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第 6 章 Lemke 色素を含む微小共振器の透過分光 134

6.2 Lemke 色素

本研究で用いた Lemke 色素は 1970 年代に Lemke により合成された色素で [34, 35], 2 次の非線形光学媒質であるポールドポリマーの材料としてよく知られている.ポールド ポリマーとはポリマー中に色素などを分散させた状態でポリマーのガラス転移点以上まで 昇温し,高電圧を印加して分子を 1 方向に配列させた光学材料である [36, 37].このよう な系において色素分子が反転対称性を持たない場合,ポールドポリマーにも反転対称性が 現れず,2次の非線形光学媒質となる.Lemke 色素を用いたポールドポリマーはテラヘル ツ波の発生媒体としてよく知られており [38–40],これは差周波発生に基づくものである.

Lemke 色素における非反転対称性は色素に付加された置換基に由来している.

Fig-ure 6.1 の 4 に本研究で使用した Lemke 色素の化学構造を示す.図で示されているよう

6.2 Lemke 色素 137

C2H5 C2H5 N

CN NC

CH3 CH3 O

CH3 C H3 C H3

CH3 C H3 C H3

CN

H2C(CN)2 CN

C2H5 C2H5 N

O 1

DMF piperidine acetic acid acetic anhydride 80 °C, 1 h

80 °C, 1 h

2

4 3

Figure 6.1 Synthetic route of the Lemke dye.

に,Lemke 色素分子は電子供与性の diethylamino 基と電子吸引性の dinitrile 基により 修飾されている.これらの置換基ははそれぞれ π 電子密度に影響を及ぼし,電気的に大 きく偏った状態を作り出す.すなわち分子が大きな永久双極子モーメントを持ち,大き な非反転対称性を有するようになる.このような電子供与・吸引基で修飾された構造は

push-pull 構造と呼ばれる.push-pull 構造は電子密度に偏りをもたらすことで電子遷移

を容易にするため,有機色素等の分子設計において吸収波長を長波長化するために頻繁に 用いられる [41]

6.2.2 Lemke 色素の合成と吸収分光

本研究では香川大学創造工学部舟橋研究室の協力のもと,我々の研究室において合成さ れた Lemke 色素を用いた.Figure 6.1 にその合成スキームを示す.先行研究 [34, 35] を 参考に,塩基性条件下での脱水縮合反応を用いた.イソホロン (1) (5.1 g, 37 mmol),マ ロノニトリル (2.2 g, 37 mmol),ピペリジン (0.5 g, 6 mmol),酢酸 (0.1 g, 2 mmol),無 水酢酸 (0.1 g, 1 mmol)を ジメチルホルマイド (DMF)(20 ml) に溶解し,80 C て1 時間攪拌した.最初の縮合反応が完了した後、5.6 g (32 mmol)の4-(N ,N-ジエチ ルアミノ)ベンズアルデヒド(3) を加えた.さらに 1 時間攪拌した後,水を加えて反応を 停止させた.得られた懸濁液を酢酸エチルで抽出した後,溶媒を蒸発させ,粗生成物をシ リカゲルカラムクロマトグラフィー(溶出液:酢酸エチル)により精製した.以上の過程 を経て,紫色の針状結晶として Lemke 色素 (4) (7.2 g, 21 mmol) を得た.このときの収 率は 53 % であった.

1.5 2.0 2.5 3.0 0.0

0.5 1.0

Normalized absorption

Photon energy (eV)

Figure 6.2 Absorption spectra of Lemke dissolved in the toluene with the con-centration of 1.5×10−5 mol/L (dotted line) and dispersed in the polymethyl methacrylate (PMMA) matrix (solid line).

単量体における吸収スペクトルを調べるため,1.5×105 mol/L の濃度になるよう に 合成した Lemke 色素をトルエンに溶解させた溶液を作製し,光路長 10 mm の石英 ガラスセルに封入した.さらに,微小共振器に挿入することを想定し,Lemke 色素を

polymethyl methacrylate に分散させた薄膜を作製した.薄膜試料の作製方法に関して

は第 6.3.2 項で説明する.両者の規格化吸収スペクトルを Figure 6.2 に示す.溶液試料

においては 2.46 eV に明確な吸収ピークが観測された.さらに,高エネルギー側に振動 励起準位に由来すると思われる肩が観測された.一方,薄膜試料においても溶液の場合と ほぼ同じエネルギー帯域に溶液試料よりも幅広い吸収帯が観測された.ただし,薄膜試料 においては主要なピークよりも低エネルギー側の 2.25 eV 付近で肩が観測された.両者 の吸収スペクトルの違いが色素分子とホスト材料の熱的な相互作用に由来するのか,色素 分子同士の相互作用の違いに由来するのかは不明である.一方で,この違いは第 4 章で 扱った pseudoisocyanine (PIC) 色素における単量体および会合体の吸収スペクトルの差 異ほど際立ったものではない.従って,薄膜試料においても Lemke 色素同士の相互作用 は PICに比べれば小さく,単量体に近い状態でポリマー中に分散していると考えられる.

なお,薄膜試料における吸収の最大値が観測された光子エネルギーは 2.41 eV であった.