第 3 章 日本語と韓国語の格標識の対応関係
3.3 統語的なテストに基づく日本語と韓国語の格の格標識の対応関係
3.3.2 韓国語との対応関係
58
12)は,(13)の例文を用いて3つの統語的なテストを行っている.
(13) a. カンタが遊園地で馬に3頭乗った.
b. ?? カンタが遊園地で乗ったのは馬にだ.
c. カンタが遊園地で乗ったのは馬だ.
「~に乗る」の「に」は,(13)で示されたように数量詞遊離が可能で,助詞を伴う 分裂文はぎこちなく,助詞を伴わない分裂文は完全に自然な文として認識される.こ れらのテストにより,「~に乗る」の「に」は格標識であると特徴づけられる.
次節では,このテストを用いて日本語と韓国語の目的語の格/後置詞の対応関係に ついて検討する.
59
(14),(15)が示しているように,どちらも後置詞の性質を示す.
(14) 似る
a. *子どもは親戚に2人似ている.
b. 子どもが似ているのは親戚にだ.
c. ?子どもが似ているのは親戚だ.
(15) 同情する
a. *友達に3人同情した.
b. 同情したのは友達にだ.
c. *同情したのは友達だ.
以下では,3.2 節で取り上げた朴(1997)が指摘した日本語では「に」で目的語が標 示されるが,韓国語では「을/를[ul/lul]」(対格)で標示される二項動詞について,
Sadakane & Koizumi(1995)のテストを行った結果を示す.これにより,3.2 節で述 べた記述的研究の第一の問題,すなわち,格助詞と後置詞の区別を明確にして対応関 係を検討していないという問題を解決する.
表 3 は,Sadakane & Koizumi(1995)のテストの結果,「に」を格標識と後置詞に 分類したものである.
表3: 日本語では「に」を用いるが,韓国語では「을/를[ul/lul]」が使われる動詞
格標識 後置詞
会う,気づく,従う(命令・規則・学説・意 見・習慣などに従う),乗る,背く(物(抽象 名詞)に背く),掴まる,触れる,勝つ
会 う ,代 わる , 従う(後 ろ につ い て 行 く),沿う,つく,同情する,なつく,
倣う,似る,仕える,背く(人に背く),
向かう
ただし,「会う」については,Sadakane & Koizumi(1995: 14-16)は,3つのテスト全 てに通るため,格標識と後置詞の区別が曖昧であると述べている77.Sadakane &
77 ただし,Sadakane & Koizumi(1995: 18)は,このような「に」が格標識と後置詞の両
方の特性を持っているという分析を示しているのではなく,格標識か後置詞のどちらかで
60 Koizumi(1995: 14-16)が挙げた例を(16)で示す.
(16) a. カンタは成田空港で知り合いに3人会った.
b. カンタが成田空港で会ったのはミカにだ.
c. カンタが成田空港で会ったのはミカだ.
(16)のテストでは,「会う」の「に」が格標識であることを示す(16a,16c)と,後置 詞であることを示す(16b)があり,格標識の場合と後置詞の場合ではその文の意味が 異なる78.格標識と後置詞との意味の違いについて,Sadakane & Koizumi(1995: 18-20)は次のように説明している.特に,Sadakane & Koizumi(1995: 18-20)は,格標 識「に」と後置詞「に」が出現する文法的な環境について,「affectedness(被動作 性,影響性)」を挙げている.そして,「格標識の『に』を伴う NP の指示対象は,動 詞(述語/文)によって示された行為においてより影響を受けやすく,後置詞の『に』を 伴う NP の 指示 対象 は, あま り影 響を 受け ない 」と 述べ てい る.Sadakane &
Koizumi(1995: 19-20)によると,格標識の場合,ミカがカンタに会ったことによって 心理的に影響を受けるという解釈となり,後置詞の場合は,影響を受けないという解 釈になる79.本研究では,(16a)の数量詞遊離が可能なこと,(16b)は Sadakane &
あると述べている.
78 b は意図的に会ったという文脈で使われるが,c は偶然会ったという意味でも意図的に 会ったという意味でも使われる.この意味の違いについては,「クマと会う」と「クマに 会う」という例文のように別の後置詞の場合にこの意味的な区別がより明確になる.久野 (1973: 61-64)が指摘しているように,「太郎ガ花子ト会ッタ.」と「太郎ガ花子ニ会ッ タ.」の違いは,前者は「相互的」で,太郎と花子が,それぞれ,出会いの場所迄出かけ て来て,会った」ことを表すのに対し,後者は「一方的」で,「花子が始めから出会いの 場所にじっとしていて,太郎が,そこまで出向いて行って二人が会った」ことを表してい るという違いがある.この区別は韓国語においても同様で,朴在權(1997: 177)は,「『会 う』に当たる韓国語の『mannada』も(中略)『rul』と『kwa』の二つの格助詞を取り得 る」と述べ,「『kwa』と『rul』の違いは日本語の『と』と『に』の違いに大体似てい る」という指摘をしている.ただし,本研究では,この区別についてはこれ以上問題にし ない.これについては稿を改めて論じる.
79「会う」の意味の違いによって学習困難度にも違いが生じている可能性がある.もし,
よりaffectedness(被動作性/影響性(この概念は5章で説明する他動性)の構成要素である))
の高い格標識「に」を伴う「会う」が先に習得されていて,後置詞「に」を伴う「会う」
が遅く習得されるなら,他動性の高低による説明ができる可能性があるがこれについては 今後の課題とする.
61
Koizumi(1995)では文法的と判断されているが,(16b)は「カンタが成田空港で会った のは(他の人ではなく)ミカだ」という文脈では自然であるが,(16c)の方が自然である ことから,「~に会う」の「に」が格標識である場合を対象として分析する.
つまり,日本語の「に」と韓国語の目的語を標示する格標識/後置詞の対応関係 は,次の3通りになると考えられる.
(17) a. 与格の格標識「に」と「을/를[ul/lul]」が対応する場合(「乗る」・「会う」
等)
b. 後置詞「に」と「을/를[ul/lul]」が対応する場合(「似る」・「同情する」等) c. 後置詞「に」と「에/에게[ey/eykey]」が対応する場合(「ほれる」・「ぶつかる」
等)
上記のように,これまで指摘されていなかった後置詞「に」と「을/를[ul/lul]」が対 応する動詞があることが分かった.次節では,本節の格標示の分析を基に有標性を用 いた学習困難度の仮説を提案する.