第 5 章 事例分析
3 コダックとの比較
ライフサイエンス事業の内、医療用医薬品部分を担当している。富士フイルムは、富山化 学をグループ内で育てることで、「価値の最大化」、「技術融合による新薬開発のスピードア ップ」、「新薬の継続的な創出」、「資金力を生かした開発・生産体制の強化」「販売体制の強 化」、「連携による生産の効率化」のシナジー効果が得られると期待したのである。
図表 5-14 : 富士フイルムの事業展開における富山化学工業の位置づけ
出所:富山化学工業H.P.(2011)
3―1―1 同業界である
言うまでもなく、富士フイルムとコダックは、写真フィルムにおいて、長年の間、業界 一位・二位を争った競合企業である。また、両社は写真フィルムを主力事業として成長し てきており、フィルムカメラの製造販売も行ってきた。そして、デジタルカメラを開発し、
市場に導入することで、産業の衰退に抵抗しようとしたことも共通している。つまり、企 業における産業衰退の危機感が同じように存在してい たと判断できる。
3―1―1 医療との関連性
両社は医療関連事業を持っており、医療との接点を持っていた。富士フイルムの場合は、
1936年に X 線フィルムを生産し、1968 年に富士フイルム RIファーマ社を設立する等、
医療とのかかわりを持った(延岡 & 青島, 2011 : p.93)。コダックは1896年に、X線画像 撮影専用の感光紙を発表し、1989 年に医薬品事業を設立し、ヘルスケア分野に参入した
(Eastman Kodak H.P., 2014a)。両社は、X線フィルム以外に、造影剤の開発・生産等を
始め、長い期間、医療関連事業を行ってきたのである。
3―1―2 トップマネジメントの交代
写真フィルム業界において、コダックは大手企業であり、環境変化に対応しようとした。
コ ダ ッ ク は 、 ニ エ ル ・A・ カ ー プ(Daniel Allen 'Dan' Carp)氏 か ら ア ン ト ニ オ ・ ペ レ ス
(Antonio Manuel Pérez Álvarez)氏への交代があった。アントニオ・ペレス氏は、2003年
COOとして入社し、 2005年に CEOに昇進してから構造改革するために努力したのであ る(日経フォーラム, 2006)。富士フイルムでは、代表取締役 CEOが2003年に大西實氏か ら古森重隆氏に交代した。
3-2 相違点
上のような共通点を持ちながらも、コダックと富士フイルムの 企業行動は異なったのも であった。ここではコダックと富士フイルムはどのような事業運営における相違点がある かを下で分析を行う。富士フイルムに比べ、コダックが頻繁に事業構造の変更を行ったこ とが相違である。そして、「多角化」を指向した富士フイルムに比べ、コダックは「選択と 集中」の行動を行ったのである。最後に、コダックは頻繁な事業構造の変更により、 保有
現金が少なかったのである。
3―2―1 頻繁な事業構造の変更
まず、富士フイルムの改革に比べ、コダックは頻繁に事業構造の変更を行った。コダッ ク の 事 業 ド メ イ ン は 、1998 年 度 以 前 か ら 2000 年 度 ま で コ ン シ ュ ー マ イ メ ー ジ ン グ
(Consumer Imaging), コダックプロフェッショナル(Kodak Professional), ヘルスイメー
ジング(Health imaging), その他(All Other)で編成されていたが、2001年度からは、フォ トグラフィー(Photography), コマーシャルイメージング(Commercial Imaging), ヘルス イメージング, その他の事業部に編成が変わり、2003年度にデジタル&フィルムイメージ ングシス テム ズ(D&FIS), コマ ーシャ ルイ メー ジング, ヘ ルスイ メー ジング, そ の他の 事 業部に変わった翌年、2004 年度に D&FIS, コマーシャルイメージング, グラフィックコ ミュニケーションズ(Graphic Communications), ヘルスイメージング, その他に事業構造 を変更した。
図表 5-15 : コダックの事業構成(1998~2004年度, 億ドル) 年度
事業部分 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 コンシューマイメージング 7164 7411 7406
フォトグラフィー 9403 9002
デ ジ タ ル&フ ィ ル ム イ メ ー
ジング システムズ 9232 9186
グラフィックコミュニ ケーシ
ョンズ 724
コダックプロフェッショナル 1840 1910 1706
コマーシャル•イメージング 1459 1456 1559 803 ヘルスイメージング 1526 2120 2185 2262 2274 2431 2686
その他 2876 2648 2697 110 103 95 118
出所 : Eastman Kodak(1998-2004)の決算報告書
2005年度には、デジタル&フィルム イメージング システムズ, コマーシャルイメージ ング, グラフィックコミュニケーションズグループ, ヘルスイメージング, その他に変わ り 、2006 年 度 に コ ン シ ュ ー マ ー デ ジ タ ル イ メ ー ジ ン グ グ ル ー プ(Consumer Digital Imaging Group), フ ィ ル ム フ ォ ト フ ィ ニ ッ シ ン グ ア ン ド エ ン タ ー テ イ メ ン ト グ ル ー プ
(Film・Photofinishing and Entertainment Group), グラフィックコミュニケーションズ
グループ(Graphic Communications Group), ヘルスイメージング, その他に、2007年度
には、コンシューマーデジタルイメージンググループ 、フィルムフォトフィニッシングア ンドエンターテイメントグループ, グラフィックコミュニケーションズグループ, その他 に変わった。
図表 5-16 : コダックの事業構成(2005~2010年度, 億ドル) 年度
事業部門 2005 2006 2007 2008 2009 2010 デジタル&フィルム イメージング シ
ステムズ 8460
コンシューマー・デジタル・イメージ
ング・グループ 2920 4631 3088 2619 2739 フィルム・フォトフィニッシング・ア
ンド・エンターテイメント・グループ 4156 3590 2987 2257 1767 グ ラ フ ィ ッ ク ・ コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン
ズ・グループ 2990 3632 1968 3334 2726 2681 ヘルスイメージング 2655 2497
その他 163 69 112 7 4
出所 : Eastman Kodak(2005-2010)の決算報告書
このような頻繁な事業構造の変更は、業務の関係を再構築させる。コダックは、既存業 務の関係を規定することによって、事業業務を効率的に遂行してきたのである。しかし、
頻繁な事業構造の変更で、コダックの業務効率が低下した(Burgelman et al., 2004 : 邦訳 pp.305-306)。事業構造の変更により、企業の慣性を乗り越え、新しい収益源を確保しよう としたコダックであるが、2012 年に一度倒産し、2014 年に再上場した7。これに比べて、
富士フイルムは、事業部門の構成は変わらず、安定しているように見える(図表 5-17)。富 士フイルムは、2001年度から、イメージングソリューション、インフォメーションソリュ ーション、ドキュメントソリューションの三つの事業を運営し続けている。さらに、2001 年度に比べ、2012年度には、イメージングソリューションの売上高構成比が顕著に低下し ている。一方で、インフォメーションソリューション事業の売上高構成比は著しく増加し てきたのである。
図表 5-17 : コダックと富士フイルムの事業別売上高(単位:億円) 項目
企業名 事業部門 年度
2001 2005 2010 2012
コダック
フォトグラフィー 9403
注
デジタル&フィルム イメージング シ
ステムズ 8460
コンシューマー・デジタル・イメージ
ング・グループ 2739
フィルム・フォトフィニッシング・ア
ンド・エンターテイメント・グループ 1767 グ ラ フ ィ ッ ク ・ コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン
ズ・グループ 2990 2681 コマーシャル・イメージング 1459
ヘルスイメージング 2262 2655
その他 110 163
項目
企業名 事業部門 年度
2001 2005 2010 2012 富士
フイルム
イメージングソリューション 7846 6895 3258 2948 インフォメーションソリューション 6853 8774 9174 9077 ドキュメントソリューション 9312 11007 9739 10121 注:公表されていない
出所 : 富士フィルムの有価証券報告書とコダックの決算報告書により著者作成
3―2―2 多角化と選択と集中の傾向
コダックは、フォトやイメージング関連の事業を中心に展開しており、富士フイルムは、
イメージングソリューション、インフォメーションソリューション、ドキュメントソリュ ーション事業を展開している。背景には、コダックの事業ドメインの変化が存在した。コ ダックは、「消費者、専門家、健康およびその他のイメージング製品とサービスの開発、製 造、マーケティング」に従事していた(Eastman Kodak, 2001 : p.46 ; Eastman Kodak, 2002 : p.54 ; Eastman Kodak, 2003 : p.45 ; Eastman Kodak, 2004 : p.54 ; Eastman
Kodak, 2005 : p.8)。しかし、事業ドメインは、2006年に「写真、グラフィックコミュニ
ケーションとヘルスケア市場へ一流の製品やサービスを提供」(Eastman Kodak, 2006 :
p.5 ; Eastman Kodak, 2007 : p.4)に変わり、2008年からは「消費者、事業者、そして創
造的な専門家たちが生活を豊かにするための写真や印刷」(Eastman Kodak, 2008 : p.4 ; Eastman Kodak, 2009 : p.4 ; Eastman Kodak, 2010 : p.4)に変わった。つまり、コダック の事業ドメインの変化は、専門家関連事業の強化・印刷関連事業の強化・ヘルスケアイメ ージング事業の撤退が特徴である。コダックがイメージング関連事業の更なる強化を目指
したことと富士フイルムがイメージングソリューション事業から脱皮(第 5 章の第 1 節の 1)しようとしたことに戦略的な違いがあると考えられる(篠原, 2013 :112)。
図表 5-18 : 経営理念と事業ドメインの変化
年度 富士フイルム コダック
~2005年まで
私達は、よ り優れた 技 術に挑戦 し、「映像と情報の文化」を創造 し続けます。
消費者、専門家、健康およびその 他のイメージング製品とサービス の開発、製造、マーケティング 2006年~2007年
私達は、先 進・独自 の 技術をも って最高品 質の商品 や サービス を提供する 事により 、 社会の文 化・科学・ 技術・産 業 の発展、
健康増進・ 環境保持 に 貢献し、
人々のクォ リティオ ブ ライフの さらなる向上に寄与します。
写真、グラフィックコミュニケー ションとヘルスケア市場へ一流の 製品やサービスを提供
2008年~
消費者、事業者、そして創造的な 専門家たちが生活を豊かにするた めの写真や印刷
出所 : 富士フイルムの有価証券報告書、コダックの決算報告書
3―2―3 現金不足による短期的成果への追及
戦略の相違に加え、コダックには、化粧品や医療関連等の分野への拡張型多角化を進め ることができなかった。これは、頻繁な事業構造の変更で、改革を進めるための十分な現 金がなかったことである。コダックは、2006 年度からキャッシューフローが悪化した。コ ダックは、上で述べた赤字計上を克服するために、2007年に、オネックスヘルスケアホー ルディングス社にヘルスイメージング事業部門を売却した。背景には、2005年度から続く 大幅な経常の赤字を改善するための措置であり、コダックがデジタル市場の成長機会を掴 むために選択と集中の戦略を探ったのである。特に、専門家に向けた事業を中心に展開し ようとしたコダックは、ヘルスイメージング事業の売却の理由を二つ挙げている。一つは、
財務的な流動性を柔軟にするためである。二つ目は、イメージング事業におけるデジタル 市場に集中し、成長の機会を掴むためである。コダックは喫緊の流動性の確保とデジタル カメラという急成長市場での基盤の確立という短期的成果を追求したのである。
しかし、コダックは、一時的に黒字に転換(2007年度)することができたが、フィルム事 業の衰退の波に抵抗することができなかった。コダックは、2008年度から再びキャッシュ ーフローが悪化し続け、2012年 1月に倒産の手続きを探った。