市場拡大が困難な消費カテゴリーの中でも、その典型事例として「バレエ」を取り上げ、その 消費行動について研究を行う。バレエは一部に熱狂的な支持者を持つ一方、無関心層が大 半を占め、根強い拒否感を持つ人も多い。こういった「無関心・拒否市場」の人々を、消費者 の内部要因を明らかにしつつ、行動の解明を行う。研究の目的は次の点である。バレエ非鑑 賞者へのリサーチを通じて、行動意図に至る規定因と構造を明 らかにする。動機と阻害要因 のほかに、どのような規定因がバレエ消費を左右しているかを明らかにする。
先行研究 5.2.
5.2.1. 関与と動機
アートの非鑑賞者層を検討するにあたり、関与の原因としての「動機」に立ち返る必要があ る。なぜなら、「無関心・拒否層」では、関与が生まれる以前の状態と考えられるためである。新 倉(2012)によれば、まずはじめに、認知対象としての「動機」があり、これに目的(動機づけ)
が付加され、「動機づけられた状態」となって初めてプラス領域となり、関与が生まれる。旅行で あれば、「~を見たい」「~を食べたい」「のんびりしたい」という理由部分にあたる「動機づけ」が 存在する。しかし、アートの非鑑賞層には、この「動機付け」に当たる部分が欠けている場合が 多い。動機は、その代理変数として「関与」によって置き換えられ、消費者行動研究の中で用 いられることが多いが、こうした拒否市場においては、関与と動機を分け、関与以前の「動機」
が生まれる段階を把握していく必要がある。
動機づけや関与が生まれるメカニズムを捉えた、「対象の重要性」や「自己関連性」の視点 (Peter and Olson 1987 ; 2010)に立てば、バレエに来たことがない多くの人たちにとって、バ レエは決定的に重要性が低く、自己関連性の低いカテゴリーに入ると考えられる。関与が成り 立つ条件が整っていないのである。
が、「娘が少し前にバレエを習い始め」、「娘が初めてバレエの発表会に出る」(状況的自己関 連性)事態になって初めて「動機」が生まれる。「娘の成長が見たい」、「晴れ舞台を見たい」
(内因的自己関連性)という「目的」と出会って、初めて「動機づけられ」、関与が発生する。こ のうち、バレエそのものに魅力を感じるようになる一部の人の状態が、「製品関与」や「永続的 関与」といった、通常の関与に近づいていくのである。
関与は第一義的には、この「動機の強さ」を定量的に表すための概念であった。しかし、これ まで関与を測定するために開発されてきた尺度は、すでに動機づけられていることが前提とな っていた。杉本(1986)の製品関与尺度は、感情的関与、認知的関与、ブランド・コミットメント の3次元からなり、一定のニーズ、使用の必要性、使用の履歴が前提となった尺度 である。青 木(1989)の製品関与尺度は、低関与でありながら、いつも使っている製品カテゴリー.が前提 になっている。使用経験のない、あるいは日々の生活で全く必要のない、「無関心・拒否」カテ ゴリーの研究を進めるにあたって、動機づけから掘り起こさない限り、裾野拡大を図る戦略にた どり着くことはできないと考える。
5.2.2. 「阻害要因」と「すり合わせ」
次に、生まれた動機を低減させる要因、「阻害要因」に関する研究である。この研究分野は 1980 年代から、レジャー研究を中心に進んできた、消費行動の阻害要因の研究では、阻害 要因を3つのカテゴリーに分解した。すなわち、個人の内的心理状態や性格、対象の消費に 対 す る 価 値 観 、 興 味 の 欠 如 、 自 己 統 制 感 な ど の 「 個 人 内 阻 害 要 因(intrapersonal
constraints)」 、適切な同行者の存在や、配偶者との共通の選好などの社会的相互作用と
しての「対人的阻害要因(interpersonal constraints)」、外的環境や自身の状況、例えば季 節 、 天 候 、 利 用 機 会 、 時 間 、 費 用 、 ラ イ フ サ イ ク ル を 含 む 「 構 造 的 阻 害 要 因(structural constraints)」の3つである(Crawford and Godbey 1987)。
Crawford et al. (1991)は、各阻害要因は個人内阻害要因から始まる、連続的かつ順序を
持 つ過 程 であると し、「 阻 害 要 因 があっても レジャーに参 加 する」 場 合 が存 在 するとした 。
Jackson et al. (1993)はこれを階層モデルとして示し(図表5-3)、「阻害要因の知覚から直接
的 に 『 不 参 加 』 に 直 結 す る の で は な く 、 す り 合 わ せ(negotiation)や 、 個 人 間 の 一 致 (compatibility)、調整(coordination)をおこなうことで、『参加』となりうる」ことを示した(西村
他 2010)。また、すり合わせプロセスを左右するのが、阻害要因と動機づけ(魅力)のバランス
であるとした。Hubbard and Mannell (2001)は、企業の従業員がレクリエーションに参加す る際の、阻害要因とすり合わせの関係をモデル化し、その関連性を検証した(図表5-4)。
西村他(2010)によればその後、旅行分野においても阻害要因研究が始まったが、「旅行 への不参加を、旅行をしない層の均一な消費現象として扱っており、その中身が構造化され ていない」(McKercher 2009)と指摘がされた(p.87)。その上で、「『海外旅行に行かない若 者』のうち、そもそも意向(選好)を形成していない『否定派』、弱い意向を持つ『消極派』につ いては、個人内阻害要因が強く、動機づけが弱い」とした。また、「動機づけの強さが勝ってい ても、同行者が見つからないなど対人的阻害要因が強い場合、認知的不協和を解消するた
図表 5-3 阻害要因と動機のバランスによるレジャー参加 (Jackson et al. 1993)
図表 5-4 Hubbard and Mannell (2001) の阻害要因とすり合わせのモデル
め『もともと旅行にそんなに興味がない』という『すり合わせ』がおこなわれているケースもあり得 る」とした(p.90)。
本研究の場合、最終結果が「参加」ではなく、「不参加」の消費者を調査対象としており、す り合わせの結果「行ってみたい本来の気持ち」を、自分で抑え込む場合も考えられる。本研究 では、結果的に鑑賞をしない人々を捉えるに当たり、こうしたケースを明確に概念化し、従来の
「すり合わせ」とは逆行する、「逆すり合わせ」として概念化することとした(図表 5-5)。すなわち
「逆すり合わせ」とは、興味はあるが機会に恵まれず、あるいはマイナス面ないしリスクを考えて 諦めるなど、自分の気持ちを抑えている認知的処理である。バレエを見ない理由として過去の 調査の自由回答への回答から引用すると、「身近 に一緒に行く人がいないので諦めている」
「見に行こうと誘われる事もない。興味はあるけれど、チケットも高そうなので」「誘われたことが ない。見に行くときの服装に悩む。」「機会があれば見てみたいが、初心者にはハードルが高そ う」などに当たる。
林(2011)は余暇活動の阻害要因を論じ、日本人の観光行動は主に、構造的要因と対人 的要因によって阻害されていることを指摘した。これに対して、バレエを代表とするアートの場 合は、個人内阻害要因が主因となってくると考えられる。なぜならバレエの場合は、本来の動 機づけという、根源的かつ個人的な始発点が欠落しているのであり、多くが社会的な阻害要 因を感じる段階まで到達しないと考えられるからである。
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図表 5-5 「逆すり合わせ」の位置づけ
1.2.2項参照)の欲求に変化する」とした。バレエやオペラを始めとしたクラシカルな劇場の観客
も、40代から徐々に増える傾向にある点は同様である。
西村他(2009 ; 2010)は海外旅行参加への阻害要因を、因子分析により「時間」「お金」
「同行者」「計画負担」「滞在不安」「言語・コミュニケーション不安」「低・優先順位」の7つに分 解した。海外旅行経験と今後の意向にもとづき、回答者を複数グループに分けたところ、「参 加型」では阻害要因がほとんど限られる一方、「否定派」では各阻害要因が極めて強く、類型 ごとに阻害要因の程度と内容構成が異なることを見出した。さらに、ほかの消費行動と競合す ることを示す阻害要因、「低・優先順位」に対応する項目が、既存研究には存在しない点を指 摘した(p.92)。