この仮定のもとで「アートの非鑑賞者 すり合わせプロセス仮説モデル」を図表 5-19 に提案 する。ここまでの検討をまとめたひとつの仮説モデルである。
まず、アートに対する認知や動機づけが生まれると、個人内阻害要因が認知される(ここで 動機づけが「無」に等しい場合、「無関与:逆すり合わせ不要」を経て、不参加に飛ぶ)。続い て、対人的阻害要因、構造的阻害要因が認知された上で、「すり合わせプロセス」に入る。この 段階で動機づけと、ここまで認知されてきた阻害要因がトータルされ、「参照点」との主観的比 較のうえで効用が勝ると、「利得準拠枠」に移行する。ここで認知努力が投入され、それぞれの 阻害要因を解消すべく、内部・外部にまたがる調整、精緻化が行われる。これが「すり合わせ」
Jackson et al.(1993)を参考に筆者作成
図表 5-19 アートの非鑑賞者 すり合わせプロセス仮説モデル
である。この結果、参加に至るわけであるが、中には認知資源を投入したすり合わせを経た後 に、最終的に阻害要因が動機を上回ると感じられた場合、不参加に離脱するケースもあると考 えられる。
これに対し、動機づけと、ここまで認知されてきた阻害要因がトータルされ、参照点との比較 の上「損失準拠枠」に行った場合、不参加を前提に簡便な「逆すり合わせ」が発生し、わずか でも「見たい」と思ったことによる認知的不協和が解消される。この結果、不参加に至ると考えら れる。また、これとは対照的に、極めて高関与なアートの消費者は、興味の対象であるアートを 認知した段階で、すり合わせプロセスを経ずに参加、あるいは継続参加に至る。
インプリケーションと今後の課題 5.7.
本研究の検討および調査から、消費者をいかに利得準拠枠のルートに持ち込み、すり合わ せが発動するような仕組みを提供できるかが、インプリケーション上の課題となる。これには何 段階かに分けてマーケティングを捉える必要がある。「無関心・拒否層」を新規顧客として取り 込むためのマーケティングである。
まず、動機である。これまでの研究では「動機」は所与であった。しかし、例えばアートの「無 関心・拒否層」には、もとより動機がない。既存顧客の外側にいる、非購入者層、無関心層を 取り込むにはまず、動機を持たせることがスタートとなる。動機を与え、動機づけられた状態に するには、5.6 節で述べた、当該消費に抱く「期待」を適切に付与する必要がある。これには、
マーケティング刺激やインセンティブはもとより、「自己関連性」や「対象の重要性」を生む仕掛 けが鍵となるだろう。動機を関与に変えていくための「目的の付与」も有効である。
その上で、「カテゴリー参照点(ここではバレエ参照点)」をうまく与える必要がある。どのよう なカテゴリー参照点を与えるか、現在持っている負の参照点を、いかに打ち消して上書きする かが重要である。参照点すらない場合には、将来の消費につながるような、より適切な「カテゴ リー参照点」を、消費者価値として提示する必要がある。「カテゴリー参照点」を少しでもプラス 側に近づける方策として、阻害要因を打ち消すような仕組みが必要である。阻害要因は、本研 究でいくつかの下位概念に分解された阻害要因別に、それらを軽減するようなマーケティング プランを提示、実行する。
こうして一定の動機を持つに至った人々を、すり合わせプロセスにおいて、いかに利得準拠 枠のルートに持ち込むかである。「すり合わせ」が発動する「利得準拠枠」に持ち込んで、初め て新規顧客として獲得が可能となる。操作可能なポイントが「参照点」「バレエ参照点」「期待」
の3つとすると、「現在の自己」である「参照点」そのものを操作することも選択肢となる。現在の
「参照点」に安住させることなく、不安定・不完全な状態と認識させるなどである。
今後の課題として、阻害要因とすり合わせ、逆すり合わせの関係を捉えるために、動機づけ や関与の程度において、一層幅広いサンプルに調査をかける必要がある。今回の調査対象 は、スクリーニング段階で「バレエ非鑑賞者」に限定したため、高関与、超高関与の消費者との 違いを見ることができなかった。選択される準拠枠はどの段階で決まってくるのか、何によって 5-19)に基づいた、より詳細な調査と分析が必要であ
本章の小括 5.8.
本章では、レジャーや旅行の阻害要因に関する先行研究を参考に、バレエ公演に足を運 ばない人々の阻害要因を調査分析した。そこでは、個人内阻害要因が、最大の規定因となっ ていることが明らかになった。また、これまでの研究で明らかにされてきた動機と阻害要因間の
「すり合わせ」に対して、行動に至らない認知処理として、「逆すり合わせ」が観察された。
以上の結果を受けて、消費者にとっての損失領域に認識されるカテゴリーが、消費に行き 着くかどうかの分岐メカニズムを、プロスペクト理論を用いて説明を行った。その上で、包括的 な仮説モデルを提案した。次章では、個人内阻害要因を認知段階で解明するために、特定の 消費カテゴリーに対して、無関心・拒否層がもつ基本的な認知とはどのようなものかを中心に、
研究を行う。
第 6 章 高関与製品の典型性認知
6. 高関与製品の典型性と認知
本章では、ある特定カテゴリーに対する「無関心・拒否層」の認知 特性を、高関与層との比 較によって明らかにする。そこでは、特定の認知要素が、典型的なイメージとなって固定化され ていることが想像される。ターゲット層によって、マーケティング刺激をどのように変えるべきかに ついて、示唆を得ることを目的とする。
はじめに 6.1.
6.1.1.
背景例えばクラシック音楽が話題にのぼるとき、こどものころ音楽室で見た作曲家達の肖像画が よく引合いに出される。大人になって、クラシック音楽に特段の関心を持たない人には、音楽の 授業で聞いた小難しい音楽と、あの肖像画がダイレクトに結びついて認知されているのではな いだろうか。このように、ある特定の消費カテゴリーの印象が、連想される典型的な画像イメー ジとなって、無関心層や拒否層の認知を固定化する。ここで肖像画は、いわば「負の認知要素」
として機能していると考えられる。広告宣伝の場で、この種の「負の認知要素」を、顧客として 開拓すべき対象向けに、繰り返し提示していることはないだろうか。こうした認知要素を除外し たうえで提示する、そんなマーケティングが必要とされる。
経営の現場ではどのような事情があるのか、宣伝広告に使われる写真を例にとってみよう。
アートの現場では、公式の写真選定は芸術面の責任者が担っている場合が多い。宣伝担当 セクションも、長年の写真選定作業のなか、選ばれた写真にさしたる違和感を覚えない。この 結果、専門家が見て最も「正しい」とされる写真ばかりが選ばれる傾向がある。この写真が訴求 に成功する対象は、すでに固定客となっているリピーターが大半となろう。このように、広告用 写真の選定は、意図せず高関与の消費者を前提として行われる。その結果、常に似たようなイ メージの写真が多くなり、典型的で「バレエらしい」広告画像のみが溢れていく。潜在顧客の感 覚とは離れ、まして無関心層や拒否層の注意をひくには、最も遠いところにマーケティング刺 激が位置することになる。
超高関与の消費者が好む写真と、初心者が入り込みやすい絵は違う。マネジメント側が良 かれと考え選び出す広告写真の、その「典型性」が、「負の認知要素」になっている場合がある のではないか。これでは「無関心・拒否層」の固定観念119を変えることはできない。本章では、
典型的な認知要素が、非消費層には「拒否対象」と知覚されるメカニズムの一端を解明する。
119 上瀬(2002)によれば、固定観念や偏見に関する研究をはじめに手がけたAllport (1954)は、「相