次に、関与が生まれる構造、状況について、感情の観点 から「感動」に関する研究に触れ る。「感動71」は複数の感情と関連しているとされる。例えば「従来の枠組みの単一感情価では 捉えることができない、『悲しみを伴った感動』などには、悲しい感情を伴いながらもポジティブ な側面が含まれ」(戸梶 2000b)ている。観客や読者など第三者の立場での体験である場合 に、この両価的な感情が多く存在するという。以下、感動の類型、特性、機能について、戸梶 の一連の研究を、本研究に関連する事項に沿ってまとめた。
【1】感動の類型
感動の類型について戸梶(2001)は、「喜びを随伴した感動」「驚きを随伴した感動」「尊敬を 随伴した感動」の3タイプに分類した(図表4-5)。「喜びを随伴した感動」は、ポジティブな事象 が含まれた展開で、プロセスに関する詳細な知識があり、そこに至る苦労や努力が了解できる と、喚起される感動である。同じ経験や類似の経験をもった者ほど感動しやすく、「当事者であ れば必然的に重要性や努力をどれだけ投入したかわかるため、より関与は高まる」とした。年 齢を重ねると涙もろくなる原因の1つは、その事象が「プロセスの詳細を十分に知らなくとも、長
図表4-5 感動の類型 戸梶(2001)から筆者作成
感動の類型 内 容
1. 喜びを随伴した感動 プロセスに関する知識が前提で、そこに至る苦労や努力が了解できるな ど、類似の経験をもった者ほど感動しやすい。
結 果 の成 否に対 する期 待 と不 安 が緊 張 感を生 み、最 後に解 放された 時に感動へ至る。
2.
驚きを 随伴した 感動
ストーリー 性あり
喜びと驚きの混合した感動。ほとんど実現可能性のないような事象が生 起することによる、感情の急激な変化を伴う。
3. ストーリー 性なし
感覚的な驚きによる感動。感覚的な美や荘厳さなど、芸術作品と接した 際に喚起される感動の原型。スポーツや芸術の事象(現象、作品、テク ニック、劇的な展開など)への驚き。日常的に見過ごしていた事象への 気づきを含む。
4. 尊敬を随伴した感動
通常ではできないような素晴らしい行為への感動。勇敢さなどの「人間 性への尊敬」、スポーツ、芸術 における非常に高度な「技術・テクニック への尊敬」など。
71 「感動」についての一連の研究で戸梶(2001)は、「感動」に関する研究は、欧米の心理学の分 野では見受けられず、「動詞表現では "I was moved." があるが、名詞が存在しない。類似概念
年の人生経験からくる既有知識の多さによって、未知なる部分が容易に補われるから」(戸梶 2001)という。劇場消費においてこれは、ダンサーや歌手、役者の日々の鍛練の積み重ね そのものが、物語性を伴って共感を呼ぶ場合である。
「驚きを随伴した感動」は、ストーリー性のある場合と無い場合に分けられ、ストーリー性のあ る場合は、実現可能性の低い事象が生起することによる、感情の急激な変化を伴い、喜びと 驚きの混合した感動となるとする。「映画やテレビドラマ、スポーツ、ドキュメンタリー、書物など で感動を覚える場合には、何らかのストーリーや文脈が存在する」。戸梶(2001)はこれを「包 括的な感動の構造モデル」として提起した。まず、物語の状況設定がなされ、人物像の知識が 明確になると、自己の投影として「ヒーロー/ヒロイン・スキーマ」が活性化され、感情移入して いく。結末の成否に対する期待と不安を抱き、緊張状態となる。最後に何らかのポジティブな 結果がもたらされ、緊張感から一気に解放され、感動へ至る。劇場消費において、舞台におけ る物語や役への理解や共感がこれに当たる。
ストーリー性のない場合は自然美、音楽、絵画、彫刻など、芸術作品と接した際に喚起され る、感覚的な驚きによる感動である。形状、色彩、音色といった純粋な美しさや荘厳さとの遭遇 による「凄い」「きれい」「素晴らしい」など感覚的な感動は、感動の原型である(戸梶 2001)。
日常的に見過ごしていた事象への気づきも含まれ、気分の高揚や身体の活性化などの、感情 状態の急激な変化が起きるとした。バレエから得られる視覚的感動や、オペラの音楽、声がも たらす聴覚的感動がこれに当たる。
「尊敬を随伴した感動」は、人並み外れた勇敢さ、忍耐強さ、愛情の深さといった「人間性へ の尊敬」、さらに、スポーツ、芸術、芸能における非常に高度な「技術・テクニックへの尊敬」な ど、通常ではできないような素晴らしい行為に対して、人物(演者、実行者、作者、選手)への 尊敬を伴った感動である。
【2】感動の特性
「感動」は、受け手の経験の有無、関与の程度で大きさに違いがある(戸梶 1997 ; 1998)。
感情と比較して、感動が喚起されてからの継続時間は比較的長く、その余韻はかなり長期に わたる。かなりの強度をもち、音楽や文学と言った芸術関連とのかかわりにおいて、頻繁に生 起しやすい(戸梶 2001)。従来の感情研究の枠組みからすると、特殊な性質を持ち、感情で は分類が難しい。また、感動は怒りや恐れといった感情とは結びつかない。「感動を伴う達成 感は、不快から快への急激な変化による対比効果のため、報酬としての意味を持ち、自己効 力感を高める効果が大きい。こうした体験は、心身の感覚をも鮮明に伴って記憶され、多重感 覚をとおして、より精緻化された出来事として、記憶に貯蔵されるため、持続性が高い」(戸梶 2001)とした。
ここでまとめられている感動の特性は、本研究の「関与-知識による消費者発達モデル」
(図表 2-3)において、関与が一段と高まる場面における、感動の果たす役割を端的に表して
いる。アートにおける関与の大きな源泉が「感動」にあることが再確認できる。
感動の両価的感情について、Kawakami et al. (2013)は、日常場面と芸術場面での「悲
Kawakami et al. (2013)は、「快/不快」を横軸に、「直接感情/代理感情」を縦軸にとり、
日常場面で体験する悲しみと芸術場面で体験する悲しみを位置づけた。日常場面での悲し みは、感情を喚起させる対象と感情を体験する主体に直接的な関係性があり、かつ不快に感 じる一方、芸術場面での悲しみは、作品が表現している感情を「代理的」に感じ、かつ両価的 感情が生じるため全体として快の体験となる。このことから芸術には、快と不快の両価的な感 情を引き起こす作用があることが示された。進化の過程で獲得された生存上必要な機能、す なわち自身に直接の危害がおよぶ危険性のある日常場面での感情(直接感情)とは異なり、
音楽聴取という、自身に直接の危害が及ばない状況では、安心して悲しい感情を楽しむことが できる。つまり芸術場面での悲しみの特性は、音楽が表現している感情を代理的に体験する
「代理感情」にあるとした。
【3】感動の機能
戸梶(2004)は、感動するような出来事や衝撃を受けるような感動体験によって、それまでの 考え方や価値観、行動が一変してしまうことがあるとし、感動体験の効果について「自分の何 かを変えた感動的な出来事」の調査を行った。その結果、感動体験の「動機づけに関連した 効果」「認知的枠組みの更新に関連した効果」「他者志向・対人受容に関連した効果」を見出 し、人が変化するメカニズムを提起した。
まず、感動体験によって最も多く変化が生じるのは、動機づけ側面であるとし、思考や視野 といった認知的変化も同様に多く示されたとする。「感動が喚起されることで、動機づけや受容 性を含む情意的側面と、思考・メタ認知を含む認知的側面に大きな影響を及ぼす」。「感動体 験は、強烈な情動体験のため、記憶に残りやすく、その効果がもつ持続性とともに、記憶を再 生することで、その効果が強化される」。感動には、動機づけ効果を中心として、「思考の悪循 環やネガティブ方向へのバイアスからの、認知的転換効果、さらにストレス低減やカタルシスと いった精神的癒し効果がある」とした。また感動は、「出来事を印象的な事象として記憶の貯 蔵庫に精緻化して各効果を増強し、持続させる役割を果たし、潜在的目標行動を始発させる 可能性」があるとした。
認知的枠組みの更新に関連した感動の機能として、戸梶(2004)は、例として「異なる考え や価値観に出会った」「これまでにない新たな経験をした」といった体験に伴い、それを組み入 れるために、既存の考え方や価値観を部分的に脱構築する必要に迫られることを指摘する。
「これまでの価値観が大きな動揺をし、不快な状態から解放され感動に至る」。この「動揺と得 心のプロセス」が感動に至ることは、Festinger (1957)の認知的不協和理論で説明可能であ るとした。すなわち、従来の枠組みとズレのあるものに遭遇し、不協和に陥ったとき、それを低 減しようと動機づけられる。受け入れて既存のものを再構築するときに「解放」という感動が起こ るとした(戸梶 2004)。
本研究の「関与-知識による消費者発達モデル」(図表 2-3)における「生の舞台を見て関 与が高まる」、あるいは「深いアート体験」で超高関与に移行すると想定した現象は、上記の
「動機づけ効果」「認知的枠組みの更新効果」に符合している。「衝撃を受けるような感動体 験」が「深いアート体験」に当てはまる。それによって「価値観、行動が一変し」、「自分の何かを 変える」現象となる(認知的枠組みの更新効果)。感動体験が「記憶に残りやすく持続性があ