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中間言語の概念と有標性差異仮説の発展

第 2 章 学習困難度の研究の発展と有標性

2.2 第二言語習得における学習困難度の研究の史的変遷と有標性

2.2.3 中間言語の概念と有標性差異仮説の発展

2.2.2 では,Eckman(1977)の提案した MDHは,CAH の予測の不十分な点を補う

ために類型論的有標性を用いて改訂した仮説であり,NLとTLの違いのみが学習を困 難にするのではなく,NLとTLの違いに加えて類型論的有標性が学習困難度を左右す るという仮説であることを説明した.

42 Eckman(1985: 306)は,Lado(1957)やStockwell & Bowen(1965)の研究を挙げ,「相対 的な難しさの度合いの概念を作る努力がCAHの支持者によってなされなかったと言うの ではない」と述べている.Eckman(1985: 306)によると,これらの研究は,「難しさの度合 いは違いの度合いに対応する」と主張したが,「CAHは,統合された,原理に基づいた難 しさの度合いの尺度を組み込むことはできなかった」というMDHとの違いがある.

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ここでは,MDH が Eckman(1977)以降どのように発展してきたのかを概観する前 に,MDHの発展に重要な影響を与えた「学習者の言語」という概念について説明し,

次に,それによってどのように仮説が変化したのかを説明する.

Tarone(2014: 8)は,「学習者の言語(learner language)」が注目されるようになった 背景として,Lado(1957)の行動主義的な主張(学習の難しさや誤用はNLとTLの違い で予測できる)では,全ての学習者の言語データを説明することができなかったことを 挙げている.そして,NL,TL に加えて,3 つ目の言語体系である「学習者の言語」

が関心の対象となったと説明している43.これに関連して,Selinker(1992: 222)は,「学 習の問題を予測するものとしての対照分析(CA)の大きな欠点の一つは,NLとTLの『2 つ 』 の 言 語 体 系 が 話 題 に さ れ て い た こ と で あ っ た 」 と 述 べ て い る . そ し て ,

Selinker(1992: 222)は,「私にはいつも『3つ』の体系(3つ目の体系は名づけられてい

なかったが)含意されているように思われた」と続けている.

Eckman(2011: 626)によると,この「学習者の言語」の概念は,3人の異なる学者に

よって独立に提案され,「特有の方言(idiosyncratic dialect: Corder 1971)」,「近似体系 (approximative system: Nemser 1971)」,「中間言語(interlanguage(IL): Selinker 1972)」と名づけられたが,現在は「中間言語」という術語が用いられている.以下で は,代表的な研究であるSelinker(1972)が提案した中間言語の概念について取り上げ,

その特徴を概観する.

Selinker(1972)は,このような背景のもとで,第二言語の学習者が学習の過程で生 み出すNLでもTLでもない学習者の言語体系を「中間言語(interlanguage, IL)」とい う用語で示した.Selinker(1972: 212-214)は,大多数の第二言語の学習者は母語話者 の能力に達することができないので,そのような学習者の発話において観察されるTL の発話と,TLの母語話者によって産出された発話は同一のものではないと述べている.

それゆえ,「学習者が試みたTLの規範の産出から結果として生じる,観察可能なアウ トプットに基づいた独立の言語体系の存在(学習の過程における言語)」を仮定し,それ を中間言語(IL)と呼んだ.Selinker(1972)は,「潜在的心理構造(latent psychological structure)」の存在を仮定し,それが第二言語習得の際に活性化することを想定してい る.

43 Tarone(2014: 8)は,学習者の言語は,「それ自体で1つの言語体系」であり,「NLや

TLの体系と同じくらい重要な言語研究の対象」と見なされるべきだと述べている.

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そして,Selinker(1972: 215-216)は,中間言語には,「化石化(fossilization)」とい う現象がみられることが特徴であると述べている. Selinker(1972: 215)は,化石化が 生じやすい言語現象に関して,「学習者の年齢やTLに関して受ける説明やインストラ クションの量に関わらず,特定の母語話者が特定のTLと比べてILで保つ傾向がある 言語項目や規則,サブシステム」であり,「化石化しやすい構造は,たとえ一見根絶さ れたとしても,IL の生産的な運用に再出現し,潜在的な運用として残る傾向がある」

と述べている44

また,Selinker(1972: 215-217)は,中間言語の特徴である化石化が起こる要因とし て次の5 つの中心的なプロセスを挙げている.①「言語転移(Language transfer)」,

②訓練の転移(transfer-of-training),③「第二言語学習のストラテジー(strategies of second-language learning)」,④「 第二言語コミ ュニケーションのスト ラテジー (strategies of second-language communication) 」, ⑤ TL の 過 剰 般 化 (overgeneralization of TL linguistic material)である.Selinker(1972: 215)によると,

これらは「潜在的心理構造(latent psychological structure)」の中に存在しているもの である.

Tarone(2014: 8)によると,SelinkerやCorderは,学習者の言語を,学習者のNL による「誤用の寄せ集め」なのではなく,「自律的な言語体系」として仮定していたと 述べている.

この中間言語の概念は,第二言語習得の研究に大きな影響を与えた.そして,40年 以上経った今でも中間言語の研究はさかんに行われている.Han and Tarone(2014: 1) は,第二言語習得の領域の研究において繰り返し読まれる研究はわずかしかないが,

「Selinker(1972)の『中間言語』は明らかな例外」であり,第二言語習得研究に活気 を与え続けていると述べている.

有標性を用いた第二言語習得研究も,中間言語の概念が取り入れられ,それに伴っ て発展した.Eckman(2011: 627-628)によると,学習者が産出する中間言語の文法は,

「NLの転移でもTLのインプットの影響によるのでもなく,NLでもTLでもない世 界の他の言語の中にあると実証されているILのパターン」に結果としてなるというこ

44 Han and Odlin(2006: 3)は,この箇所に関して,「化石化を定義してはいないけれども,

上記の概念化は,構成概念の特性に関して推理をすることができるような緩やかな枠組み を与えてくれる」と述べている.

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とが注目されるようになった.その結果,「有標性の原理を援用することによって始ま った研究プログラムは,学習の難しさやNL の影響の様々な側面を説明しようとする ものから,普遍的な一般化の観点からなぜ中間言語の文法がそのようになっているの かを説明しようとするものに変化した」とEckman(2011: 629)は説明している.

Eckman(2011: 627-628)は,MDHの仮説で前提となっていたNLとTLの間に違い がある領域ではないところでも,中間言語が有標性の原理に従っているという複数の 研究結果があることに言及し,「これらの発見は(中略)NL と TL の違いは必要ではな いかもしれないという主張を支持するもの」であったと述べている.そして,このよ うな発見は,MDHを改訂するきっかけとなった.その結果,Eckman(1977)のMDH は,Eckman(1991)では,(6)のような「構造的一致の仮説(Structural Conformity Hypothesis, SCH)」に改訂された45

(6) 構造的一致の仮説(Structural Conformity Hypothesis, SCH) 母語に当てはまる普遍的な一般化は中間言語にも当てはまる.

(Eckman 1991: 24)

MDHは,NLとTLの間に違いがある領域で学習困難度を予測するものであったが,

SCHはNLもL2のパターン(IL)も有標性の原理に従うことを予測し,MDHを「特殊 なケース」としてみなしている(Eckman 2011:628)46.つまり,MDHは,NLとTL が異なっている領域の学習困難度を予測する仮説であり,NLとTLが異なっていない 領域の学習が困難かどうかは何も予測していなかった.しかし,SCHはNLとTLの 構造が同じであっても L2 のパターンは有標性の原理に従うということを予測する.

Ellis(2008: 387)は,「この仮説は,どんなL1とL2 の違いにも関係なく,学習者は,

より有標の構造に比べてより無標の構造でよりよい成績をあげるだろうと単に主張す るもの」だと説明している.

45 Eckman(1991) で は , “Interlanguage Structural Conformity Hypothesis

(Interlanguage SCH)”と呼んでいたが,後にSCHと呼ばれるようになった.

46 2.2.2節で述べたようにEckman(1977)のMDHは,NLとTLの間に違いがない領域に

ついては言及していない.しかし,「そのようなパターンは,MDHの表現の中に述べられ ていないにしても,MDHの言わんとするところには入っているが,MDHによっては説 明されていない」とEckman(2011: 628)は述べている.

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Eckman(2011: 628)は,SCHを検証するのに報告されてきたデータは,統語論の領

域にもいくつかあるが,多くはL2の音韻論の領域であると述べている.Eckman(2008,

2011)は,SCHを支持する研究について音韻論を中心にいくつか概観している47

ここまで,中間言語の概念が導入され,学習者の言語の存在が認められたことで,

有標性を用いた研究もそれに伴って変化したことを見た.

次節では,SCH への批判とそれに対する Eckman の反論を取り上げる.この過程 で,類型論的有標性を用いた説明とはどのようなものであるかを説明する.