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他動性卓越(transitivity prominence)

第 7 章 他動性卓越の観点から見た学習困難度の考察

7.2 他動性卓越(transitivity prominence)

まず,本節では,Haspelmath(2015)の「他動性卓越(transitivity prominence)」の概 念について紹介し,この概念を用いることによってこれまで論じてきた格標識の類型論 的有標性の研究と他動性の研究が統合できることを説明する.

Haspelmath(2015: 131)は,「言語には,多数の他動詞があること,あるいは典型的な

二項動詞は他動詞であるということさえ,しばしば当然のことと思われている」が,「他 動性をコード化(transitive encoding)する範囲―言い換えると,他動性卓越(transitivity prominence)の程度は言語によって異なるということがわかっている」と述べている.

Haspelmath(2015: 131)によると,ここでの他動性は,あくまで「他動性のコード化」

のことであり,意味的な概念としての他動性とは区別される.

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例 え ば , 英 語 と ド イ ツ 語 に お け る 他 動 性 の コ ー ド 化 の 違 い に つ い て , Haspelmath(2015: 131)は,Hawkins(1986)の(1)-(2)のような例文を引用して,下のよ うに説明している.

(1) a. English HeNOM helped herACC.

b. German ErNOM half ihrDAT.

(2) a. English TheyNOM followed themACC.

b. German SieNOM folgten ihnenACC.

Haspelmath(2015: 131)によると,Hawkins(1986)は,「英語とドイツ語の間のいくつ かの体系的な対照性,中でも, 英語には他動詞を用いるかなり強い傾向があること」を 強調した.すなわち,(1),(2)が示しているように,「helpやfollowのような動詞は,

英語では他動詞的にコード化されるが,ドイツ語では(対格というよりは)与格で助けら れる人や後をつけられる人の項をコード化する」のである.

しかし,一方で,Haspelmath(2015: 131)は,他動性卓越に関して,「世界中の言語で 典型的な状況がどのようになっているかはっきりしていない」という問題を指摘してい る.さらに,Haspelmath(2015: 132)は,「Tsunoda(1985)やMalchukov(2005)など,異 なる言語で非他動詞的にコード化される傾向がある種類の動詞の意味に関する一般化 を述べようとする類型論的な研究は行われてきたが,(中略) 他動性卓越の観点からは あまり分類されてこなかった」ということを指摘している.

そ こ で ,Haspelmath(2015)で は ,Valency Patterns Leipzig(ValPaL) database (Hartmann et al. (2013))というデータベースを用いた他動性卓越についての調査に基 づいて,「世界中の言語が動詞的語彙で他動性のコード化をどの程度使用する傾向があ る か の 最 初 の 数 量 化 」(Haspelmath2015:132)を 行 っ た .Valency Patterns Leipzig(ValPaL) database(Hartmann et al. (2013))は,Haspelmath(2015: 133)による と,世界各地の36 言語のデータからなる.ValPaLの言語のリストは表1の通りであ る.

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表1: ValPaLの36の言語(Haspelmath(2015: 133))

言語 語族 地域

Mandinka Nǀǀng

Yoruba, Emai

Modern Standard Arabic

Mande Tuu

Benue-Congo Afro-Asiatic

アフリカ

Eastern Armenian, German, English, Icelandic, Italian, Russian Bezhta

Chintang, Mandarin Chinese Ket

Ainu

Even, Evenki Korean

Standard Japanese, Mitsukaido Japanese, Hokkaido Japanese

Indo-European Nakh-Daghestanian Tibeto-Burman Yeniseian Ainu Tungusic Korean Japanese

ユーラシア

Sri Lanka Malay, Jakarta Indonesian,

Xârâcùù, Balinese Nen

Austronesian Morehead-Wasur

パプネシア

Jaminjung Mirndi オーストラリア

Sliammonn Ojibwe Hoocąk Yaqui

Zenzontepec Chatino Yucatec Maya

Salishan Algonquian Siouan Uto-Aztecan Otomanguean Mayan

北アメリカ

Bora

Mapudungun

Boran

Mapudungun

南アメリカ

Haspelmath(2015: 134)によると,ValPaLでは,結合価の情報のある80の動詞のデ ータセットが利用可能であり,個々の動詞のデータセットの比較が可能である.すなわ ち,本研究が対象とする目的語の格標示について,類型論的な他動詞のコード化の割合 を調査することが可能である.また,データベースはオンラインで公開されている (http://valpal.info/).80の動詞のリストは表2の通りである.

156

表2: ValPaLの80の動詞の意味(Haspelmath(2015: 135)に基づく148) EAT

HUG LOOK AT SEE SMELL FEAR FRIGHTEN LIKE KNOW THINK

SEARCH FOR WASH

DRESS SHAVE HELP FOLLOW

MEET TALK ASK FOR SHOUT AT TELL SAY NAME BUILD BREAK KILL BEAT HIT TOUCH CUT TAKE TEAR

PEEL HIDE SHOW GIVE SEND CARRY THROW TIE PUT POUR COVER FILL LOAD BLINK COUGH CLIMB

RUN SIT

SIT DOWN JUMP SING GO LEAVE LIVE LAUGH SCREAM FEEL PAIN FEEL COLD DIE

PLAY BE SAD BE HUNGRY

ROLL SINK BURN BE DRY RAIN

BE A

HUNTER GRIND WIPE DIG PUSH BRING STEAL TEACH HEAR COOK BOIL

Haspelmath(2015: 134)によると,ValPaLは,動詞を結合価の枠組み(コーディング

の枠組み)で分類しており,項をコード化する仕組みとして「flags(格標識と接置詞)」,

「index-sets(人称の数,相互参照の標識)」の 2 つを考慮に入れている.しかし,

Haspelmath(2015: 136)は,「コード化の情報(格標識や接置詞のような flags や主語の

相互参照のような index-sets)は言語に特有のものなので,通言語的に結合価の情報を 比べられない」という問題点があることを指摘している.そこで,Haspelmath(2015:

136)は,典型的な他動詞‘break’を出発点として, break に見られるコード化に基づい

て他動性のコード化を次のように定義した149

148 Haspelmath(2015: 135)では80の動詞のリストとあるが,75しか載っておらず,

JUMPが2つ重なっていた.おそらく間違いであると思われたため,ValPaLの言語情報

およびHaspelmath(2015: 143)の表を参照し,それらを基に80の動詞をリストした.

149 Haspelmath(2015: 136)は,他動性卓越の度合いは,段階のある他動性の概念(例えば

Hopper and Thompson(1980))では定義できないと述べている.つまり,ここでの他動性は,

なんらかの方法(格標識や接置詞あるいは人称の数や相互参照)で他動性がコード化されて いるかどうかであり,段階性はない.Haspelmath(2015: 137)は,「他動性の(3)の定義は先 行研究における『他動詞』という術語の実際の使用の大部分に十分に即していると私には思 われる」と述べ,「Hopper and Thompson(1980)の段階的で複数の要因からなる他動性の見 方は広く引用されているけれども,『死ぬ』という動詞が完了なので『輝く』という動詞よ りもより他動詞的であるという言語学者はほとんどいないだろう」と論じている.そして,

Haspelmath(2015: 137)は,「実際行われているところでは,他動性は項のコード化のこと を言い,言語学者は動詞が‘break’と同じ方法でコード化されているなら,他動詞と呼ぶ」と 述べている.

157

(3) もしAとPの項を持つなら,その動詞は他動的であると考えられる.AとPは

‘break’という動詞の微小役割(micro-role)として「壊す人」と「壊されるもの」の ようにコード化された少なくとも2つの項を伴う動詞の項として定義される150. (Haspelmath2015: 136)

(3)の定義を用いることで,格標識や接置詞を持たない言語であっても「‘break’のよう な典型的な動詞のコード化を見ることによって異なる種類の言語を比べられる」と Haspelmath(2015: 136)は述べている151

さらに,(3)の定義について,Haspelmath(2015: 136-137)は,Hoocąk語とEven語 の2つの例を示し,どのような場合に他動性のコード化があるとみなせるのか説明して いる.以下では,Haspelmath(2015: 136-137)で取り上げられた例を紹介する.

まず,Haspelmath(2015: 136)は,Hoocąk語には,「格標識や接置詞はなく,類型論 的にBora語やアイスランド語のような言語とは異なっている.それでも,‘break’のよ うな典型的な動詞のコード化を見ることによって異なる種類の言語とも比べられる」と 説明している.

150 筆者による訳である.AはAgent(動作主),PはPatient(被動者)である.

Haspelmath(2015: 137)は,AとPについて,「AやPは項のタイプであり,『壊す人』や

『壊される物』という微小役割(micro-role)のコード化(flagやindex)に関わるものとして 定義される」と述べている.それぞれの動詞の意味と結びついている「1セットの動詞固 有の微小役割(a set of verb-specific micro-roles)」は「潜在的に動詞の項(arguments of verbs)に対応する」と考えられている(Haspelmath 2015:134).

151 Blasi(2015)は ,Haspelmath(2015)の 研 究 を 統 計 的 な 観 点 か ら 考 察 し た .

Haspelmath(2015)が break という動詞を他動詞の構造を定義する基準として選んだこと

について,サンプルの二項動詞を用いてクラスター検出を行い,動詞の類似性を分析した.

Blasi(2015: 149-150)は,「動詞の類似性の分析は,break, kill, cutやその他の典型的な他動

詞が一部となっているようなクラスターが存在することを示唆した」と述べている.また,

Blasi(2015: 151-152)は,「優れた代表となる動詞は,可能な限り多くの動詞に典型的に似て

いることになる」と述べ,「最も良い候補は,break, beat, build, grindの順で高い」ことを 明らかにし,物差しとして break が選ばれることは十分な根拠があることを裏付けた.さ らに,Blasi(2015: 151-152)は,breakとサンプルの動詞との類似性の調査で,70%以上の

動詞がbreakと80%かそれ以上類似しているという結果を示している.

158 (4) Hoocąk語

a. BREAK gišiš <1 2 und[2]. act[1].V>

breaker 1 act.V broken thing 2 und.V

b. LOOK AT horoğoc <1 2 und[2].act[1].V>

looker 1 act.V

looked at entity 2 und.V Hartmann(2013)

Haspelmath(2015: 136)は,「Hoocąk語では,‘break’の動詞gišišの壊す人の微小役 割(micro-role)は,行為者のindex-setによってコード化され,壊される物は受動者の index-setによってコード化される」と説明している.なお,(4)の<1 2 und[2].

act[1].V>は,このコーディングのフレームを要約したものである.

さらに, Haspelmath(2015: 136)は,「同じコード化を用いる2つの項(AとP)を持 つ全ての動詞は,他動詞としてみなされる」と説明している.すなわち,(4)のaとb は同じコード化を用いているため,「見る」にあたる‘horoğoc’は,「Hoocąk語では他動 性のコード化をしている動詞としてみなされる」のである.

次に,もう1つの例としてHaspelmath(2015: 137)は,格標識を持つEven語の例 を挙げている.

(5) Even語

a. BREAK čelgel- <1-nom 2-acc 3-instr V.subj[1]>

breaker 1 1-nom & V.subj broken thing 2 2-acc

breaking instrument 3 3-instr

b. HELP bele- <1-nom 2-dat V.subj>

helper 1-nom & V.subj

helpee 2-dat (Malchukov 2013)

(5)で示されたように,Haspelmath(2015: 137)は,Even語の例について「čelgel

-『壊す』という動詞は,壊す人に主格とsubject indexingでコード化することが求め

159

られ,壊されるものは対格でコード化されることが求められる.さらに,具格の項を 持つこともできるので,コード化のフレームは,<1-nom 2-acc 3-instr V.subj[1]>とな る」と説明している152.一方,helpにあたるbele-について,Haspelmath(2015: 137) は,「2つの項を持つが,2つ目の項は与格でコード化されているため,Pの項ではな い.それゆえ,この動詞は,他動詞として考えない」と述べている.

このように,Haspelmath(2015: 137)は,「普遍的あるいは通言語的なカテゴリーや 特性を想定することを必要とせずに,比較に基づく概念として他動性のコード化を定 義できる」と論じている.

この定義を用いて,Haspelmath(2015)は,「サンプルの36の言語はどのように他 動性卓越を示すのか」,そして「サンプルの80の動詞はどれくらい他動性卓越を示す のか」という2つの観点から他動性卓越について調査した.

本研究では,言語間の他動性卓越の度合いについては直接対象とはしていないため,

動詞の他動性卓越についての結果についてのみ説明する153

表3は,他動性卓越によって順位付けられた動詞の表である.Haspelmath(2015: 143) は,表3に示された結果は,「非量的研究の方法に基づく初期の仮説に大まかに対応し ている」と述べている.

152 ただし,Haspelmath(2015: 137)は,「具格の句を項としてみなすか付加語(adjunct)と してみなすかは他動性の定義には無関係である」と述べている.Haspelmath(2015: 137) によると,あくまで他動性の定義に関係するのは,「壊す人と壊される物のコード化」で ある.

153 ここでは36の言語についてのHaspelmath(2015: 139)による調査結果のうち,日本語 と韓国語についてだけ取り上げる.それによると,他動性卓越の度合いは, 標準日本語は

61%,水海道(茨城県南西部)の日本語は58%,北海道の日本語は58%,韓国語は58%であ

った.この割合は,サンプルの動詞について他動詞的なコード化をする割合を示してい る.これまで見てきたように,韓国語の方が他動詞的なコード化をする動詞が多いという 直観的な印象があるが,Haspelmath(2015)では,個別言語での分析については論じてい ないため,それについては,これ以上論じない.ただ,Haspelmath(2015: 141-142)は,

「ある言語が他動性卓越の特定の度合いを示す度合いを測るどんな試みにも見られる一つ の問題がある」と述べ,「動詞の代表的なサンプルを選ぶ良い方法がなく,変異の全ての 範囲を考慮に入れることはほとんど不可能である」という問題を指摘している.それゆ え,「数字を文字通り解釈すべきではない」と述べており,サンプルとして他の動詞を選 んだ場合,異なる結果になるかもしれないことを示唆している.このことが日本語と韓国 語の他動性卓越の割合に影響した可能性がある.

160

表3: 他動性卓越によって順位付けられたValPaLの動詞の意味(=他動詞的にコード化 された動詞の割合)(Haspelmath(2015: 143))

BREAK TEAR SHOW BEAT CUT TAKE KILL HIT

FRIGHTEN GIVE THROW TIE PUT FILL HIDE LOAD PEEL ASK FOR CARRY COVER POUR WASH SHAVE SEE SEND BUILD EAT DRESS HUG

SEARCH FOR KNOW

TOUCH NAME HELP SMELL

1.00 1.00 1.00 1.00 1.00 1.00 1.00 1.00 .98 .98 .98 .98 .98 .98 .97 .96 .96 .95 .95 .95 .95 .94 .93 .93 .93 .93 .93 .92 .90 .88 .88 .84 .80 .78 .78

LIKE TELL FOLLOW LOOK AT MEET FEAR THINK CLIMB SHOUT AT LEAVE SAY TALK SING FEEL PAIN BLINK PLAY RUN SIT GO LIVE SIT DOWN LAUGH SCREAM SINK (intr.) COUGH JUMP FEEL COLD DIE

BE SAD BE HUNGRY ROLL (intr.) BURN (intr.) BE DRY RAIN

BE A HUNTER .78 .78 .74 .73 .70 .53 .52 .49 .45 .42 .41 .40 .38 .12 .11 .10 .05 .05 .05 .05 .03 .03 .03 .03 .0 .0 .0 .0 .0 .0 .0 .0 .0 .0 .0

5 章で既に説明したが,Tsunoda(1985:388)は世界の諸言語の二項述語の格枠組み を調査し,二項述語の階層を提案した.Haspelmath(2015: 142)は,Tsunodaの階層を 簡略化した(6)のような動詞の意味の階層を引用し,自身の研究結果との比較を行って いる.

161

(6) direct effect > perception > pursuit > cognition > emotion154 BREAK > HIT > SEE > LOOK SEARCH KNOW LIKE

(6)についてHaspelmath(2015: 142)は,「これは角田によって含意的な階層と見なさ

れた.なぜなら,角田はより多くの言語を調査しておらず,動詞の意味の他動性卓越を 算出していなかったからである」と述べている.実際に,Tsunoda(2015: 1606)は,二 項述語階層の限界について,「実際上の問題」と「理論的な問題」の2つを指摘し,「二 項述語階層は非常に少ない数の動詞/形容詞のタイプしか扱っていない」という狭さの 問題があると論じている.Tsunoda(2015: 1606)は,その理由の 1 つについて,

Tsunoda(1981)の執筆中,「能格言語」のかなりの数の文法や論文を参照したが,個々の

動詞の格枠組みについての体系的な情報は得られず,非常に少数の文例から収集したこ とが記述されている.その後,Tsunoda(1985)では,述語のタイプとして「ability」を 二項述語階層に1つだけ追加でき,それは「対格言語」である英語と日本語のデータに 基づいて確立されたと述べている.これは,二項述語階層において,対象とする述語の タイプを増やし,より多くの言語を調査することによって,さらに二項述語階層をより 強固な経験的証拠に基づく階層にできることを示唆している.

Haspelmath(2015: 142)は,ValPaLの他動性卓越の調査結果とTsunoda(1985)のス ケールを次のように比較することができると述べている.表 3 の太字の部分の動詞は Tsunoda(1985)の(6)の代表的な動詞の例であり,その他動性卓越の数値を(7)で併記し ている.

154 厳密には,Tsunoda(1985: 388)の二項述語階層は,Direct effect on patient>

Perception>Pursuit>knowledge>Feeling>Relationship>Abilityであるが,ここでは,

Haspelmath(2015: 142)の記述を引用した.