最後に、本研究における「精緻化された認知構造」に捉え方が全体的に相似する、ブラン ド・リレーションシップ研究を比較参照する。
ブランド・リレーションシップを、知識と内部情報の精緻化の観点から捉えた立場の代表とし て、久保田(2010 ; 2012a)が挙げられる。久保田(2012a)はブランド・リレーションシップ研究 には、3つのアプローチがあるとした。「パートナーシップ関係」「愛着」「ブランドとの同一化」で ある。この「同一化」は、自己概念の一部にブランドが組み込まれることを基盤とする「心的な結 びつき」として捉えるアプローチで、ブランド・リレーションシップは自己とブランドの結びつき、
「ブランドとの一体感」が根底にあるとする。本研究における「対象のアートは体の一部」と捉え る段階(図表 2-3)は「ブランドとの一体感」と類似する概念である。久保田(2010)では、ブラン ド・リレーションシップを、「ブランドとの同一化を基盤とした結びつきの感覚」と定義した。しかし 本研究では、例えば対象アートカテゴリーが、自己を形成する一部となっても、作品やアーティ ストとの「同一化」には至らない。これらの具体的な関与対象はあくまでも、傾倒したり憧れたり する対象であるためと考えられる。ブランド・リレーションシップは、ひとつのブランドにコミットメ ントするのに対し、本研究の関与は、より大きな括りとしての、製品カテゴリー全体への「カテゴ
リー関与」である。すなわち、ある特定の製品やブランド、作家やアーティストへの愛着やつな がりをも包含しつつ、カテゴリー全体への興味・関心の方が優っている状態である。
ブランド知識としてのブランド・リレーションシップは、「その場限りで消滅してしまう一時的な ものではなく、ある程度の期間にわたり持続する知識」とされる。それは、「あるブランドについて の個人的意味」でもあるとした。(久保田2012a)。
ブランド・リレーションシップの形成要因について久保田(2012a)は、動機づけ的要因と知 識形成的要因に分けて論じた。動機づけ的要因はさらに2つに分かれ、ひとつは自己と当該 ブランドとの類似性や相違性を見出す認知的でかつ、自己高揚動機を満たすものである。もう 一方は、「好ましい思い出との結合」として、記憶との関係を挙げた。久保田(2012a)は、これ が自己の一貫性や連続性を保ち、かつ関係の頑健性を高めるという効果を指摘した。本研究 では、超高関与の形成は、関与と知識の相互作用の側面があるという立場である。さらに、そ のプロセスではエピソード記憶をはじめ、さまざまな知識や記憶との精緻化が働くとする。
また久保田(2012a)は、「顕現性」という概念を用いて、消費者の頭の中でそのブランドが 想起されている程度と、それが及ぼす影響について論じた。顕現性(salience)とは、「当該ブラ ンドが消費者の意識の中で支配的となること」であり、「あるブランドの顕現性が高い場合、消 費者はそのブランドの意味を精緻化する傾向を強める」とした。この結果、ブランドと自己を結 びつける意味ネットワークの生成が促される。「稀にしか思い出されないブランドよりも、頻繁に 想起されているブランドの方が、リレーションシップが形成されやすい」(久保田 2012a)のであ る。一方、知識形成の既存研究から、精緻化のプロセスについて「まず、外部情報を知覚・解 釈し(認知的側面)、次に、記憶に存在する知識構造からも影響を受け(記憶的側面)、新しい 知識や意味を創造する。さらに、豊かで安定した知識や意味が形成されるには、頭のなかで 精緻化のような内的操作が行われる(操作的側面)点が重要である」(久保田 2012a)とした。
形成される意味ネットワークは、本研究における認知構造の一つに符合する。精緻化が豊か で安定した意味を形成する点も同様と考える。
さらに久保田(2012a)は、ブランド・リレーションシップの「形成段階」では、上記の認知的側 面、記憶的側面、操作的側面がブランド・リレーションシップに影響を与えるのに対し、「確立 段階」になると、逆にブランド・リレーションシップがこれら3つの側面に影響を与えるとした。こ の点も超高関与経験層の精緻化された認知構造の機能に類似する。また、ブランド・リレーシ ョンシップがいったん形成されると、これらの諸要因が取り去られても一定の強度を保ち続ける とする。心理的な絆が日々の生活で意味を持たなくなっても、ブランドに対する気持ちがほとん ど変わらず、持続性を持つとされる。久保田(2012a)が行ったデプス・インタビューによると、
「あるブランドに対して心理的な絆を抱くことが、日々の生活において意味を持たなくなり、有 益でなくなったときも、ブランドに対する気持ちがほとんど変わらなかった」という現象が複数の 消費者によって語られたという。この点も「超高関与経験層」の認知構造に符合する。ただし、
本研究は永続的関与を想定しているが、ブランド・リレーションシップ研究では「ある一定の期 間」としている。
「好ましい思い出」には自伝的記憶の機能として、自己の一貫性を支えたり、望ましい自己 像を維持したりする機能があるとする。アートと自伝的記憶においても、これらが結びつくことで 自己に組み込まれやすくなると言える。「好ましい思い出」が頑健性を高める効果については、
は、自らにとって固有の意味や価値を持つ存在となるため、他のブランドによって代替すること が困難となる」と説明した。すなわち、製品について考えるときに個人的な思い出が検索される と、想起された自伝的エピソードによって、感覚的で感情的なものとなり、製品そのものの情報 を分析したり記憶したりしにくくなる。この結果、他ブランドとの比較や、購買や利用の中止を検 討されにくくなり、安定した選好を獲得するとした。
ブランド・リレーションシップと本研究の「精緻化された認知構造としての関与」 は、多くの共 通点をもつ一方、相異する点が5点ほど挙げられる。第一に、ブランド・リレーションシップは「リ レーションシップ」という一次元の絆に主に着目するのに対し、本研究のカテゴリー関与では、
対象との関係の深化を、関与と知識の2軸で論じる点である。第二に、本研究では、関与と知 識の発展に伴う段階的な発達をベースに、定量的にセグメントし、規定因の関係性を論じよう とする点である。第三として、ブランド・リレーションシップではひとつのブランドとのリレーション を論じる。ブランド・コミットメントはアートに例えるなら、アーティスト・コミットメントであり、一人の アーティストを追いかけることに相当する。カテゴリー関与の立場とは、対象との関係性が若干
図表4-7 ブランド・リレーションシップと精緻化された認知構造による関与の異同
ブランド・リレーションシップ 精緻化された認知構造による 関与
次 元 リレーションシップの一次元 関与と知識の2次元による8セグメント 関与対象 1つのブランド 製品カテゴリー、体験消費
知 識 個人的意味としてのブランド知識。
特定ブランドへの思い入れという性質。
製品知識、自己知識、記憶が精緻化され た認知構造が長期的に持続。
カテゴリー全体への関与から生み出される 知 識は、対 象 全 般 への客 観 的 知 識 となり 得る。
中心的概念 自己とブランドの結びつき、一体感。
ブランドが自己概念の一部を構成。
所有できない対象への憧れ、傾倒。
消 費 者 自 身 が体 験 的に関 わって、カテゴ リーとの一体感に至る。
形 成 段 階 の 捉え方
動機付け的要因と知識形成的要因。
自 伝 的 記 憶 との結 合 が、 自 己 の一 貫 性 ・連 続 性を保ち、関係の頑健性を高める。
他のブランドが代替困難。
関 与 が長 期 的 探 索 、行 動 を動 機 づけ。さ らに、関 与 と知 識 の相 互 作 用 と深 い経 験 によって段階的に超高関与に至る。
エピソード記憶や意味記憶、手続き記憶と の精緻化が関与を高める。
カテゴリーへの関与が主な場合、製品、ブ ランド全般に興味があるため、代替可能。
「顕現性」と 精 緻 化 の プ ロセス
顕現性(ブランド想起頻度)が高いほど、そのブ ランドの意味ネットワーク化を促進。
外 部 情 報 、内 部 知 識 構 造 から、新 しい知 識 や 意 味 を創 造 する。精 緻 化 が 行 われ、豊 かで安 定したブランド知識や意味が形成される。
認知的占有率、行動的占有率(4.6.3項)
製品知識、自己知識、感情、記憶の精緻 化により、精緻化された認知構造となる。
形成段階と 確立段階の 相違
形 成 段 階 では認 知 、記 憶 、操 作 的 側 面 がブラ ンド・リレーションシップに影響する。
確立段階になると、逆にブランド・リレーションシ ップがこれら3つの側 面 に影 響 を与 える。諸 要
超 高 関 与 経 験 後 は、「超 高 関 与 経 験 層 」 となり、精緻化された頑健な認知構造を持 つ。これが新たなカテゴリー刺激に敏感に 反応する認知構造となる。