要 旨
厚生労働省で医師以外の職種の業務拡大等が検討さ れていることを踏まえ,日本透析医会では,透析治療 における業務について,現在,医師,看護師,臨床工 学技士のいずれの職種が実施し,今後どの職種が実施 すべきかについて職種ごとに調査した.透析条件の決 定,低侵襲の検査の決定については,今後医師以外が してもよい,と各職種で見解が一致した一方,患者へ の説明に関する項目については,医師と他職種で意見 が分かれた.透析医療を取り巻く現状を考えれば,医 療の質を保つためにも,包括的指示を活用し,看護師,
臨床工学技士への職務権限の積極的委譲が必要である.
はじめに
フリーアクセスと国民皆保険などを特徴とする日本 の医療制度は,これまで諸外国からも高い評価を受け てきた.しかし,急速な高齢化と
90
年代初頭のバブ ル崩壊以降の日本経済低迷を背景に,小泉内閣による 強力な医療費抑制政策がとられた結果,医療システム の綻びが21
世紀初頭には顕在化した.2006年に小松 秀樹医師が『医療崩壊 ―― 立ち去り型サボタージュと は何か』を著して以降,地方の救急医療,産科医療な どの崩壊に代表される,医師不足による医療システムの破綻は「医療崩壊」として広く知られるようになっ た.
アメリカには,日本では医師にしか認められていな いレベルの医療行為が行える医師と看護師の中間的な 医 療 従 事 者 資 格 と し て
physician assistant(PA)や nurse practitioner(NP)がある.PA
は医師の監督の もとに診察,薬の処方,手術の補助など,医師が行う 医療行為を行うことができる.NPは通常の看護業務 に加え,限定された薬の処方や検査の指示を出す権限 を持つ.医療行為に医師の監督が必要かどうかは州に よって異なり,NPの開業が可能な州もある.これら の資格者は,医師より養成課程が短い医師に代わる医 療現場の戦力として活用されていることから,医師不 足が顕在化した日本においても,特に外科系学会でこ の種の医療職の創設を求める声が多く,2011年3
月 には外科関連学会から,周術期・救急管理を主とした 急性期特定看護師の創設・養成を求める要望が出され た.また看護師の側からも,看護の自律やキャリアア ップのために,より裁量権のあるNP
などの資格が必 要である,という声がある.このような状況もあり,厚生労働省は「規制改革推 進 の た め の
3
か 年 計 画(再 改 定)」(2009年3
月),
「経済財政改革の基本方針
2009」(同 6
月)の閣議決 定等を受けて,医師と看護師等との協働・連携の在り実 態 調 査
透析医療における職種別業務分担に関する調査報告
山川智之
*1水附裕子
*2川崎忠行
*3太田圭洋
*1内田明子
*2佐藤久光
*2那須野修一
*3松金隆夫
*3村上 淳
*3山㟢親雄
*1*1 日本透析医会 *2 日本腎不全看護学会 *3 日本臨床工学技士会
key words:チーム医療,業務分担,包括的指示,診療の補助,生命維持管理装置
Survey of dividing duties in hemodialysis therapy Japanese Association of Dialysis Physicians Tomoyuki Yamakawa
Japan Academy of Nephrology Nursing Yuko Mizutsuki
Japan Association for Clinical Engineering Technologist Tadayuki Kawasaki
方等について検討を行う目的で,2009年
8
月にチー ム医療の推進に関する検討会を立ち上げた.この検討 会は2010
年3
月までに計11
回の会合を行い,同月「チーム医療の推進について」と題した報告書がまと められた‡1)
.この中で,
「包括的指示」の活用などに よる医師以外の職種の業務範囲の拡大と,これまでの 看護師の業務範囲を越えた「特定の医行為」を行うこ とができる特定看護師の創設が提言され,看護師の業 務範囲の拡大や特定看護師(仮称)が実施する「特定 の医行為」の範囲の決定に当たっては,看護業務に関 する実態調査を実施し,当該調査結果を踏まえて検討 する必要があると提言された.この報告書を踏まえ,2010年
7
月から9
月にかけ て「看護業務実態調査」が実施された.この調査は報 告書の中で「特定の医行為として想定される行為例」として列挙された行為等,203の業務・行為について,
看護師が実施しているか否か,今後一般の看護師が実 施することが可能と考えられるか否か,特定看護師
(仮称)制度が創設された場合実施することが可能と 考えられるか否か,を全国の病院,診療所,訪問看護 ステーションおよび専門・認定看護師を対象に調査し,
約
1,000
施設,約8,000
人の回答が得られた‡2).この
調査において,医師,看護師ともに,看護師への業務 拡大を求める項目はかなり一致した.この調査も踏ま え,2012年1
月現在においても,特定看護師制度の あり方やその業務範囲等について,厚生労働省のチー ム医療推進会議などで議論が続いている.ただ「看護業務実態調査」およびこれらの議論は,
必ずしも各専門領域の個別性を踏まえたものではない.
実態調査の項目には,透析医療に関する処置の具体的 な内容はなく,透析施設が個別に調査対象になっても いない.また,透析医療における重要な職種である臨 床工学技士については,看護職以外の医療職として取 り上げられているものの,その業務範囲について議論 されることはほとんどなかった.
透析医療は黎明期から歴史的に医師以外のスタッフ が実際の処置に大きく関わってきており,現在は看護 師と臨床工学技士がその中心的役割を担っている.ま た維持血液透析は安定した状況では繰り返しの治療が 行われ,特に理由がなければ,医師があらかじめ出し た指示に則って治療が行われる.一方で血圧低下など の事態が治療中に生じれば,マニュアルに従い日常的
に除水停止や補液などの対応がスタッフの判断で行わ れているのが現状である.すなわち,透析医療の現場 では,現状として包括的指示に基づく処置が日常的に 実行されていると考えられ,また透析医療は包括的指 示になじみやすいとも言える.
現在,透析医療は公的病院からの医師派遣が途絶え,
地域の中核的病院の透析室が閉鎖されたり,後継者不 足のため地域に根付いてきた民間透析施設が廃業した りするケースが増加しているなど,透析に関わる医師 不足が顕在化しつつある.こうした状況の中で,透析 医療においても医師の包括的指示を活用し,看護師と 臨床工学技士の業務と権限を拡大することが,各々の 施設における治療の継続と,医療の質を維持するため の一つの方法論となるのではないかと我々は考えた.
そこで,日本透析医会は,日本腎不全看護学会,日本 臨床工学技士会に協力いただき,透析医療における各 職種の業務範囲の見直しのための議論および政策提言 のため,透析医療における業務についての調査を実施 することになった.
1 対象・方法
2010
年11
月,日本透析医会の施設会員994
施設を 対象に,透析医療に関する診断,判断,処置,検査等 を六つの大項目〔I. 透析準備開始業務(水質管理等 も含む),II.
透析開始時の対応,III. 透析中の対応,IV.
透析終了時の対応,V. 緊急時対応,VI. 透析施 行時以外の業務〕を131
項目に分類した.その項目を それぞれ「現状について」と「今後について」に分け て,各々の施設の透析医療に直接関わる医師,看護師,臨床工学技士の
3
職種に回答を求めた.「現状について」(以下「現状」)の選択肢は,
a. 実施されていない
b. 看護師・臨床工学技士・医師以外の職種(薬剤 師,管理栄養士,臨床検査技師,放射線技師な どの資格保持者に加え看護補助者,事務職員を 含む)が実施している
c. 看護師が実施している d. 臨床工学技士が実施している e. 医師が実施している
の
5
項目とした.実施していない場合は,a.のみを選 択,実施している場合は,b〜e
の複数回答可能とした.すべての業務については,前提となる医師の指示があ
透析医療における職種別業務分担に関する調査報告 111
るものとするが,実質的に看護師や臨床工学技士が判 断・実施し,事後で医師に指示を形式的に記載するよ うなケースにおいては,看護師,臨床工学技士が判 断・実施したものとして回答を求めた.
「今後について」(以下「今後」)の選択肢は
f. 看護師・臨床工学技士・医師以外の職種が実施 してもよい
g. 看護師が実施してもよい h. 臨床工学技士が実施してもよい i. 医師が実施するべき
の
4
項目とした.医師が実施すべき業務とする場合,i.
のみを選択,医師以外の職種が実施してもよい業務 と考える場合は,f〜hの複数回答可能とした.すべて の業務は前提となる医師の指示(業務によっては「包 括的指示」)があるものとして回答を求めた.業務調査とは別に施設の所在都道府県,施設属性
(病院,有床診療所,無床診療所)
,および透析ベッド
数(同時透析可能人数)の記載を求めた.2 結 果
482
施設(回収率48.5%)から回答を得た.内訳は
病院214
施設,有床診療所93
施設,無床診療所141
施設,施設種別無回答が34
施設であった.現状について,全職種の回答を平均したそれぞれの 職種における実施率を表 1に示す.実施がなかった施 設が多い項目は,生体電気インピーダンス法実施の決 定(42.5%)
,ブラッドボリュームモニター測定の決
定(40.5%),穿刺部止血のための縫合(30.7%) ,手
根管症候群が疑われる時の末梢神経伝達速度検査実施 の 決 定(29.3%),電 気 的 除 細 動(AED
使 用 以 外)(20.4%)
,緊急時バスキュラーアクセスカテーテルの
留置(17.5%),電気的除細動(AED
使用)(17.2%),
降圧薬注射の実施(15.3%),血管超音波検査実施の
決定(15.0%)などであった.実施している項目でそれぞれの職種の実施率が
80
% を超えるのは,医師で
58
項目(44.3%),看護師で 51
項目(38.9%),臨床工学技士で 25
項目(19.1%)であった.これらの
3
職種以外の職種が実施している 比率の多い項目としては,看護助手等が関わる体重測 定(48.2%),抜針後の圧迫止血(15.2%) ,管理栄養
士が行う食事に関する説明と指導(43.6%),薬剤師
が行う投薬に関する説明と指導(25.0%),ソーシャ
ルワーカー等が行う訪問看護やケアマネージャーなど への情報提供・調整(16.3%)などがあった.
図 1aは,現状における医師が実施している比率と 看護師が実施している比率の相関を示す.白丸は臨床 工学技士の実施している比率が
80% 以上の項目であ
る.医師,看護師が実施している比率がいずれも65
% 未満の項目は「透析液の供給装置の操作」
,
「透析 液供給装置の点検・動作確認」,
「透析液配管の消毒」,
「透析液清浄化に関する検査」
,
「ベッドサイド監視装 置の点検・動作確認」の五つだけで,これらは医師の 実施率はいずれも5% 未満と低い一方,臨床工学技士
の実施率は90% を超えた.この 5
項目を除くと医師,看護師の実施率がいずれも
65% 未満の項目はなく,
逆に両職種の実施率が
65% 以上の項目は「心拍監視
モニター装着の決定」,
「気道確保(マスク換気など)」,
「心マッサージ」
,
「血液検査に関する説明」,
「透析中 の投与薬剤に関する説明」,
「投薬に関する説明と指 導」,
「透析に関する情報提供」の七つであった.図 1bは,現状における医師が実施している比率と 臨床工学技士が実施している比率の相関を示す.白丸 は看護師の実施している比率が
80% 以上の項目であ
る.医師と看護師との関係とは異なり,両職種で65
% 以上の実施率の項目はなく,いずれの職種でも
65
% 未満の実施率であったのは
20
項目で,2項目を除 きこれらは看護師の実施率が80% を超えていた.
図 1cは,現状における看護師が実施している比率 と臨床工学技士が実施している比率の相関を示す.白 丸は医師が実施している比率が
80% 以上の項目であ
る.看護師と臨床工学技士において共通する業務は多 く,両職種の実施率が65% 以上の項目は 34
項目に上 った.これらの相関を踏まえ,医師のみ,看護師のみ,臨 床工学技士のみの実施率が
65% を超える項目をそれ
ぞれD
群,N群,C群とし,医師および看護師の両 職種が実施率65% 超える項目を DN
群,看護師およ び臨床工学技士の両職種が実施率65% を超える項目
をNC
群,というように項目を5
群に分類したところ,D
群は65
項目,N群は20
項目,C群は5
項目,DN 群は7
項目,NC群は34
項目となった.表 2aは,現状で医師が主に実施している