第 3 章 日本語と韓国語の格標識の対応関係
3.4 頻度に基づく有標性
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Koizumi(1995)では文法的と判断されているが,(16b)は「カンタが成田空港で会った のは(他の人ではなく)ミカだ」という文脈では自然であるが,(16c)の方が自然である ことから,「~に会う」の「に」が格標識である場合を対象として分析する.
つまり,日本語の「に」と韓国語の目的語を標示する格標識/後置詞の対応関係 は,次の3通りになると考えられる.
(17) a. 与格の格標識「に」と「을/를[ul/lul]」が対応する場合(「乗る」・「会う」
等)
b. 後置詞「に」と「을/를[ul/lul]」が対応する場合(「似る」・「同情する」等) c. 後置詞「に」と「에/에게[ey/eykey]」が対応する場合(「ほれる」・「ぶつかる」
等)
上記のように,これまで指摘されていなかった後置詞「に」と「을/를[ul/lul]」が対 応する動詞があることが分かった.次節では,本節の格標示の分析を基に有標性を用 いた学習困難度の仮説を提案する.
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Conformity Hypothesis, SCH)を適用することを可能にするために,類型論的有標性 の代わりに頻度によって有標性を特徴づける.なお,村山(2015, 2016)では,主に MDHに基づく学習困難度の予測を行っていたが,MDHは,SCHの一部として含ま れているため,以下ではSCHと表記する.
具体的には,Croft(2003)の有標性の定義に基づいて格標示の有標性の分析を行う.
まず,Croft(2003: 110)による頻度の定義は,次のようなものである.
(18) テクスト(トークン)の頻度: もし,あるカテゴリーの類型論的に有標な値のト ークンが,あるテクストのサンプルで一定の頻度で生じるなら,無標の値のトー クンは,そのテクストのサンプルで少なくとも同じ数だけ生じているだろう80.
Croft(2003: 110)
村山(2015: 68)では,このCroftの定義に基づいて,「日本語の与格で目的語を標示 する場合は,対格で標示する場合よりも相対的に頻度が低いということがわかれば,
有標性が高いと特徴づけられる」と主張し,MDH を用いた格の学習困難度の予測の 可能性を論じた.ここでは,具体的にどのように頻度を用いて格の有標性を特徴づけ るのかについて論じる.さらに,二項動詞の目的語が後置詞で標示されている場合も 与格で標示される場合と同様に,対格で標示される場合よりも有標であることを論じ る.
3.4.2 日本語と韓国語の目的語の格標示の頻度
管見の限り,これまで日本語と韓国語の目的語の格標示に関する定量的な対照研究 はなされていない.本研究では,頻度に基づく目的語の格標示の有標性を調べるにあ た っ て , 世 宗 韓 日 パ ラ レ ル コ ー パ ス(세종 한일 병렬 말뭉치, Sejong Korean-Japanese Bilingual Corpora)を用いる81.世宗韓日パラレルコーパスは,小規模のコ ーパスであるが,形態素解析がなされている日本語と韓国語の対訳コーパスである.
80 筆者による訳である.
81 なお,世宗韓日パラレルコーパスの検索については,NARA System(ver. 2.0)を用い
た.<http://corpus.mireene.com/nara.php> (2015年9月4日閲覧)
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その内訳は,原典が韓国語のものが38,原典が日本語のものが 12であり,ジャンル は,雑誌,新聞,小説,ノンフィクション,論文からなるコーパスである.
首藤・崔・原田(2012: 441)は,「の」と「의[ui]」について世宗韓日パラレルコー パスを用いて定量的な日韓対照研究を行っているが,パラレルコーパスを用いること によって,データの相違が分析に与える影響(すなわち,データのジャンルやトピッ ク,内容等の他の要因)を最小限に抑えることが期待できると述べている.本研究で も,日本語と韓国語の目的語を標示する格の頻度について,他の要因を最小限に排除 して比較するため,日韓の対訳のデータを検索できる世宗韓日パラレルコーパスを用 いる.
まず,調査方法について説明する.まず,日本語の二項動詞の目的語の対格と与格 /後置詞(「を」と「に」)の頻度について世宗韓日パラレルコーパスを用いて調査し,
そしてその対訳である韓国語のデータを用いて韓国語の二項動詞の対格
(「을/를[ul/lul]」)と後置詞(「에/에게[ey/eykey]」)の頻度を調査する82.本研究で は,二項動詞の目的語の格標示の頻度を調査するにあたって,夏目漱石『こころ―先 生と私』(集英社, 2002年)及び太宰治『斜陽 三』(新潮社, 1994年)の日本語と韓国語 の対訳データを対象として分析を行う.世宗韓日パラレルコーパスにおける『ここ ろ』と『斜陽』の統計的情報は表4に示した.
82 目的語の格標示には,例えば,「お茶が飲みたい」,「お金が欲しい」などのように,
「が」もあることが指摘されているが(久野(1973: 48-56)など),久野(1973: 50)によると,
「意味の上から目的格助詞『ヲ』が現われることが期待される所に『ガ』が現われる」構 文は,「能力を表わす形容詞,形容動詞(上手,苦手,下手,得意,ウマイ)」,「内部感情 を表わす形容詞,形容動詞(好キ,嫌イ,欲シイ,コワイ)」,「動詞+タイ」,「可能を表わ す動詞(デキル,レル/ラレル)」,「自意志によらない感覚動詞(解ル,聞コエル,見エル)」,
「所有,必要を表わす動詞(アル,要ル)」に限られる.このことを考慮に入れると,対格
「を」より分布に制限があるため,それに伴って頻度も低く有標である可能性が高い.本 研究では「が」については対象としないため,目的語を標示する「が」の頻度については 調査していないが,ここでの議論に問題はないと考える.目的語を標示する「が」の頻度 も含めた目的語標示の有標性の度合いについては今後の課題とする.
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表4: 世宗韓日パラレルコーパスにおける『こころ』と『斜陽』の統計的情報83
日本語 韓国語
ファイル 夏目漱石 こころ-先生と私
太宰治 斜陽_
三
夏目漱石 こころ-先生と私
太 宰 治 斜 陽_ 三
段落数 668 196 664 196
文章数 1,697 341 1,692 360
段 落 あ た り の 文章平均
2.54 1.74 2.55 1.84
語節(type) 3,506 1,641 7,347 2,640 語節(token) 31,765 8,185 16,283 3,940 語節(t/t) 0.11 0.20 0.45 0.67 形態素(type) 3,381 1,602 3,444 1,784 形態素(token) 31,765 8,185 37,891 8,806 形態素(t/t) 0.11 0.20 0.09 0.20 文 章 あ た り の
語節平均
18.72 24.00 9.62 10.94
文 章 あ た り の 形態素平均
18.72 24.00 22.39 24.46
世宗韓日パラレルコーパスの検索システムであるNARA Systemでは,タグ付けさ れた情報を基に,表5のように検索できる.基となった日本語の文章,日本語の文章 の形態素分析結果,対応する韓国語の文章,対応する韓国語の文章の形態素分析結果 が表示される.
表5: NARA Systemによる検索結果の例(『こころ―先生と私』)
私はまた先生に会い たくなった。
私[私/NNPG] は[は /PRE] また[また /ADG] 先生[先生 /NG] に[#に/PJKG#]
会い[会う/VIN] たく [たい/AU] なっ[なる /VIN] た[た/AU] 。 [。/SYF]
나는 선생님을 만나고 싶어졌다.
나는[나/NP+는/JX]
선생님을[선생/NNG+
님/XSN+을/JKO]
만나고[만나/VV+고/E C]
싶어졌다.[싶/VX+어/
EC+지/VX+ㅓㅆ/EP+
다/EF+./SF]
83 統計的情報は,世宗韓日パラレルコーパスの検索システムであるNARA
<http://corpus.mireene.com/nara.php> (2015年9月4日閲覧)のStatisticsからダウンロ ードし,日本語に翻訳したものである.
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本研究では,二項動詞の目的語を標示する格/後置詞の相対的な頻度を出すことを 目的としているため,単にタグ付けされた「格助詞」を検索して頻度を出すというの では不正確である.そのため,まず,「格助詞」のタグを利用して検索した後,一例 ずつ共起する動詞を確認し,目的語を標示する用法以外のもの(例えば,コピュラの
「に」など)を除外した.さらに,「与える」や「貸す」,「置く」などの三項動詞を除 いた. 二項動詞の目的語の格/後置詞として「を」と「に」が用いられているものに 限ったところ,表 6 の結果が得られた.なお,「に」に関して,奥田(1983)の「に格 と動詞の組み合わせ」の分類における「ありかのむすびつき」(すなわち,「存在動詞 と組み合わさって,存在という状態が成立するために必要なありかを示すもの(奥田,
1983: 284)」)は,出現総数 105 あった.また,「墓参りに行く」のような「目的規定
的な用法」は,出現総数 16 あったが,これらについては,ここで問題にしている目 的語としての性質を完全に満たすものではないため,下の表の頻度には入れていない.
表 6 の結果から,日本語の二項動詞の目的語の格/後置詞の出現頻度は,「を」が
82.3%と圧倒的に多く,無標であり,「に」は 17.7%と少なく,有標であると特徴付
けられる.なお,頻度を調べる際に,格助詞「に」と後置詞「に」を区別していない
(すなわち,3.3.1で取り上げた統語的テストを1例ずつ行うことはしていない)が,そ
もそも「を」と「に」の頻度を比較した際に,「に」の方が頻度が少ないため,その
「に」が格助詞「に」であっても後置詞「に」であっても,「を」と比較すると頻度 が低く有標なので,ここで問題にしている「を」と「に」の有標性を比較する限りは 本研究での議論に影響はないと思われる.
表6: 日本語の二項動詞の目的語の格/後置詞の「を」と「に」の頻度84
を に
957 (82.3%) 206 (17.7%)
さらに,その対訳である韓国語のデータを調査した.結果は次の表7の通りであ る.韓国語のデータでも,対格을/를[ul/lul]が83.6%と圧倒的に多く,目的語の格標 示に関して無標であると特徴づけられる.また,에[ey]や에게[eykey]で目的語を標示
84 「を」の頻度については,「歩く」,「のぼる」のように自動詞であっても移動に関わる
場所を表す対格を取る51例を含んでいる.
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する用法については目的語を対格で標示する用法よりも無標であると特徴づけられ る.
なお,上記の日本語の調査と同様に,韓国語で「에/에게[ey/eykey]」が与格か後置 詞のいずれかであるかを統語的なテストで1例ずつ調査はしていないが,本研究で は,韓国語の「에/에게[ey/eykey]」について,注73でも触れたが,加藤・橋本・村 杉(2004: 45)が述べているように,「-ey/eykeyは主格や対格とは異なり格脱落が難し
いこと,また,様々な意味の用法を持つことを考慮するならば,韓国語において-ey/eykeyは後置詞(もしくは内在格)であると考えられる」という主張に基づいて後置
詞と仮定する.表7の結果から,韓国語でも「을/를[ul/lul]」と
「에/에게[ey/eykey]」との頻度には大きな違いがあるので本研究の議論には影響しな いと思われる.
表7: 韓国語の二項動詞の目的語の格/後置詞の頻度
을/를[ul/lul] 에[ey] 에게[eykey]
1078 (83.6%) 200 (15.5%) 11(0.9%)
表6及び表7で示したように,日本語も韓国語も対格で目的語を標示する用法が無 標であり,「に」または에[ey],에게[eykey]で目的語を標示する用法は有標であると いう結果であった.
本研究では,対訳のコーパスを用いているため,同一のコンテクストを両言語で表 現している.そのため,目的語を対格で標示する韓国語の用法は,目的語を「に」で 標示する日本語の用法よりも無標であると特徴付けられる.
3.5構造的一致の仮説(Structural Conformity Hypothesis, SCH)に基づく格の