。特に、意思決定における不確実性は、確実性 下とリ スク下と異なり、無知下とも異なる(図表 2-4)。竹村 他(2004 : p.16)によれば、意思決定 の環境は、次のように分けることができる。第一に、確実性下の意思決定であり、選択肢 を選んだことによる結果が確実に決まって来るような状況での意思決定である。第二に、
リスク下の意思決定があり、選択肢を採択したことによる結果が既知の確率で生じる状況
である。第三に、不確実性下の意思決定においては、曖昧性下と無知下の意思決定に分け られる。曖昧性下の状態は、どのような状態や結果が出現するかは分かるが、確率の数値 で表現できないものである。無知下では、状態の集合の要素と結果の集合が既知ではない 場合である。これは、Hugh et al.(1997)が述べる十分に明らかな事象(確実性下)、複数の 選択肢に分かれている事象(リスク下)、一定の範囲内に収まっている事象(不確実性下の曖 昧性下)、予測が本来的に全く不可能な事象(不確実性下の無知下)にそれぞれ当てはまると 考えられる。つまり、本研究が分析の対象とする企業における不確実性は、不確実性下で 曖昧性下にある意思決定となる。曖昧性下の意思決定は、変化がどのように起きるかが曖 昧であるため、測定することができないが、 変化の結果の範囲を大きい・小さいという表 現で表すことができる。言い換えれば、事業における変化が大きければ、不確実性が大き いということになり、事業における変化が小さければ、不確実性が小さいということにな る。
図表 2-4 : 意思決定環境に応じた不確実性の分類
出所:竹村他(2004 : p.16)により著者加筆
これまでの議論を整理すると、不確実性は、競争によって生じるが、その原因が特定で きるか・できないかという要因と変化の結果が予測できるか・できないかという要因によ ってこの程度を把握することができる。全く予測できない場合には、対処するために行動 することが不可能なものである。少なくとも変化の結果が予測できる環境の中で あれば、
企業が不確実性に対処するための対応行動をとることができる。企業を巡る環境は、競争 が激化するほど大きく変化する。そして、変化の程度が大きくなることで、不確実性が増 大する。