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他動性卓越に基づく仮説と調査方法

第 7 章 他動性卓越の観点から見た学習困難度の考察

7.3 他動性卓越に基づく仮説と調査方法

本節では,まず,Haspelmath(2015)の他動性卓越の考え方に基づいて,他動性と格 標示の学習困難度の関係についての仮説を提案する.そして,次に,この仮説が格標示 の学習困難度に対してどのような予測をするのかについて論じる.

これまで述べてきた他動性卓越の概念に基づいて,他動性に関する2つの側面が格標 示の習得に影響を与えている可能性を考慮に入れて,この2つを統合した格標示の学習 困難度の仮説(8)を提案する.

(8) 他動性卓越に基づく学習困難度の仮説

(a)もし他動性の形態的なコード化(他動性卓越)が習得に影響しているなら,類型 論的に他動詞としてコード化される度合いが高い文/節の格標示ほど習得しや すい.

(b)もし他動性の意味的な側面(Hopper and Thompson(1980)の意味的なパラメー タ)が影響しているなら,高他動性のパラメータに多く当てはまる文/節の格標示 ほど習得しやすい.

以下では,(8)について韓国人日本語学習者の格の習得について考察を行う.(8a)は4 章で,(8b)は,6章で分析結果を説明したが,ここでは,(8)の仮説のもとではそれらの 結果がより詳細に分析できることを示す.調査の方法は次の通りである.

国立国語研究所のプロジェクトによる日本語学習者の縦断的な発話コーパスである

「C-JAS(Corpus of Japanese As a Second language)」を用いて調査を行う.韓国語母 語話者3名の3年間の発話を対象とする.具体的な方法は次の通りである.

まず,Haspelmath(2015)がValPaLで調査した動詞のうち,日本語で「主格‐対格」

の格枠組みを取る動詞,「主格‐与格」を取る動詞,「主格 (具格) 対格」を取る動詞に

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限定して,それぞれの動詞についてHaspelmath(2015)による他動性卓越の割合を見る.

この値は他動性の形態的側面に関する類型論的有標性を示すものと考えられる.同時に,

Hopper and Thompson(1980)の他動性のパラメータを用いてそれぞれの動詞の他動性 の意味的な側面の分析を行う.4章で調査・分析した格標示の類型論的有標性の概念も 6 章で他動性を決めるパラメータの一部として考察していた角田(1991/2009)の形態的 側面についても, Haspelmathの他動性卓越の概念の中に,より洗練された形で組み込 まれるので,他動性の形態的側面と意味的側面を明確に分離された形で述べることがで き,この2つの特徴のどちらが学習困難度に影響を与えているかをより明確に調べるこ とができる.

まず,ValPaL で標準日本語の格枠組みのページ(Kishimoto and Kageyama(2013)) を参照し,対象となる動詞をリストした155.(9)に示す.

(9) Kishimoto and Kageyama(2013)によるValPaLの標準日本語の動詞と格枠組み (a)1-nom 2-acc Vの格枠組み

CLIMB(のぼる),COOK(料理する),DIG(掘る),EAT(食べる),FEAR(怖がる),

FRIGHTEN(怖がらせる),GRIND(挽く),HEAR(聞く),HELP(手伝う),

HIDE(隠す),HUG(抱きしめる),KNOW(知る),LEAVE(去る),LIKE(気に入る),

LOOK AT(見る),PEEL(剥く),PUSH(押す),SEARCH FOR(探す),

SHAVE(a body part/person)(剃る),SING(歌う),TEAR(破く),THINK(考える),

TOUCH(触る),WASH(洗う),WIPE(ふき取る) (b) 1-nom (2-instr) 3-acc Vの格枠組み

BEAT(叩く),BREAK(壊す),BUILD(建てる),COVER(包む),CUT(切る),

HIT(叩く),KILL(殺す) (c) 1-nom 2-dat Vの格枠組み

MEET(会う)

本研究では,二項動詞の目的語を取る動詞を対象とし,具格は必須の項ではないので,

155 動詞の格枠組みについては,ValPaLのCoding frames of Japanese (standard)のペ ージを参照した.<http://valpal.info/languages/japanese-standard/coding_frames>

(2018年6月30日閲覧.)

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具格を取る動詞も二項動詞と考え,分析に含めた.表 4 は対象とする動詞のリストと Haspelmath(2015)による他動性卓越の度合いを示したものである.

表4: 対象とする動詞のリストとHaspelmath(2015)による他動性卓越の度合い156

(8a)の仮説は,表4にリストされた動詞に関する韓国人日本語学習者の格の学習困難

度について次のように予測する.

156 (9)で挙げた動詞のうち,「料理する」,「掘る」,「聞く」,「押す」,「ふき取る」について

は,Haspelmath(2015:143)の他動性卓越の結果の表に載っておらず,他動性卓越の割合 が不明であったため,除外した.

動詞 Verb meaning Haspelmath(2015)の 他動性卓越の%

破く TEAR 1

叩く BEAT 1

壊す BREAK 1

切る CUT 1

叩く HIT 1

殺す KILL 1

怖がらせる FRIGHTEN 0.98

隠す HIDE 0.97

剥く PEEL 0.96

包む COVER 0.95

洗う WASH 0.94

食べる EAT 0.93

剃る SHAVE (a body part/person)

0.93

建てる BUILD 0.93

抱きしめる HUG 0.9

知る KNOW 0.88

探す SEARCH FOR 0.88

触る TOUCH 0.84

手伝う HELP 0.78

気に入る LIKE 0.78

見る LOOK AT 0.73

会う MEET 0.7

怖がる FEAR 0.53

考える THINK 0.52

のぼる CLIMB 0.49

去る LEAVE 0.42

歌う SING 0.38

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(10) 他動性に基づく韓国人日本語学習者の格の学習困難度の予測

(a) 表4の動詞のリストの他動性卓越が高い順に格標識の習得が易しくなる.

次に,他動性の意味的な側面に基づく分析の基準について説明する.本章では,

Hopper&Thompson(1980)による他動性のパラメータを分析に用いた.10 のパラメー

タは次の通りである.

(11) 他動性のHopper&Thompson(1980)によるパラメータ

Participants(参加者),Kinesis(動作様態),Aspect(アスペクト),

Punctuality(瞬間性), Volitionality(意図性),Affirmation(肯定),Mode(現実 性), Agency(動作主性), Affectedness of O(被動作性,対象への影響),

Individuation of O(対象の個別化)

なお,「Individuation of O(対象の個別化)」については,Oの有性性,定性,指示性 の3つを基準に判断した.10点満点に換算したスコアを他動性の値とした.

次節では,他動性卓越が高い順に,結果を示す.個々の動詞の他動性卓越と意味的な 他動性を数値で評価して,それを組み合わせることで個々の動詞の格標示あるいは動詞 自体の学習困難度をより体系的かつ正確に予測することができるようになる.以下では この方向での学習困難度の分析の例を示す.ここでの研究はデータの数が限られている ためパイロット的な性格を持つ分析であるが,今後の他動性に基づく学習困難度の研究 の1つの方向を示すものとして位置づけることができる.