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日本語の格と他動性

第 5 章 他動性の定義と他動性の概念を用いた第二言語習得研究

5.3 日本語の格と他動性

全てが黒色に塗られたことを示すという違いがある.すなわち,対格は影響が全体に 及ぶことを含意する場合に用いられる.

この点を踏まえて,表3の1Bの動詞を考察すると,「~つく」が与格しか取れない のは,「~つく」は動作が及ぶ場所を限定し,その結果,被動作性が部分的になったた めと思われる.一方,1Aの動詞に「~つく」が不可能なのは,部分的に影響を与える ことができない動詞(すなわち,被動作性が非常に高いことを含意する動詞)だからであ ろう.

最後に,③について簡単に補足する.角田(1991/2009: 108)は,「殴りかかる」を例 に挙げ,「殴った」との違いを説明している.目的語の格を対格から与格に変えること によって,「動作が向かったことは表すが,しかし動作が及んだかどうかどうかについ ては言及しない表現を作っている」と述べている.この意味で被動作性が低く,与格 を取る.これについても,上述した「~つく」と同様に,対格の全体性で説明できる と思われる.「~かかる」が動作の開始の一部の場面であることに着目すると,全体性 の意味を表す対格を用いることができず,部分を表す与格を用いると説明できる.

以上,他動性の伝統的な定義とその後の発展について概略をまとめた.次節では,

日本語の格と他動性についての先行研究を取り上げて論じる.

5.3 日本語の格と他動性

3 章で説明したように日本語の二項動詞には(12)と(13)に示すように目的語を対格 (「を」)で標示するものに加えて,与格(「に」)で標示するものがある.

(12) 花子が太郎を叩いた. (角田(1991/2009: 72)) (13) 太郎が花子にぶつかる. (角田(1991/2009: 73))

本節では,(13)のような日本語で与格を取る二項動詞にはどのような動詞があるの か,それらはどのように分類されてきたのか先行研究を概観し,二項動詞の格標示と 動詞の意味との関係について整理する.

角田(1991/2009: 70-75)は,日本語の他動性の研究を概観し,三上(1972)を除いた従

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来の日本語の研究では,(12)で示したような「が+を」の文を他動詞文として見なし,

「を」を目的語の目印として考えていたことを指摘している132.一方,(13)は,前節(1) で述べた伝統的な他動性の定義によれば,動作は対象に及んでいるにも関わらず,「が

+を」構文を取らないため,自動詞として分類されてきた.

角田(1991/2009: 71)によると,三上(1972: 104)は,(a)受身にならない動詞(所動詞) と(b)受身になる動詞(能動詞)に分類し,さらに(b)受身になる動詞を(b-ⅰ)「はた迷惑の 受身」だけを作れる動詞(自動詞)と(b-ⅱ)「はた迷惑の受身」と「まともな受身」の両 方を作れる動詞(他動詞)に分類している.三上(1972: 105-106)は,「が+に」構文を取 る動詞の中にも「まともな受身」を作れるものがあると指摘し,他動詞に分類してい る.

同様に,杉本(1991)も,「寄り添う」,「反抗する」のような動詞を挙げ,ニ格名詞句 が直接受動文の主語になるものを「準他動詞」と呼ぶべきだと主張している.杉本 (1991: 234- 235)は,次のような例を挙げ,準他動詞の特質を論じている.

(14) a. 太郎が 次郎に からんでいる. (杉本 1991: 234) b. 次郎が 太郎に からまれている. (杉本 1991: 234)

(15) a. 花子が 太郎に 近づいた. (杉本 1991: 235)

b. *太郎が 花子に 近づかれた. (杉本 1991: 235)

杉本(1991:234-235)は,(14)で示したような受動文化の現象は,ニ格名詞句一般に見 られるものではないと述べ,(15)のような例を提示している133.そして,杉本(1991:

235)は,準他動詞に分類される動詞として次のような動詞を挙げている.

(16) 寄り添う,反抗する,そむく,逆らう,はむかう,いたずらする,意地悪する,

影響する,からむ,期待する,抗議する,反対する,惚れる,追いつく,吠え る,挑戦する,取って代わる,飽きる,飽き飽きする,親しむ,注目する,頼 る

132 後述する寺村(1982)も三上と同様に直接受身の表現を作ることができるものを他動詞,

直接受身を作ることができないものを自動詞として分類している.

133 例文の判定は,被害の解釈を伴わない(間接受動文)ではない場合ものである.

112

さらに,杉本(1991: 236-237)は,これらのニ格名詞句が,直接目的語(ヲ格名詞句) に近い性質を持つことを論じている.

また,寺村(1982: 87-88)は,二者(ある主体(X)と,対象(Y))との関係を表す動詞につ いて,「対象」を「ヲ」,「ニ」,「ト」のどれをとるかによって,①「『働きかけ』の動 詞」,②「『対面』の動詞」,③「『相互動作』の動詞」の三つに下位分類した.寺村(1982) の対象を「に」で表す動詞の分類,すなわち寺村(1982)による「対面,あるいは対象 に対する態度」の動詞の分類は次のようなものである.

(17) A. (「働きかけ」性の強いもの)

賛成スル,同意スル,味方スル,挑戦スル,ソムク,反対スル,反抗スル,逆ラ ウ,刃向ウ,敵対スル,カミツク, トビツク,クイツク,クッツク,シガミツ ク,ジャレツク,ナツク, トビカカル,吠エカカル,ツカミカカル,シナダレカ カル,吠エル,セガム,ネダル

B.恋スル,惚レル,夢中ニナル,甘エル,アコガレル,タヨル,言ウ,ササヤク,

ドナル,話シカケル,ホホエミカケル,問イカケル

C. 会ウ*,当タル*, ブツカル*,馴レル,志ス, (海ニ) 面スル/臨ム,(危機ニ) 直面スル,向カウ,触レル*,サワル,似ル*,(彼ニ) 近ヅク, (神社,寺ニ) 詣ル134

寺村(1982: 93)によると,まず,(17)のA類は,「カミツク」,「シガミツク」のよう に「~ツク」という補助動詞のついた動詞,「トビカカル」のように,「~カカル」と いう補助動詞のついたもの,「反対スル」,「賛成スル」のような軽動詞である.これら の動詞は,その対象(相手)が,「~ニ」となるが,直接受身の表現を作り得る.「~つく」

と「~かかる」が与格を取ることについての理由は,角田(1991/2009: 107-110)による 二項述語階層の表3の1Aと1Bの違いの説明のところで既に述べたが,対格の全体性 (すなわち,対格は影響が全体に及ぶことを含意する場合に用いられ,被動作性が部分 的な場合は与格が用いられるということ)によって説明可能であろう.

134 寺村(1982: 101)は*の動詞について,「『Yト』もとり得るが,『Yニ』は,Xが動いて,

静止しているYに対面する,接触する,という場合に使われる」と述べている.