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戸澤修平

ドキュメント内 日本透析医会雑誌Vol. 27,No. 1 (ページ 53-61)

クリニック1・9・8札幌

key words:被災透析患者,災害時情報ネットワーク,域外搬送,情報共有

Acceptance of the dialysis patients encountered the East Japan Great Earthquake―Mission in Hokkaido Clinic 198 Sapporo

Shuhei Tozawa

川智之災害担当理事より情報提供依頼の第一報が発信 され,同時に厚生労働省への連絡ルートが構築された.

また当医会の

HP(一般)へも受け入れ体制の登録依

頼が杉崎弘章当会専務理事より発信された.翌

13

(震災

3

日目)も同様の情報が発信されたが,午前中 迄は被災地からの発信はなかった.当日,筆者も久木 田和丘先生(第

57

回日本透析医学会学術集会・総会 会長,北海道透析療法学会会長)もまだ札幌に帰って いなかったので,古井秀典先生(札幌北楡病院)に

「北海道は北海道透析医会(会長:大平整爾)・北海道 透析療法学会(会長:久木田和丘)・札幌市透析医会

(会長:戸澤修平)の三者が一体となって対応する」

旨の情報を[joho_ml]へ発信するように依頼したが,

古井秀典先生は[joho_ml]のアドレスを持っていな かったので,日本透析医会災害情報ネットワークの一 般用の

HP

の連絡事項等のコメント欄に同情報を記載 した.

3 北海道への受け入れ体制

震災発生翌

12

日には,厚生労働省健康局疾病対策 課より当会事務局に「被災地のインフラの復旧,施設 の復旧が難しく厚労省としては域外搬送を考えてい る」との相談があり,それを受けて山川智之先生より 被災透析患者の域外搬送が考えられる旨の情報が

[joho_ml]に発信された.

被災地からの情報発信は震災

3

日目の

13

日の午後

3

22

分になり,東北大学病院,血液浄化センター の宮崎真理子先生より仙台地区の状況報告「水がたり ません,スタッフの疲労,ネットワーク回復等」の一 報が[joho_ml]へ発信されたのが第

1

号であった.

このメールからも被害の甚大さがうかがわれ,山川智 之先生よりの「域外への搬送の必要性あり各地区にお ける受入れ体制の整備を」のメール要請に従い,北海 道においても大至急調査を開始し,当日夕方までに入 院透析患者

70

名(後に

100

名)

,外来透析患者 200

名 の受け入れ体制を構築した.外来透析患者においては 宿泊施設が必要であり,北広島市長と面談し,事情を 説明してレジャー施設「夢プラザ」の全面的使用の許 可をもらい(後に札幌北広島クラッセホテルに変更)

宿泊体制についても完了した.

震災

5

日目の

15

日の午前に厚生労働省健康局疾病 対策課も[joho_ml]を見て状況を把握し,日本透析

医会との情報共有化の打ち合わせも済んだ.また,当 日,北海道保健福祉部健康安全局特定疾患グループ主

幹より

“古井秀典先生が発信した日本透析医会災害情

報ネットワークの一般用の

HP”

を見て,北海道では 三者一体で支援体制を構築することを確認したとの電 話があった.

午後になって東北大学病院の宮崎真理子先生より,

宮城県の域外搬送は原発問題もあり「北」を考えてい る旨の発信があった.夕方になり「厚労省健康局疾病 対策課のほうで北海道への搬送を考え準備に入った」

とのメールが,当医会会長山㟢親雄先生より宮崎真理 子先生に発信された.その日の夜

9

時には我々関係各 位に「広域搬送ルートについて政府内の調整が進めら れている」とのメールが,厚生労働省健康局疾病対策 課課長補佐中田勝己先生より発信され,その

20

分後 には宮崎真理子先生より「北に進路をとることで方向 性を定め,作業をできるだけ早く進める」旨のメール が発信された.夜

9

45

分には「受け入れについて 戸澤へ連絡するように」当医会専務理事杉崎弘章先生 より中田勝己先生にメールが発信され,震災

5

日目で 北海道への被災透析患者の域外搬送が決定された.

4 被災透析患者の入院透析受け入れ

震災

6

日目の

16

日には,「宮城県から北海道への移 送について,内閣府における広域搬送リストに提示さ れた」とのメールが厚生労働省中田勝己先生より当医 会に発信され,北海道でのより具体的な支援体制の詰 めの指示を受けた.

我々はその情報を受けて,千歳空港に被災透析患者 が到着した後の患者搬送のためのバスの手配,医療機 関への患者振り分け,寝具をはじめ透析機材の確保・

確認,北海道庁との打ち合わせ,北海道でのマスコミ 対応の対策も完了した.この時点で入院透析患者

70

名から

100

名に増員できたことも報告した.

一方,宮城県でも被災搬送患者の

ADL

は自立歩 行〜杖歩行までの患者とし,全員入院対応で人数は

100

名まで,出発は

3

19

日を目標に準備が始まった.

また,この具体的な広域搬送の内容は内閣府に依頼す るさいに必要とのことで,厚生労働省中田勝己先生よ り山川智之理事に資料提出の依頼があった.震災

7

日 目の

17

日には当方より千歳到着後の搬送医師数の連 絡など,さらに具体的な内容を宮崎真理子先生へメー

東日本大震災における北海道での被災透析患者の受け入れ 51

ル発信した.

震災

8

日目の

18

日になり,官邸の広域搬送班より

19

日の搬送は難しいとのことで

3

22

日,23日で調整 しているとの情報が中田勝己先生よりメール発信され た.この時点で搬送透析患者はほとんどが気仙沼地区 の患者であると宮崎真理子先生よりメール発信された.

震災

9

日目の

19

日に内閣府と防衛省とで調整し,

被災透析患者の来道は

22

日,23日に決定された.そ れを受けて

20

日(日曜日)

,21

日(月曜・祭日)の

2

日間で来道患者名簿の連絡,患者の荷物の持ち込み,

双方での名札の作成,千歳基地使用許可願の申請等,

受け入れ体制の最後の詰めを行った.

5 被災透析患者の搬送

震災

12

日目の

22

日午前

10

時,東北大学病院を

44

名(男性

28

名,女性

16

名)が出発したとのメールが 宮崎真理子先生より発信された.午後

12

30

分,無 事に千歳自衛隊基地に輸送機は着陸し,久木田和丘先 生,筆者とスタッフが機内に入り双方の名札の確認作 業を開始した.その名札照合の時に東北大学から付け てきた名札が,段ボールを切りガムテープで補強し荷 造り紐を通した手作りの名札で,我々の用意した名札 と比べて被災地がどのような惨状にあるかを知らされ た思いだった(図 1

.名前を確認後,輸送機に横づ

けされた

2

台のバスに自衛隊員,スタッフが介助しな がら分乗させ,千歳市に

4

名(男

2

名,女

2

名)

,恵

庭市に

5

名(男

3

名,女

2

名)を各医療機関にお願い し,残り

35

名(男

23

名,女

12

名)を札幌市内の

9

カ所の医療機関へ午後

4

時までに無事搬送を終了した.

その後,当医会会長山㟢親雄先生,担当常務理事山川 智之先生より関係各位へのお礼とこれからの一層の支 援願いのメールが発信された.

翌日

23

日に残りの

36

名(男

22

名,女

14

名)も自 衛隊千歳基地に無事到着し,札幌市内の

13

ヵ所の医 療機関へ搬送し前日同様無事終了した.この搬送で印 象に残ったのは,1日目の

2

台のバスに乗った被災透 析患者は故郷を急に離れたことの不安なのか,これか らの療養生活への不安なのか,あるいは

ASD(急性

ストレス障害)の状態なのか,ほとんど言葉を発しな いことだった.搬送患者の中に糖尿病患者がいるとの 情報があり,全員搬送終了までは

3

時間以上はかかる ので,低血糖に備えて飴玉とチョコレートを沢山もっ

ていたので,それを勧めたところ何も言わずに食べた ため空腹もあると理解した.我々は翌日その反省を踏 まえて

2

日目の到着の患者分の弁当とお茶を持って行 き,バス乗車後直ちに配ったところ喜んで食べていた.

しかしスタッフと会話するものはごく一部の患者だけ で,その話から出発当日朝の食事はお粥だったと云っ ていが,これらの会話からも被災現地の大変さを実感 した.

この

2

日間の被災透析患者搬送終了後に,今回のミ ッションの成功について,厚生労働省中田勝己先生よ り北海道透析医会会長の大平整爾先生に感謝メールが 発信され,被災患者の入院透析受け入れミッションは 無事終了した.

6 被災外来透析患者受け入れ体制

震災

8

日目の

3

18

日に,札幌市保健所より「現 状の情報を知りたい」旨の電話が入ったが,被災透析 患者の入院対応を進めている状況だったので,23日 被災透析患者搬送終了後の午後以降であれば可能と連 絡していた.

23

日の入院被災透析患者の受け入れ搬送終了後の 午後

4

時から札幌市役所市長政策会議室で「被災地か らの透析患者等の受け入れ対応会議」が開催された.

主な出席者は札幌市の

11

部署の担当課長と関係係長,

30

数名が参加した.今回の被災入院透析患者の北 海道への搬送が日本透析医会,厚生労働省,東北大学,

北海道透析医会,北海道透析療法学会,札幌市透析医 会,宮城県庁,北海道庁および自衛隊の協力という多 くの関係者の綿密な協力があったからこそ成功に終わ ったことを説明し,この次は被災外来透析患者の受け 入れにはいかに札幌市の協力が必要であるかを

1

時間

図 1 北海道到着時に患者がつけていた名札        右側のものは筆者らが用意したもの.

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