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美学と感性工学の視点

本節最後に、関与が生まれる対象、状況などについて、異なる研究領域ではどのように論じ られているかを参照する。まずは、アートの特性、消費者の特性を哲学的観点からみる美学の 立場に触れる。

佐々木(1995)は「美学史では、客観的に美を期待し、作品の構成を明らかにしようとする、

対象志向的傾向が支配的だった。その作品がいかに知覚され味わわれるかという、主観志向 的観点は近世優勢となり、学科として独立をみて美学(aesthetics 感性学)となった72。」とし た。また、「一般美学の近代的理論は、多くの場合、絵画をモデルとして組み立てられている。

時間芸術と空間芸術といったジャンルの違いが、体験の構造や様態に著しい差異をもたらさ ないか」として、疑問を呈した。時間芸術と空間芸術のみならず、言語芸術と音楽や建築のよう な、非概念的な芸術の体験の違いについても、考慮が必要となる(佐々木1995)。

美学における「趣味(taste)」について佐々木(1995)は、「見分けることと感動することとい う、相反する二つの契機に分析される『感受性と判断力』によって構成される複合観念」とし た。また、美学における「感性」概念について佐々木(2004)は、「美学ではメタファーとしての

「感覚」、すなわち、決して感覚ではなく、精神の働きとして感覚的な働き方をする「精神」を、

「感性」と呼ぶ」とする。「感覚とは違うという趣旨で採用された術語」という。「感性」は近代美学 にとって、最も中核的な観念のひとつ」で、aestheticsの語義は本来「美学」ではなく「感性」で あるとする。「近代の美学は何よりも芸術に焦点を合わせて展開してきたので、感性の仕組み に関する解明は遅れている」とした。

佐々木(2004)は「感性のモデルとなっている感覚の働き方には3つの特徴がある」とする。

ひとつは「直接性」である。「感覚はその対象を直接捉える。感覚の対象は現在そこにあるもの である。見た後で時間を置いて考える、と言うのは記憶や想像力、理性の働き」であるとする。

二つ目は「反応もしくは判断が即刻のもの」である。「直接の対象に向き合い、何かを感じたと きには既に判 断がなされている」のである。三 つ目 が「その即 刻の判 断の示 す総 合 性 」で、

「個々の感覚を分析してもこの総合性にたどり着かないのは、見るとか聴くとかいう個々の感覚 の働きとは別のこととして『感ずる』という働きを考えなければならないから」とする。芸術鑑賞の 場面での感性についていえば、「過去の経験の記憶や、考え方のパターン、概念的な知識な ど多様な要素が現実の鑑賞体験に関わり、それを重層的な和音のようなあり方のものにしてい る」。その「網の目のような回路を解析することは容易ではない」とした。

佐々木自身の問題意識にある通り、美学は科学的手続きを積み重ねていく体系とは異なる ため、メカニズムの解明には向かず、したがってマーケティングインプリケーションを引き出すこ

72 1750年、哲学者A. G. バウムガルテン(1714-1762)が、ラテン語でaesthetica「感性学=美学」

という哲学的学科を創始した。佐々木(2004)によれば、詩を主な考察対象とし、「芸術の本領 が美にあり、その美は感性的に認識されるという考え方を 示し、芸術と美と感性の同心円的構造

とは難しい。また、「感性」という言葉自体、日常語として「感性がある/ない」の二項値に還元 される危険性を孕んでいる。「感性」は、対象カテゴリーと消費者の相性に還元される部分が多 いと考えられるため、本来、極めて相対的かつ状況的な概念である。本研究の立場は、あらゆ る消費カテゴリーにおいて、関連知識や動機づけの付与、自己関連性や期待値の設定、提 供の仕方により、開拓できないマーケットセグメントはないという前提に立つ。

Laaksonen (1994)も、「感 性(sensory)」という言 葉 で先 行 研 究 を整 理 した。Ratchford (1987)は「思考」と「フィーリング」を関与の先行要因と考え、「フィーリング」動機の主なカテゴリ ーを「自我満足」「社会的受容」「感性」とした。また Laaksonen (1994)は、製品関与の感情 次元の特定化をすべきとし、「これまでの研究では『快楽的側面、社会的側面、個人的側面』

の何らかの組合せに終始してきたが、快楽的次元には、製品の使用と消費の基礎をなす、感 性動機や体験的動機を含む」とした。これは、Ratchford (1987)の「感性動機」や Laurent and Kapferer (1985)の「快感次元」と対応する(Laaksonen 1994)。

90 年代に感性概念が、工学やデザインの分野に取り入れられ、「感性工学」が誕生した。

井口(1994)は、「感性」は、語源的には「感覚器官から得られた情報を意識のうちに知覚する 過程」とした。感性そのものではなく、知性と感性のオーバーラップした領域、情報の感性的側 面を「感性情報」として、「主観性、多義性、あいまい性、状況依存性」をもつ属性情報とされ た。「一般人にとって感性情報であることも、専門家にとっては単なる知識に過ぎない」(井口 1994)ことも多いとし、「例えば、デザインにおける配色の基本や、音楽における楽典などは、

知識と感性情報の境界が個に依存する」とした。

「感動の対象」の特性について戸梶(2010)は、対象をリアリティの大小で類型を行い、主体 的な達成感や発見に伴う喜びや驚きの感動から、作品の鑑賞のような客体的な感動までを3 段階に位置づけた。中間的位置づけには「主体的客体」として「比較的強く我がことのように思 える」ものを定義し、スポーツ観戦のような「場の共有とリアルタイム性」を持つことを当てはめ た。この観点では、演劇などの舞台を伴う場合も作品の鑑賞でありながら、場の共有とリアルタ イム性という同様の性格をもつと考えられる。

戸梶(2006b)は、競走馬「ハルウララ」に関するネット上の書き込みを分析し、連敗しても走 り続ける姿に感動を覚えた多くの人が、日ごろそれほど競馬に興味を持たない人であることを 見出した。ストーリー性を伴った感動は、当該対象への深い知識がない層、もしくは常には関 与が低い層への訴求が強い可能性が示唆された。

関与を生み出す基盤 4.3.

本節では関与を生み出す基盤として、より源流に遡り「知識」「感情」「記憶」「身体感覚」に ついて、それぞれ先行研究をレビューする。

4.3.1. 知識

【1】消費者知識と専門知識力

消費者の知識には、既有の知識量および知識の質の相違により、処理の水準や様式に違 いが現れる(新倉 2005)。Alba and Hutchinson (1987)は、消費者知識を二つの要素に分 けた。ひとつは「製品精通性(product familiarity)」で、消費者がその製品に関して積み重

ねた経験である。二つめが「専門知識力(expertise)」であり、購買や消費を行う際の、課題や 情報処理を遂行する能力である。専門知識力は「認知努力」「認知構造」「分析能力」「精緻 化能力」「記憶能力」の5つの次元からなる。さらに「精通性が増大するにつれ、認知構造はよ り洗練され、より完全なものとなり、より実態に合うようになる」とする。認知構造は、認知努力と 経験の積み重ねによって、知識体系として次第に構築され、発達していくわけである。本研究 における関与は認知努力を生み、知識は認知構造として構築されていくと捉えることができる。

また、Alba and Hutchinson (1987)では、反復による効果に言及する。単純な繰り返し

は、課題の成果を向上させる。繰り返しによって自動的な成果が導かれ、課題の遂行に要求 される認知努力を軽減する。その結果、質を落とさずに遂行時間を減少させる。この反復によ る「自動化」は、「手続き記憶」(Tulving 1983)を生み出すと考えられ、同一課題に対しては、

意識的コントロールなしで、自動的にその課題がこなせるようになる。本研究では、消費者自 身のなんらかの活動、すなわち歌や楽器を演奏したり、バレエやダンスのレッスンを受けたりと いった「体で覚えた感覚」を、知識体系のひとつとして捉えている。「手続き記憶」は、反復の効 果が最もはっきり現れるもののひとつであり、「芸事」や「習い事」の経験は、アートを鑑賞する 際の認知構造に、大きな影響を及ぼすと考えられる。本研究では、このような手続き記憶を、

「関与-知識による消費者発達モデル」において、高知識へ消費者を導く重要な知識のひと つと捉える。手続き記憶については4.3.4項で詳述する。

Laaksonen (1994)は、精通性は関与の「先行要因」か「構成要素」か、あるいは「結果」で あるかの問いに対し、「関与と精通性は明らかに別個の概念」であるとした上で、「二つの変数 間の関係は相互 作用 的 である」とした。なぜなら「知識は、属性レベルの知 識の場合もあれ ば、製品から連想される機能的結果についての知識の場合もあるから」とした。精通性の増大 は、知識の結びつきの数を増やしうるが、それが常に質の高い知識を生むとは限らない。「ある 製品について多くのことを知っている人が、必ずしもその製品に対して何らかのヨリ深い意味を 与えるとは限らない」とした。

本研究においては、製品知識をベースとした関与からスタートした消費者が、その後、自己 知識と結びついて抽象化された知識や、記憶とのリンクをもって、超高関与へ至る過程を進む と考える。

【2】次元性、分節性、抽象性

Walker et al. (1987)は 、 次 元 性(dimensionality)、 分 節 性(articulation)、 抽 象 性 (abstraction)の観点から、高知識の消費者と、そうでない消費者を調べた。経験と知識の豊 富な消費者は、知識量が豊富なだけにとどまらず、より多くの次元を駆使し対象を評価する。

さらに、それぞれの次元がより細かく分節化されている上に、より多くの具体的な知識を持って いるとした(3.4.1項参照)。

Walker et al. (1987)の定義する「次元性」とは、ある分野での、消費者の知識構造におけ

る、ユニークな属性や概念の数を指す。次元性は経験的に得られ、その分野に関して知識の 高い人は、それについて述べる場合、より多くの次元の言葉で話すことができる。二つめの「分