札幌北クリニック
key words:アメリカ透析医療費,支払い包括化,その実態,包括化の影響
Bundled payments for dialysis in America Sapporo Kita Clinic
Seiji Ohira
アメリカ透析医療費の支払い包括化 39
メリカ医療保険の
HMO(Health Maintenance Organi-zation)は,病院・医師・その他の医療サービス提供
者が一つのネットワークを形成して所属し,個人や会 社が毎月一定の金額を支払うことで傘下の医療機関か ら医療サービスを受けることができる.HMOでは通 常主治医を1
人定め,すべての医療サービスはまずそ の主治医を経由しなければならないし,保険の種類に よって受けられる医療の範囲が厳しく限定されている.わが国でよくある患者の意思で随意に病院を変えるこ とは,あり得ない.
2 アメリカの維持透析療法
日本の維持透析の成績は,少なくとも透析へ導入さ れた後の生存期間の面から世界に冠たるものである.
①日本人一般男性・女性,②日本人透析患者の男性・
女性,③アメリカ白人一般男性・女性,④アメリカ透 析患者の白人男性・女性の平均余命が図 1に提示さ れているが,日本人について言えば,透析患者の平均 余命は一般人口のおおよそ半分と考えられる.アメリ カ人の平均余命はいずれの群でも日本人のそれには遠 く及ばない.年間粗死亡率はアメリカが
22.4% であ
るのに対して,日本は13.0% で明らかに低率である.
生存率における日米のこの差異は,アメリカにおいて,
①透析導入時,重大な心血管合併症が多い,②糖尿病 性腎不全がより高率である,③自家動静脈内シャント
率が低い,④そもそも日本人のほうがより長命である,
⑤多民族構成の国家であるため,民族間で健康観念・
生命観・経済力等々に違いがあるなど,複数の原因が あげられている.
アメリカの腎疾患医自身が,アメリカが医療費に関 して深刻な危機に見舞われていることを痛感しつつ,
支出には見合わない医療の成績に対して
“health out-comes in the US are no better, and arguably significant-ly worse than in these other countries.”
と 慨 歎 し て い る3).対策として,①“AVF-first”
キャンペーン,②計 画的な透析導入,③高齢腎不全患者に対する保存的療 法と透析療法の開始の生存期間,ADL,QOLなどを 含めての厳密な比較が,アメリカでなされてきている.先に,メディケアで末期慢性腎不全(ESRD)に関わ る医療費が突出していると述べたが,この原因の一端 は,出来高払い(fee-for-service)となっている
ESA
製剤・静注用の活性型ビタミンD
製剤と鉄剤の使わ れ方にあるとされて,今回のアメリカ透析医療費の支 払い包括化(bundled payment)が論議され始めたと 聞き及んでいる.第56
回日本透析医学会(2011年6
月,横浜)で特別講演されたコリンズ教授は,“ESAsand Vitamin D are the largest drivers of treatment cost”
と断定している4)
.
図 1 日本人の平均余命
2005年新規透析導入患者平均年齢:66.4歳,2005年末生存患者平均年齢:64.4歳.年間 粗死亡率:アメリカ22.4% vs 日本13.0%.(日本透析医学会:わが国の慢性透析療法の現 況(2005年12月31日現在より一部著者追加)
60 50 40 30 20 10
0
30 40 50 60
66 y/o 75 y/o
70 80 90
年齢(歳)
透析患者の平均余命は,
一般人口の約半分である.
平均余命︵年︶
D 2.4 D 2.4 D 3.4
D 3.4 D 4.8
D 4.8 D 6.5
D 6.5 D 8.6
D 8.6 D 11.4
D 11.4(2007)
白人男女 白人男女
透析男性 透析男性 透析女性
透析女性 ←アメリカ白人女性←アメリカ白人女性(2004)(2004)
←アメリカ白人男性(2004)
←アメリカ白人男性(2004)
←女性(一般人口)
←女性(一般人口)
←男性(一般人口)
←男性(一般人口)
↑
↓
3 出来高払いと包括化支払い
一つ一つの医療行為や使用する器材や薬剤に保険点 数が付いていて,その度に加算していく方式が出来高 払いである.新技術や新薬を抵抗なく使用できるため
(必要経費の取り損じがないため)
,過剰診療に傾くこ
とが否めない.これに対して,包括化支払いではある 一連の医療行為に支払いの上限が定められており,実 際に行った医療行為とは関係なく特定の疾患に定額の 報酬が支払われる方式である.したがって,可及的に 使用器材や薬剤を最小限度にしようとする努力が払わ れる.医療費の効果的な使用・節約に繋がる一方で,過小または萎縮医療や不適切な医療を誘発する懸念が あると言われている.
4 アメリカ透析医療費支払い包括化の実際
新法(2011年
1
月1
日施行)は,前年のメディケ アの慢性腎不全への総支出額を2% 減ずることを規定
している.4-1 1 回の血液透析(HD)の基本料金
新法での
HD 1
回の基本料金は229.63
ドルである(毎年の改定が明記されている)
.日本では「外来患者
の4〜5
時間血液透析」の保険報酬は2,235
点である(1ドル=77円で換算すると,229.63ドルは
17,682
円 となる).
今回の支払い法は透析施設に対してのみ適用され,
医師は外来透析患者の場合
1
カ月4
回の診察で303
ド ルのdoctor fee
を得るが,担当患者への診察回数が少 なければfee
は減ぜられる5).医師が入院患者を診る
場合には,出来高払いとなる.1カ月のHD
が14
回行 われるとして303
ドル/月のdoctor fee
は1
回当たり21.63
ドルとなり,1回HD
の総計は229.63+21.63=
251.26
ドルとなる.4-2 加算方式
1
回のHD
施行は229.63
ドルであるが,年齢・導入120
日以内・併存疾患の種類などに対して加算がなさ れる.① 年齢については,60〜69歳を基準「1」とし,
18〜44
歳:1.171,45〜59
歳:1.013,70〜79
歳:1.011,80
歳以上:1.016のように増額される.② 併存疾患に対する加算は表 1に提示したごとく である.B型肝炎(1.089)
,HIV/AIDS(1.316) ,
癌腫(1.128),性別,人種などは提案されたが加
算は却下されている.在宅維持透析の推進のために,HDおよび
PD
の訓 練・教育費が算定されている.4-3 検 査
53
種の慢性腎不全治療に必要な検査(laboratorytests)が包括化された.
4-4 施設の規模
年間の総
HD
回数が過去3
年間に4,000
回/年以下 の施設をlow-volume facilities
と規定し,支払いを18.9
% 増しとする.HD 4,000回/年は
4,000/155
回/人=25.8
人(26人)と小規模透析施設となる.僻地など の小規模施設の救済策である.4-5 薬 剤
全静注薬剤が包括化される.すなわち,頻用されて いる静注薬剤の
ESAs,活性型 VD
製剤および鉄剤が 含まれる.経口薬剤については,静注薬と同効のもの があれば包括化される.経口薬剤だけしかなければ,包括化は
2014
年1
月まで延期される.たとえば,シ ナカルセト(レグパラ®)などが該当する.ESAsは腎 性貧血に顕著な効果を示した効能あらたかな薬剤であ るが,目標Hb
値は過去にさまざまに揺れてきたし,依然として高価薬である.Hbの達成目標は多くの大 規模調査から,ようやく「通常は
10 g/dL
以上で12 g/
dL
を超えないこと」とされるに至った.腎性貧血患 者に対しては短絡的にただ単にESAs
を投与するので はなく,同時に慢性炎症,低栄養や心機能低下などの 併存に目を配って対処し,かつ透析液の清浄化を行う ことなどが提言されている.表 1 併存疾患に対する加算
併存疾患 加算率
心外膜炎(発症3カ月以内) 1.114 細菌性肺炎(同上) 1.135 胃腸管出血(同上) 1.183 遺伝性溶血性貧血† 1.072 骨髄異形成症候群 1.099 単クローン性免疫グロブリン血症 1.024
† sickle cell anemia
アメリカ透析医療費の支払い包括化 41
図 2でコリンズ教授は,導入
6
カ月後のHb
値は2000
年と2008
年とで同一であり,2008年のようなよ り多いESA
用量を要する急進なHb
上昇に無駄があ ることを述べている.ESAの包括化で本剤の使用法 が厳密・適正化に至ることがアメリカで期待されてい るのであろう.2011年9
月の発表では,包括化により
ESAs
使用量の減少が期待されているように生じて いると報告されている6).ESA
の包括化は,2006年の 診療報酬改定で日本ではすでに行われている.1,960 点であった人工透析技術料が2,250
点と上げられて(+290点)
,ESA
が包括化されたのであった.この改定後,鉄剤の静注投与が増え,3,000単位
図 2 各年次の ESA 投与後の Hb 濃度と ESA 投与量の推移 (Prof. Collinsより)
1996 2004 2000 2008 By year
13 12 11 10 9 Hemoglobin(g/dl) 8
Hb levels
1 2 3 4 5 6 1 2 3 4 5 6
By initial hgb :
Peritoneal dialysis, 2007-2008 By initial hemoglobin :
hemodialysis, 2007-2008
By initial hgb :
Peritoneal dialysis, 2007-2008 By initial hgb :
hemodialysis, 2007-2008
1 2 3 4 5 6
ケ月
Hb same in 2008 as 2000
All 10+
9−<10 8−<9
<8
1996 2004 2000 2000 2008
By year 30 25 20 15 10 Mean weekly EPO dose (1,000s of units) 5
ESA dosing
1 2 3 4 5 6 1 2 3 4 5 6 1 2 3 4 5 6
Cost D 2008 vs 2000
Incident dialysis patients with a first EPO claim within the first 30 days of ESRD start date & at least one EPO claim in each of the first six months. Graphs by modality, 2007‒2008 combined. Hemoglobin group determined by patient s
hematocrit on the Medical Evidence form.
週当たりのEPO投与量
Months after initiation
Months after initiation All
10+
9−<10 8−<9 40 <8
35 30 25 20 15
20 16 12 8 4
図 3 Hb 濃度の分布(2005 年末,2006 年末,2007 年末の比較)
この3年間で有意な差違はない.(日本透析医学会統計調査員会:図説わが国の慢性透 析療法の現況(2007年12月31日現在).日本透析医学会,2008より)
4.84.8 4.44.4 4.24.2 9.3 9.310.010.0
9.3 9.3
24.8 24.825.425.4
24.3 24.3
33.233.2 33.133.133.833.8
19.5 19.518.818.8
20.1 20.1
8.3 8.3 8.38.3 8.38.3
8未満 8〜 9〜
ヘモグロビン濃度(g/dL)
10〜 11〜 12〜
35.0
30.0
25.0
20.0
15.0
10.0
5.0
0.0
(%)
2005年末 2006年末 2007年末
EPO
の使用量が減ったが,Hb値に著変はなかったと 報告されている.日本では,①鉄剤の適正使用,②透 析量の増加,③透析液の清浄化など,さまざまな努力 によりESA
使用量が若干減少したが,従来のHb
レ ベルを維持しており,過小または粗悪診療に陥ること はなかったと言えよう7)(図 3).
4-6 医療の質を担保するための罰則(医療監視)
出来高払い(fee-for-service)が包括化支払い(bun-dled payment)へ変更された場合に生じがちな弊害を
回 避 す る た め に,CMS(the Centers for Medicare &Medicaid Services)すなわち支払い側は以下のような
罰則(quality incentive program; QIP)を設けている6)① Hb値が
10 g/dL
未満の患者は全患者の2% 以
下であること.② Hb値が
12 g/dL
を超過する患者は全患者の26
% 以下であること.
③尿素除去率(URR)が
65% を超過する患者は全
患者の
96% 以上であること.
これら
3
条件を満たさない施設は,支払いが総額の2% を上限として減額される(Hb<10 g/dL
の項目が最 重 要 と さ れ て い る)
.2007
年 に 既 述 の3
項 目 をCMS
へ報告した4,713
施設について分析すると,1施 設当たりの減額が年間12,000
ドルになるという.46.1% の透析施設は
3
項目を充足していてペナルティー はなく,残りの53.9% について減額高を算定すると
約22,000
ドルとなる.この22,000
ドルは1
回のHD
に換算すると,1.45ドルに相当する6).
医療監視は,2014年には
Kt/V・血管アクセス・入
院率・骨代謝等々の領域へも及ぶと噂されている6).
さらに,アメリカ国内の平均を基準とはせず,各項目 について絶対的な基準値を設定するという動きをCMS
は予告している.しかし,これら項目の可否は 透析スタッフの熱意や技術に負うだけではなく,患者 自身の療養態度にも影響される部分が無視できず,臨 床的な成果が診療報酬支払いに直結することには問題 が少なくないと考える.“Pay-for-Performance(P4P)”
(成果主義)は,医療機関が高質で効率的な医療サー ビスを提供した場合に高い診療報酬を支払うという動 機付け制度であり,時代の潮流はそれへと傾いている が,採用している英米では成績を上げるために重症患 者を取り扱わない病院が出てきたなど問題が生じてお
り,慎重な検討が必須となろう.
5 支払い包括化に対する論評
色々な立場の識者が包括化支払いについて意見を述 べているが,これを主として
Am J Kidney Dis
誌の2011
年4
月号掲載の論著から概観したい8〜14).
ASN
理事長のBonventre
は,過小治療がことに貧 血対策とHD
時間設定に現れることへの懸念を表明し ている5).Tufts Medical Center
のWeiner
は「興奮を 呼び,かつ,恐れを感じさせる大改革であり,CMS がその支払い方法に成果主義を採り入れた点が注目さ れる.得られた結果から出費抑制と質の担保がどうな ったかが検証されるであろう」と述べている8).Stan-ford
大のWinkelmayer
ら9)は,コントロール群を置か ずに患者から同意を得ずにこの方式を突き進めること へ強い懸念を表明している.Lacsonら(FreseniusMedical Center,大規模透析提供会社)
10)は,「支払い 側であるCMS
とdialysis industry
とは相互に公的資 金に関わる立場にある.FMCは質の高い透析を提供 する義務を担うが,同時に出費への配慮も欠かせず,包括化支払い法は正しい方向性を示している」として いる.
FMC
と同じ立場にあるDaVita(Nissenson
ら)11)は「長年に渡って検討されてきた結果の包括化ではあ るが,dialysis provider注)は種々の面で挑戦を受けてお り,包括化の到来で新たな研究が必要となる.provider も医師も新制度に適合していく必要がある」と要約し ている.
Johnson
ら12)お よ びBhat
ら13)は,非 営 利 小・中 規 模透析施設の立場から,出費抑制などに利点があるが,一方にいくつかの懸念事項があると以下のように指摘 している.
① 小・中規模施設では
QIP
による罰則を回避す ることは大規模施設に較べて容易ではなく,将来 的に予定されているQIP
はさらに事態を難しく することを懸念する.② 使用する医療機器や薬剤の購入において大規模 施設のような「数」の強みがなく,購入価格を低 く設定できかねる.
③ すでに始まっている透析施設の資本的な統合が 促進する恐れがある.
Peckham
14)は在宅透析を支援する立場から,支払いの再編成が透析を向上させ得る可能性を秘めている