• 検索結果がありません。

第 4 章 有機色素分子 J 会合体を含む微小共振器の透過分光 83

4.2 pseudoisocyanine J 会合体

4.2.1 会合体

会合体とはcyanine,porphyrin,phthalocyanineなどのイオン性分子が分子間力によ り自己組織的に一次元鎖構造を形成したものである.このような分子の配列構造について の最も簡単な考察として2分子が配列したモデルについて議論する.このような場合,2 分子は分子間力により凝集して二量体を形成することで安定化する.このようなモデルに おける半古典論による考察として Kasha による二量体モデルが挙げられる [9].このモ

4.2 pseudoisocyanine J 会合体 85

0 90

Angle (degree)

Ener gy

H-aggregates

J-aggregates

54.7

forbidden

allowed

Figure 4.1 The energy shift with respect to the transition energy of the monomer due to the formation of an aggregate.

デルを用いると 分子間力と励起子相互作用を考慮して量子力学的な計算を行うことがで きる.ここではこのモデルをより単純化して 2 つの分子の遷移双極子モーメントは平行 であると仮定し,励起子相互作用エネルギー Eexiton のみを考える.Eexiton は量子力学 的な計算により次式のように求めることができる [10].

Eexiton= |µdu|2

r3 13 cos2θ

(4.1) ここでµdu は双極子モーメント,rは遷移双極子モーメント間の距離,θは配向軸に対し て遷移双極子モーメントが成す角である.Figure 4.1に式 (4.1) により計算した励起子 相互作用エネルギーと分子の配向角度の関係を示す.二量体の遷移エネルギーは 2 分子 の配向方向に依存して 2 つに分裂する.この分裂は固体結晶などにおいて観測される励 起子吸収バンドの分裂である Davydov 分裂に対応した現象である.このとき遷移双極子 モーメントの間の位相関係を考えると,二量体を形成する 2分子の遷移双極子モーメント が互いに打ち消しあうような遷移は禁制となる [10].そこで,2 分子の遷移双極子モーメ ントの方向が同じである場合のみを考えると,遷移双極子モーメントが配向軸に対して垂 直となるとき,遷移エネルギーは最大となる.一方,遷移双極子モーメントが配向軸に対 して平行となる場合には遷移エネルギーが最小となる.また,2 分子の配向角度が 54.7 の場合に,2 分子による遷移エネルギーは単量体の遷移エネルギーに一致する.励起子相 互作用による遷移エネルギーの変化は分子が周期的に配列したことにより励起状態が非局 在化することにより引き起こされる.この現象は古典的な共鳴現象の描像で理解すること ができる.例えば同じ固有振動数を持つ音叉を並べてそのうち 1つを振動させると,共鳴

現象により他の音叉も振動を開始する.これと同じように,励起状態が同じ固有振動数を 持った分子の間を共鳴的に伝搬するのである [10].このとき,|µj,l|2 は吸収係数と振動子 強度に比例し,励起状態の非局在化の起こりやすさを知る目安となる.すなわち,吸収が 大きい系では励起子相互作用は大きくなる [10].

以上の二量体に関する議論は,分子の数が 3個以上になった場合にも適用することがで きる.多数の有機色素分子の遷移双極子モーメントが平行に一次元鎖状に配列したとき,

その鎖状構造を有機色素分子会合体と呼ぶ.Figure 4.1 より,分子の配向角度が54.7 よ り大きくなると会合体の遷移エネルギーは単量体に比べて大きくなり,分子の配向角度 が54.7 より小さくなると会合体の遷移エネルギーも単量体に比べて小さくなる.このと き,前者をH 会合体,後者をJ 会合体と呼ぶ [10].

H 会合体が形成されると遷移エネルギーが大きくなることに対応して,吸収スペクト ルにおける吸収ピークが高エネルギー側に移動する.これに加えて,H 会合体による発 光は消失することが知られている.これは励起状態が H 会合体中の分子を移動するより も速く,高い励起準位から低い励起準位へと無輻射失活することが原因であると報告され ている.低い励起準位から基底準位への遷移は禁制であるから,発光は消失することにな る [11].

J 会合体は Jelley [12, 13],および Scheibe らにより [14, 15],1930年代にそれぞれ独 立して報告された [16, 17].J 会合体は,前に述べた銀塩写真の増感剤に使用されるほか,

全光学光スイッチなど次世代光デバイスへの応用も期待されている [16].さらに,自然界 においても bacteriochlorophyllのJ 会合体が光捕集アンテナの構成要素として光合成の 効率化を担っている [18].

Figure 4.2に本研究でも用いた有機色素 PIC J 会合体を含む gelatin 薄膜の吸収スペ クトルと発光スペクトル,及び比較のために PIC 単量体の吸収スペクトルを示す.J 会 合体の吸収スペクトルにおいては,2.3 eV 及び 2.5 eV 付近に比較的ブロードなピーク,

より低エネルギーな 2.13 eV近傍にシャープなピークを確認できる.後者が J 会合体に 由来する吸収ピークである.この J 会合体においては単量体と比べて吸収ピークが低エ ネルギーにシフトしている.これは,J 会合体において単量体に比べ遷移エネルギーが小 さくなることに対応する.J 会合体による吸収ピークが単量体と比較して先鋭化する現象 は,励起状態の非局在化により分子の不均一性が平均化されることで不均一拡がりが減少 することにより生じる.次に J 会合体による発光スペクトルについて考える.観測され た発光ピークは非常にシャープで J 会合体による吸収ピークと比較すると Stokes shift はほとんど観察できない.これは J 会合体の先鋭な吸収ピークが 0-0 遷移に由来するこ とを示している.

有機色素分子 J 会合体は比較的高濃度の水溶液中で形成されることが多いが,色素分 子を基板上に吸着させたり,高分子薄膜中に分散させたりすることによっても作製するこ

4.2 pseudoisocyanine J 会合体 87

1.5 2.0 2.5 3.0

0.0 0.1 0.2

Photon energy (eV)

Absorbance

PL intensity (arb . units)

Figure 4.2 The dashed-dotted line indicates absorption spectrum of the pseu-doisocyanine (PIC) monomer (5×10−5 mol/L aquose solution). The solid line and dashed line indicate absorption and luminescence spectra of the PIC J ag-gregates dispersed in the gelatin thin film, respectively.

とができる.これと関連して,gelatinの存在下で J 会合体の形成が促進されるという報 告があり [19],本研究でもgelatin薄膜中にPIC分子を分散させることで J 会合体を形 成している.