第 2 章 微小共振器中における光と物質の相互作用 15
2.4 量子論における Hamiltonian 演算子の導出
2.4.3 電磁波と 2 準位系の相互作用に対する Hamiltonian 演算子
式(2.19)で表される相互作用 Hamiltonian について考える.まず,相互作用
Hamil-tonian を次のように 2 つの部分に分け,それぞれ考えていくことにする.
HED =− e
2m(A·p+p·A) (2.70)
HA2 = e2
2m|A|2 (2.71)
HED について考える.この Hamiltonian を量子力学的に表すには古典的な運動量 p とベクトルポテンシャル A を量子力学的演算子で置き換える必要がある.ベクトルポテ ンシャルに対応する量子力学的な演算子は式(2.42)により既に定義されている.微小共 振器中での相互作用を考える場合には単一モードだけを考えればよい.このため式(2.42) における任意の波数ベクトルを持つ成分だけを抜き出すと,
Aˆ=
r ℏ 2ϵ0Vmωk
h ˆ
akexp (ik·r) + ˆa†kexp (−ik·r) i
(2.72) と書ける.ただし,簡単のため物質と相互作用する偏光成分のみが存在すると考えて,単 位ベクトル ek を除いてある.また,運動量演算子は,
ˆ
p≡ −iℏ∇ (2.73)
と定義される.この時,pˆ と Aˆ の間の交換関係は r についての任意の関数 f(r) を用 いて,
h ˆ p, Aˆ
i·f(r) =−iℏh
∇ ·Aˆ·f(r)−Aˆ· ∇ ·f(r) i
=−iℏh
f(r)· ∇ ·Aˆ+ ˆA· ∇f(r)−Aˆ· ∇ ·f(r) i
= 0 (2.74)
と計算できる.この時,クーロンゲージの条件 ∇ ·A= 0を用いた.従って,この条件の 下では pˆとAˆ は可換であり,式(2.70)は,
HED =− e
mpˆ·Aˆ=− e m
Aˆ·pˆ (2.75)
として良い.また,式(2.72)より,Aˆ は r の関数である.式(2.72)における指数関数部 分は,
exp (ik·r) = 1 +ik·r+ 1
2(ik·r)2+ . . . (2.76) のように Maclaurin 展開できる.一般に原子(∼ 0.1 nm)や分子(∼1 nm)のサイズ は,それらが相互作用する電磁波の波長(λ ∼100 nm)に比べ非常に小さい.例えば原 子の場合を考えて,原子核の位置 r0 を座標原点にとり,電磁波による電子位置の変位ベ クトルを ∆r0 で表すと,|k·∆r0| ≈2π|∆r0|/λ ∼10−3 となり,第 2項以下を無視する ことができる.このため,1 つの粒子が感じる電磁波は粒子のどの位置であってもほぼ一 定であるとみなし,A(r, t)ˆ ≈A(rˆ 0, t) と近似できる.このような近似は長波長近似と呼 ばれる.
式(2.75)に対して 2 準位系の状態ベクトルを作用させることで,ベクトルポテンシャ
ルの演算子 Aˆ とは無関係に運動量演算子pˆを物質の遷移に関する量で書き換えることが
2.4 量子論における Hamiltonian 演算子の導出 29 できるようになる.まず pˆは,
ˆ p=X
j
|j⟩ ⟨j|pˆX
l
|l⟩ ⟨l|
=X
j,l
⟨j|pˆ|l⟩ |j⟩ ⟨l|
=mX
j,l
j
∂rˆ
∂t l
|j⟩ ⟨l|
=im ℏ
X
j,l
D jh
Hˆmatter,rˆil
E|j⟩ ⟨l|
=im ℏ
X
j,l
hD
jHˆmatter
rˆl
E−D jrˆ
Hˆmatterl
Ei|j⟩ ⟨l|
=imX
j,l
(ωj−ωl)⟨j|rˆ|l⟩ |j⟩ ⟨l| (2.77) と変形できる.ただし,j, l= u or dである.この時,式(2.53),式(2.59)および時間に 依存する演算子 O(t)ˆ を含む相互作用描像における運動方程式,
−iℏ∂
∂t
Oˆ(t) =
hHˆmatter,Oˆ i
(2.78) を用いた.式(2.77)に加え,式(2.60),式(2.61),および遷移双極子モーメントの定義,
µjl =e⟨j|rˆ|l⟩ (2.79) を用いると式(2.75)は,
HˆED =iω0Aˆ(µduσˆ−−µudσˆ+) (2.80) となる.この項は明らかに電気双極子と電磁場の相互作用に対応している.ここで µdu =µud とすれば,
HˆED =iℏg0
h ˆ
akexp (ik·r0) + ˆa†kexp (−ik·r0) i
(ˆσ−−σˆ+) (2.81) となる.ただし,
g0 ≡ s
ω20|µdu|2
2ℏϵ0Vmωk (2.82)
である.g0 は単一粒子と光の相互作用の大きさを示す結合定数で周波数の次元を持つ.
次に,式(2.71)のHA2 について考える.1 原子,あるいは1 分子当たり Z 個の電子 が遷移に関与する場合の Thomas-Reiche-Kuhn 総和則
2m ℏ
X
l
(ωl−ωj)|⟨j|rˆ|l⟩|2 =X
j
fjl =Z (2.83)
を利用する [22].ここで,fjl は状態 |j⟩から |l⟩へと遷移する際の振動子強度を表し,上 式は状態 |j⟩ から他の状態への全ての遷移に対する振動子強度を合計すると Z—すなわ ち遷移にかかわる電子の数—になるということを表す.従って,現在想定している 1 電 子系では Z = 1 として j = d, l= u または j = u, l= d のどちらかのみを考えればよ い.以上を踏まえて式(2.83)を式(2.71)の両辺に掛けると,
HˆA2 = 2mω0
ℏ e2
2m|⟨j|rˆ|l⟩|2|Aˆ|2
= e2ω0
ℏ |⟨j|rˆ|l⟩|2|Aˆ|2
= 1
ℏω0ω02|µdu|2|Aˆ|2
=ℏ g02 ω0
h ˆ
akexp (ik·r0) + ˆa†kexp (−ik·r0) i2
(2.84) となる.
これまで,単一モードの電磁波が 1 つの 2 準位系と相互作用することを考えて議論を 進めてきたが,式(2.90)は容易にN 個の 2 準位系がある場合に拡張できることが知られ ている.一般に,原子や分子の吸収係数は以下のように書ける [22].
Z ∞
0
αdω= πN Ze2
2ϵmcV (2.85)
ここで V は考えている空間の体積である.この式は古典的な表式における Thomas-Reiche-Kuhn の総和則であり,Kramers-Kronig の関係式から導かれる.この式中にあ る変数は電子密度を表す ZN/V のみであるが,この Z に式(2.83)で示した量子論にお ける Thomas-Reiche-Kuhn の総和則の表式を代入すると,
Z ∞
0
αdω = πN e2 2ϵmcV
2m ℏ
X
l
|⟨j|rˆ|l⟩|2
= πN ℏϵcV
X
l
|µjl|2 (2.86)
となる.さらに,物質が 2 準位系で,µdu =µud あれば,この式は Z ∞
0
αdω= 2πN
ℏϵcV |µdu|2 (2.87)
と変形できる.この式から,N 個の 2 準位系が集まったものを 1 つの 2 準位系として扱 い,「巨視的な遷移双極子モーメント」を定義するとすれば,その表式として √
Nµjl が 適当であることがわかる.従って N 個の 2 準位系が存在する場合の結合定数 g は 1 個
2.4 量子論における Hamiltonian 演算子の導出 31 の 2 準位系に対する結合定数 g0 を用いて,
g ≡√
N g0 = s
N ω02|µdu|2
2ℏϵ0ωkVm (2.88)
となる.こうして式(2.3)を求めることができた.式(2.81)および式(2.84)における g0 を g で置き換えることにより,電磁波と多数の原子や分子の間の相互作用を記述するこ とができる.