第 4 章 学習者コーパスによる SCH の検証
4.2 韓国人日本語学習者のコーパスによる SCH の検証
4.2.5 格標識脱落の現象についての考察
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図2: C-JASにおける韓国人日本語学習者の「会う」の格の使用の内訳
さらに,全体の29%が「友達(φ)会う」のように格標識を脱落させていた.これは,
誤用ではないが,回避の可能性がある.次節では,格標識の脱落の現象について考察 する.
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んなに誤用を分析しても,理由を説明できない」からである.
上記の調査でも誤用としては現れなかったが,「産出しない」ことで学習の難しさを 回避している可能性が考えられる.そこで,「バス(φ)乗る」,「友達(φ)会う」のような 格標識の脱落の現象は,学習者のストラテジーとしての回避なのかどうかを明らかに するため,C-JASを用いて同じ学習者が,韓国語でも日本語でも対格で目的語を標示 するため学習困難度が低いと予測される二項動詞の1つである「読む」について対格 の格標識「を」を用いているかどうか調査した.目的語が発話されている例を対象と し,同じ学習者が「読む」の場合に「を」を省略しているかどうかを調査した.その 結果を表11に示す.
表11: C-JASにおける学習者別の目的語の格標識の使用状況99
K1 K2 K3
φ乗る 100%(4例) 40%(2例) 66.6%(2例)
誤用 0% 40%(2例) 0%
φ会う 11.1%(1例) 16.6%(1例) 43.8%(7例)
誤用 0%※ 33.5% (2例) 12.5%(2例)
φ読む 0% 88.9% (8例) 40% (4例)
を読む 100% (4例) 11.1% (1例) 60% (6例)
誤用 0% 0% 0%
この結果は,K1,K3 の学習者は,「読む」について,「本を読む」のように「を読 む」と発話している頻度が高いことを示している.これと比較して,格標識を発話し ていない「φ乗る」,「φ会う」は,単に格の省略(脱落)ではなく,回避である可能性が 高いことを示唆している.K2 の学習者については,「φ 読む」と発話する頻度が高い ことがわかった.しかし,K2の学習者は誤用も多い.回避かどうかはこれだけでは明 確ではないが,他の動詞も調べてみることによって,その傾向は確かめられると考え
99 K1 の「会う」については,「あの人はよく会わないから・・・」,「【人名 P】さんは,
まだ会ってないですね」という発話があったが,誤用タグはついていなかった.前後の文 脈を見て判断すると,これらは,「あの人にはよく会わない」,「Pさんにはまだ会っていな い」の方が自然な日本語であると思われるが,ここでは誤用に含めていない.これらを「に」
の脱落と考えることもでき,その場合は,回避の例になる.
86 る.
しかし,一方で,日本語母語話者でも格標識の脱落の現象が観察される.特に会話 では格標識が省略されることも多い.韓国人日本語学習者に見られる格標識の脱落が 回避であることを明確にするために,日本語母語話者の発話と比較を行った.
まず,宇佐美まゆみ監修(2011)『BTSJによる日本語話し言葉コーパス(2011年版)』
を用いて,「親しい同性友人同士(男女)の雑談100」,「初対面と友人同士の女性の雑談101」,
「初対面男性ベースの雑談(性差,年齢差)102」の3つの群,60会話(約1221分)のデー タを分析した.その結果を表12,13に示す.
表12: 『BTSJによる日本語話し言葉コーパス』における日本語母語話者の会話における
「乗る」の格の使用
に φ とか で を
同性友人(男女) 6例103 6例 2例 0例 1例 初対面・友人女性 3例104 4例 1例 1例 0例 初対面(性差,年齢差) 9例105 3例 1例 0例 1例
合計 18例
(47.4%)
13例 (34.2%)
4例 (10.5%)
1例 (2.6%)
2例 (5.3%)
100 日本語母語話者,10代後半から20代中盤,男女各10組,同性二者間の会話のデータ である.会話グループ内の話者同士の関係は,非常に親しい同性・同学年の大学(院)生で ある.
101 20代女性学生の初対面と友人同士の会話のデータである.
102 35歳男性が,年上(45歳)・同等(35歳)・年下(25歳)の話者(男/女)と6通りの会話を行 っているデータである.
103 「にも」2例を含んだ数である.
104 「相談に乗る」という発話が1例あったが,安垠姫(2007 :71)によると,韓国語に訳し た場合「상담에 타다」とは言いにくく,「상담에 응하다(相談に応じる)」になる場合が多 いとしているため,ここでは対応関係を考慮し,数に含めなかった.
105 「軌道に乗る」という発話が 1 例あったが,韓国語では対格を取らないため,ここで は数に含めていない.また,目的語が発話されているものに限って分析したため,着点
(goal)については「1番前に乗る」,「どの位置に,乗って,乗るかっていう…」という発話
が2例あったが,数には含めていない.
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表13: 『BTSJによる日本語話し言葉コーパス』における日本語母語話者の会話における
「会う」の格の使用
に と φ とか を 同性友人(男女) 1例106 1例 0例 0例 0例 初対面・友人女性 3例 5例 2例 1例 1例 初対面(性差,年齢差) 0例 1例107 0例 0例 0例
合計 4例
(26.7%)
7例 (46.7%)
2例 (13.3%)
1例 (6.7%)
1例 (6.7%)
次に,この結果を韓国人日本語学習者の格標識の脱落と比較すると,韓国人日本語 学習者では,「φ乗る」が66.7%,「φ会う」が29%であるのに対し,日本語母語話者
の「φ乗る」は34.2%,「φ会う」は13.3%であり,日本語母語話者の格標識の脱落は,
「乗る」については韓国人学習者の約半分程度,「会う」については韓国人学習者の半 分以下の割合であることがわかる.このように韓国人日本語学習者の発話には,日本 語母語話者と比べて格標識を脱落させる現象が多く見られるため,日本語母語話者の 格標識の脱落とは性質が異なると考えられる.この結果は,韓国人日本語学習者は学 習困難度の高い格標示を回避していることを強く示唆しており,SCHの予測(1b)が経 験的に正しいことを示している.