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第 2 章 微小共振器中における光と物質の相互作用 15

2.7 真空 Rabi 振動

本節では共振器中で電磁場と物質における相互作用の時間発展を考える.このような系 の時間発展に関して定性的な理解を得ることがこの節の目的である.このような相互作用 を表す Hamiltonian 演算子は第 2.5 節および第 2.6 節でいくつか紹介したが,飽くまで 定性的な理解を得るだけであれば取り扱いが比較的易しい単一モードの電磁波と単一の 2 準位系に対する計算を行えば十分である.そこで本節では Jaynes-Cummings モデルお よび量子 Rabi モデルにおける時間発展の理論計算を行った.

この Hamiltonian を用いて,2 準位系のダイナミクスを検証する.式(2.90) の中で 2 準位系の吸収放出に影響を与える項は回転項と反回転項に対応する

Hˆint =ig ˆ

aσˆˆˆ++ ˆaˆσ ˆaσˆ+

(2.101) の部分である.なお,前に述べたように A2 項は系の分散特性のみに影響を及ぼし,2 準 位系による光子の放出と吸収には影響しない.

強結合の場合に関して考える.第 2.4.4 項において述べたように,強結合の場合には回 転波近似を適用して,

HˆR =ig ˆ

aσˆˆˆ+

(2.102)

を相互作用形式における Hamiltonian として,時間に依存する Schrödinger 方程式 i

∂t|Ψ (t)= ˆH|Ψ (t) (2.103)

2.7 真空 Rabi 振動 37 に適用し,2 準位系の時間発展を求めることにする.この時,系の固有状態は,

|Ψ=Cn,u(t) |n,u+Cn+1,d(t) |n+ 1,d (2.104) と書けると仮定する.ここで,|n,u および |n+ 1,d はそれぞれ光子が n 個存在し 2 準位系が励起状態にある状態と,光子が n+ 1 個存在し 2 準位系が基底状態にある状態

を表し,Cn,u(t),Cn+1,d(t) はそれぞれの状態の確率振幅を表す.すなわち,系の状態が

|n,u および |n+ 1,d の重ね合わせで表されると仮定したことになる.なお,|n,u よび |n+ 1,d は電磁波の状態と 2準位系の状態のテンソル積であり,それぞれ

|n,u⟩ ≡ |n⟩ ⊗ |u (2.105)

|n+ 1,d⟩ ≡ |n+ 1⟩ ⊗ |d (2.106) と定義される.式 (2.101)および式 (2.104)を式 (2.103) に代入し,整理すると以下の連 立方程式を得る.

C˙n,u(t) =

n+ 1gCn+1,d(t) ei(ωcω0) (2.107) C˙n+1,d(t) =−√

n+ 1gCn,u(t) ei(ωcω0) (2.108) 特に電磁場のモードと 2 準位系の遷移周波数が共鳴している—すなわち ωc = ω0 であ る—と仮定すると上式は

C˙n,u(t) =

n+ 1gCn+1,d(t) (2.109) C˙n+1,d(t) =−√

n+ 1gCn,u(t) (2.110) となる.この連立方程式は一方の式の時間微分をとって他方に代入することで容易に解析 的に解くことができる.例えば初期条件として,|Cn,u(0)|2 = 1,|Cn,u(0)|2 = 0 を与え た場合に系がそれぞれの状態をとる確率は

|Cn,u(t)|2 = cos2 Ω 2t= 1

2(1 + cos Ωt) (2.111)

|Cn+1,d(t)|2 = sin2 Ω 2t= 1

2(1 + sin Ωt) (2.112) となる.ここで Ω Rabi 周波数と呼ばれる量で,

Ω = 2

n+ 1g (2.113)

と定義される.2 準位系は Rabi 周波数 Ω で決まる周期で吸収と放出を繰り返すことに なる [31].この現象は Rabi 振動と呼ばれ,実際に観測されている [38–40].光を量子化 しない半古典論による考察では,この Rabi 周波数は電場振幅の大きさに比例する [41]. この効果は式(2.113)における光子数

n+ 1 に比例して Rabi 周波数が増加することに

対応している.一方で,n= 0 の場合であっても Rabi 周波数はゼロにはならず,その大 きさ Ω0

0 = 2g (2.114)

となる.このことは強い光が存在しない場合であっても電磁波の真空揺らぎによって Rabi 振動が惹起されることを示している.この現象は真空 Rabi 振動と呼ばれており,

その周波数である式(2.114)は真空 Rabi 周波数と呼ばれる.ポラリトンが形成されてい る強結合状態や超強結合状態においては真空 Rabi 振動が生じていると考えられる.

以上の考察により,系のダイナミクスは Rabi 周波数 Ω の逆数の時間スケールで起こ ることがわかる.従って,回転波近似を適用するときに採用した「系のダイナミクスの時 間スケールが (ωk+ω0) に比べて十分小さい」という仮定は g ωk or ω0 の場合には 成り立たなくなる.そこで,このような条件下での系のダイナミクスを考えるためには回 転波近似を適用していない相互作用 Hamiltonian である式(2.101) を用いる必要がある.

このような場合,式(2.103)を解析的に解くことはできない.また,反回転項を式(2.104) に作用させると,|n+ 2,d |n,u のような状態が現れる.従って系の状態が式(2.104) で示されるような 2 つの状態の重ね合わせで表せるとは限らない.このように回転波近 似を用いない場合のダイナミクスを計算するには困難が伴う.そこで,式(2.101) に示し た相互作用 Hamiltonian が物質の状態 |u および |d のみを変化させると考えて計算を 行うことにする.この時,物質の状態のみに着目し,系の状態を

|Ψ=Cu(t) |u+Cd(t) |d (2.115) と表すことにする.これらの処理により式(2.101)および式(2.104)における光子数に関 する情報が失われ,Rabi 周波数は真空 Rabi 周波数で固定されてしまう.これは厳密に 正しい取り扱いとは言えないものの,Ω00 の変化が Rabi 振動にどのような影響をもた らすのかを定性的に考察するには役立つ.以上に述べた処理を行うことで,

C˙u(t) =0 2 Cd(t)

h

ei(ωcω0)+ei(ωc0) i C˙d(t) = Ω0

2 Cu(t) h

ei(ωcω0)+ei(ωc0) i

(2.116) という連立方程式を得る.なお,これらの式における真空 Rabi 周波数 Ω0 を Rabi 周 波数 Ω と置き換えると,光を量子化しない半古典論における Rabi 振動の表式と一致す る [41].

上述のように,式 (2.116) は解析的に解くことができない.そこで 4 次の Runge-Kutta 法を用いて数値解を計算した.これにより 2 つの準位の占有確率 |Cu(t)|2 および

|Cd(t)|2 g/ω0 = 0.01,0.1,0.25,0.5の場合に関して求めFigure 2.2に示す.この時,

電磁波の周波数は 2準位系の遷移周波数と完全に共鳴している(ωk =ω0)とした.また,

2.7 真空 Rabi 振動 39

Normalized time Normalized time

Normalized time Normalized time

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

0.0 0.5 1.0

Figure 2.2 The theoritical calcuration of the vacuum Rabi oscillation whenF = g/ω0= 0.01, 0.1, 0.25,and 0.5. The solid lines are obtained without the rotating wave apporoximation and the dashed lines are obtained with the rotating wave apporoximation. |C1,d(t)|2 and |Cd(t)|2 indicate the population of the graund state and |C0,u(t)|2 and |Cu(t)|2 indicate the population of the excited state.

g= 15 andω0=ωk =g/F in all calcurations.

|Cu(0)|2 = 1,|Cu(0)|2 = 0 を初期条件とした.比較のため,n = 0 として式(2.112), 式(2.112) により計算した回転波近似を用いた場合の結果を同時に示す.g/ω0 = 0.01 に おいては回転波近似の有無にかかわらず,ほぼ同じ結果が得られた.一方で,g/ω0 = 0.1 においては回転波近似を適用する場合としない場合で,結果にずれが出始める.具体的に は回転波近似を用いない場合,回転波近似を用いた場合の解に高周波の振動が掛け合わさ れたような挙動を示すようになる.このずれは g/ω0 が大きくなるにつれて拡大してい

き,Rabi 振動数の逆数の周期で電磁波と 2 準位系がエネルギーを繰り返し交換するとい う Rabi振動の描像が崩れていくことがわかる.なお,量子化された電磁波と 2準位系の 相互作用のダイナミクスに関する理論研究はいくつか報告されているが,定性的には上述 の計算結果と矛盾しない結果が得られている [42, 43].