フロー体験は、Csikszentmihalyi (1990)が言う「自己目的的活動」で見られる現象のひと つであり、「体験」を強調するあまり、フローが発生している、ごく短期の時間スケールで説明さ れがちである。フロー体験と超高関与の比較を行ったのが図表3-7である。
フロー体験も超高関与も、状態を表す言葉であるが、現象はかなり異なる。フロー体験は
「全人的に行為に没入しているときに人が感じる包括的感覚」であり、時間は限定的である。
心理的エネルギーとスキルという明白な前提条件の下で生まれる、特定可能な心理状態であ る。集中が必要とされる、あらゆる場面で現れ得る感覚にもかかわらず、その状態は共通点を もって正確に描写できる。その点で多様な状態をとりうる関与概念とは異なる。
これに対し「超高関与」は、対象に対する興味が極めて高じた状態であり、より長期永続的 な状態を表す概念である。フロー体験との関係では、フローを経験したことにより、その活動全 般に対して超高関与になることがある。どちらも知識や経験、技術の習得が前提となるが、超 高関与では、カテゴリーによっては知識のない場合でも、対象に夢中になり極めて高い関与状 態となることがあり得る。ただし、多くのカテゴリーにおいて、知識や経験に裏付けされるほど、
より超高関与になる可能性が高まる。フロー体験は、超高関与に至る「深い体験」のひとつとい う位置づけである。
また、フロー体験ではその場の状況をコントロールできているという感覚が、一つの要件とさ れるが、関与は、受け身の活動中にも高まることがあり、むしろ対象に振り回されている感覚を 伴うこともある。堀田(2011)が行った劇場会員への質問紙調査における自由回答を紹介す る。
図表3-7 フロー体験と超高関与の比較
フロー体験 超高関与
概念 心 理 学 、脳 科 学 的 に捉 えられる脳 の高 度な活性状態。
消費者行動としての、対象への極度な関 心の高まりが続 く、継 続 的かつ個 人 的 状 態。
前提要因 自分自身が参画して行っている行為。
一定程度の技術・技能の習得と、その時 に投入するエネルギーが前提。
鑑賞や観戦など、必ずしも自己参画を伴 わない行為でも関与は高まる。
対 象 に 対 す る 知 識 、 経 験 、 技 能 が あ る 程、より関与を高める。
状態の描写 全人的に行為に没入しているときに人が 感じる包 括的 感覚。脳の一時 的活性 化 状 態 で「集 中 していながらリラックスして いる」。その場の状 況をコントロールでき て い る 感 覚 。 比 較 的 短 期 的 に 収 束 す る。
製 品 ・ブランド・体 験 消 費 などへの興 味 ・ 関心が極めて強い状態。それが長期的に 持続している状態。
むしろ対象に振り回されている感覚を伴う こともある。
生まれる状況 達成できる見通しのある課題に集中して いる時。スキルと課題の難しさがつり合う 時 。行 われている作 業 に明 瞭 な目 標 が あり、直接的なフィードバックがある。
自分の好きなことをしている時。
カテゴリーによっては知 識 がなくても、対 象に夢中になる現象として成立し得るが、
多くのカテゴリーにおいて、知識や経験に 裏 付 けされるほど、超 高 関 与 になる可 能 性がより高まる。
結果 達成感、自己効力感、再体験への強力 な動機、精神浄化作用、自己認証など。
超高関与の要因のひとつ。
知 識 や認 知 構 造 の構 築 、自 己 変 容 、自 己との一体化。
発 生 す る 活 動 や 対象例
自発的行為に伴って生じる。
楽 器 演 奏 、コンピュータプログラミング、
登山、ハイリスクレジャー、外科手術、ガ ーデニング、音楽鑑賞、料理。運動、宗 教 的 儀 式 、瞑 想 や祈 り、エクササイズ、
エ ア ロ ビ ク ス 、 格 闘 技 、 武 道 、 機 織 り (Csikszentmihalyi 1997)。
モノ、行 為 、 経 験 全 般 の、 夢 中 にな る対 象に対して起きる状態。
製品、ブランド、体験消費。
舞台芸術、文学、音楽鑑賞、美術鑑賞 、 グルメ、道具、聖地巡礼などの旅、スポー ツ、登山、ハイリスクレジャー、武道、伝統 芸能、スポーツ観戦。
-「いつも母に連れてもらって見ていたオペラだったが、自分で初めて買った『マノン・レスコー』
で2幕終わりの音楽に身体と心が一気にどこか遠くに持っていかれるような強い力を感じた。
こんな凄い思いができるのなら、他のすべてのオペラも見てみたい、とのめりこむようになっ た」
-「アバドの『トリスタンとイゾルデ』。最後の幕ですべての照明を消して真っ暗な中で演奏した。
こんなに凄いものを見てしまっていいのか。終わったときに酔ったようになって、ものすごい 高揚感だった」
このように、超高関与の下での対象との関わり方は、受け身消費の要素が相対的に減じ、自 己の体験に類するような没入体験が生じている場合がある。
本章の小括 3.8.
本章ではまず、1995年を境に関与研究を二つに分け、概観した。その上で、関与を構造的 に捉える立場から、Celsi and Olson (1988)が示した包括的な関与概念モデルを示し、重要 概念として、自己関連性を取り上げた。また、極めて高関与な消費の研究を中心にレビューを した。その中でBloch (1982 ; 1986)の製品熱狂者は、周りへの推奨や趣味仲間からの注目 が、モチベーションとなっている面があるなど、社会性がひとつの重要な視点をなしていた。こ の点において、フロー体験や消費体験主義は、個人内の没入や関与の高さに主に着目する ものだった。次の章では、関与概念を、その源泉と構造面の研究から見ていく。
第 4 章 関与の源泉と構造
4. 関与概念の源泉と構造
本章では、堀田(2011)で生じる新たな課題に基づき、関与が生まれる構造と心理的基盤 を、関与研究以外に広く求める。その中から認知構造と、その活性状態に着目し、関与概念 の新たな視点を提案する。
新たな研究課題 4.1.
はじめに、堀田(2011)より本章の研究課題を抽出する。図表 2-3 の「関与-知識による消 費者発達モデル」では、従来の1a, 2a, 2b, 1bの左下4セグメントと、超高関与と高知識まで 拡張した残りのセグメントでは、相違がみられた。それは、3b, 3c, 2c, 1cでは認知数や行動が 突出し、特に低関与でありながら1c は購買行動が超高関与層に類する活発さを見せたことで ある。このことから、図表 2-3 の8セグメントを再度グルーピングする2軸を仮定した。すなわち、
「超高関与経験以前」「超高関与経験以後」の軸と、「関与 active」と「関与 non-active」の軸 である(図表4-1)。超高関与以前の4セグメント1a, 2a, 2b, 1bは、従来の製品知識と関与の 関係で捉えられるのに対し、超高関与以後で「関与active」の3b, 3cセグメントは、製品知識 のみならず、自己関連性が強く活性化されている。これに対し、2c, 1cセグメントは、超高関与 のポテンシャルを持ちながら、現在、非活性状態であると想定し、「関与 non-active」と捉え る。
この2軸に沿って、堀田(2011)の「認知」「行動」の指標について、二元配置分散分析を行 ったところ、「超高関与以後 non-active」群が「超高関与 active」群と遜色なく、共に「超高関 与以前」に対し有意な差があった(図表 4-2)。舞台芸術は「夢中になれる」「生活を豊かにす る」「私にとって関心の高い重要な存在」「人生になくてはならない」など目的的価値を聞いた 合成変数による指標でも、「超高関与以後non-active」が「超高関与 active」より若干低下は したが、「超高関与以前」層より有意に高かった。このことから、「超高関与経験」以前/以後 と、「関与」active/non-activeという着眼点は、意味があると考えた。
図表4-1 関与の状態を再検討するための2つの軸
関与active 関与non-active
超高関与以後 3b, 3c(超高関与) 2c, 1c(超高関与経験層)
超高関与以前 1a, 2a 1b
(*)2b は境界領域としてグルーピングから除いている
図表4-2 新たな2軸による認知数、行動の分散分析
4.1.1. 劇場消費を構成する記憶
次に、超高関与の消費における「知識」の課題を抽出する。ここではまず、劇場消費などの 体験消費に関連する知識の範囲を確認する。観劇では、数時間にわたって消費が続く。劇場 の開場時間、劇場へ来るときから帰宅するまで、あるいは日常生活で対象に思いを馳せてい るときも含めると、関連活動時間は、より拡大する。その間に消費者は内部でどのような情報処 理を行っているのだろうか。ここでは連想や関連付けに着目し、その対象となる内部情報 の範 囲を考える。
図表4-3 アートの消費を構成する各要素とカテゴリー
アートの消費を構成する製品側の認知要素と消費者側の諸要素を、見落としなく抽出する ために、オペラ「フィガロの結婚」を例に、消費に関連する要素を図表4-3に示した。ここでは、
オペラ鑑賞者のひとつの像として、既婚者で子ども有、過去にピアノのレッスンや合唱団への 参加経験がある人を想定して説明をする。
まず「フィガロの結婚」は、フランス革命(1789~1799)に向う時代背景に、モーツァルトによ って作曲され、人間の機微に触れながら描かれた作品である。図表 4-3 から、これまで「関与
-知識」の枠組みで「知識」とされていたのは、「製品知識」としての「出演者の評判」および「モ ーツァルトの生涯」にあたる。すなわち、キャスティングされている出演者の前評判や、作曲者 モーツァルトの伝記上の知識であり、「アート」部分の囲み枠の範囲に限られる。しかし、アート の消費に関わると想定される諸要素は、図のように多岐にわたることが想定される。「知識」で は作品の背景となっている「世界史」に関する知識があり、これは「意味記憶」に類する「客観 的認知」である。一方、右端に示した「感情」の枠組みでは、体験中のオペラと比較される「過 去の名演」や「モーツァルト体験」などの、消費者自身の「過去のアート体験」がある。一方で、
オペラの中におけるテーマとして「結婚」や「親子の情愛」といった消費者自身の「自伝的記 憶」も重要な要素である。これは「エピソード記憶」に当たる「感情・主観的認知」である。
さらに、エピソード記憶と重なる部分も多いが、「身体記憶」とも言える要素がある。これまで 打ち込んできた「劇場通い」の記憶や、「フィガロの結婚」の出演者(スザンナ)が手際よくこな す「家事」動作に呼応することもある。さらに音楽面での「習い事」には、例えば「ピアノ」や「合 唱団」での活動記憶がある。これは「手続き記憶」としての「行動・手続き的認知」を代表する。
このように認知、感情、行動に対応する記憶概念で捉えると、対応するのは、「意味記憶」「エ ピソード記憶」「手続き記憶」の3種の記憶に整理・集約できることがわかる。これについて、堀