第 3 章 年金改革と都市と農村間格差の展開:農民工の年金加入問題
第 4 節 農民工をめぐる公的年金制度の展開
4.2 農民工年金の試行錯誤期(2000 年前後)
ところが、2000年に入ってから、流動人口の急増によって人口流入都市から先行的に農 民工の社会保障問題に注目し始めた。その背景には、各モデル地域において農民工を含む被 用者年金制度の適用拡大を図ることで共通しており、年金加入率を高める手段の一つとし て農民工の年金制度を取り入れた。ところが、全国的に統一された政策や管理機関が設置さ れなかったため、各地域において独自なアプローチがなされた。すなわち、農民工をめぐる 年金制度の変遷の中で、2000年前後は地域別の試行錯誤期として位置づけられる。
表3-2 既存農民工年金モデルの比較
独立型 総合型 併入型
代表都市 北京市
(南京、天津、夏門)
上海市
(成都)
深セン市
(南寧)
開始時間 2001年 2002年 1998年 特徴 農民工年金だけを対象とし
た専用の制
都市就業者とは別に、年金と
医療、工傷を総合した制度 就業者年金として扱う 報酬月額の
確定 前年度北京市最低平均賃金 前年度上海市現役世代平均
賃金の60% 実質賃金
保険料率
企業負担:19%
農民工負担:8%(2001年当 時は7%)
→個人口座11%
企業負担:総合保険料率
12.5%(うち、年金7%)
農民工負担:なし
業負担 :20%(国営企業)
12%(私営企業)
農民工負担:8%
→個人口座11%
給付方式 一括給付 一括給付 毎月給付
メリット
①特定化した管理による基 金確保
②低負担による加入インセ ンティブの拡大
③準市民待遇の実現
①企業と本人負担の軽減
②民間保険機構による管理
①就業者と同じ待遇で公平
②都市と農村年金の一本化 に有利
③制度設計におけるコスト の軽減
デメリット ①所得の比較的高い農民工 の年金権益を阻害
②制度設計における高額な コスト
①基金規模が小さく、リスク に対応しにくい
②部分的積立方式ではない ため、企業・農村年金との 接続に不利
①高い保険料率により農民 工の加入率が低い
②農民工の低コストという メリットがなくなり、就 職が困難
(資料)「北京市農民工養老保険暫定方法(北京市农民工养老保险暂行办法、125号)、「上海市 外来就労人員総合保険の暫定方法(上海市外来从业人员综合保险暂行办法、123号)」及び「広 東省社会養老保険施行細則(广东省社会养老保险实施细则、57号)」に基づいて筆者作成
ここでは、主に三つのモデルに分類することができるが、表 3-2 で示しているように、
①北京を代表とする独立型の年金制度、②農民工の医療と工傷(労災)等の包括的な社会保
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障を採用する上海モデルと、③就業者年金として取り扱う広東モデルが挙げられる。以下で は、各モデルの具体的な取り組みを比較しながら、農民工年金制度に対する効果を分析して いきたい。
4.2.1 独立型(「低報酬月額、低保険料率、低受給年金」の北京モデル)
このモデルは、就業者年金制度に類似するものの、農民工だけを対象とする専用の法律や 制度を策定しており、北京と青島が代表地域として挙げられる。原則的には、農民工の実際 の保険料支払い能力を考慮した上で、就業者年金制度より低い報酬月額と保険料率を改め て設定し、それに応じて給付額も就業者年金に比べて低くなるのが特徴である。
具体的には、北京の取り組みを見ながら分析していきたい。まず、就業者年金と同じ構造 として、企業と農民工の両者負担によって構成されるが、保険料率の設定が異なっている。
すなわち、企業と農民工がそれぞれ前年度現役世代の最低賃金の19%と7%(その後8%へ 引き上げ)を負担し、合計15年間加入すると、60歳(女性は50歳)から農民工年金給付 が受給されると定められている127。
この制度も、部分的積立方式であるため、給付部分は個人口座(当時は 11%)と社会プ ールに分けられるが、個人口座の給付方式においては就業者年金制度と異なり、一括給付の 形式を採用している。一方、社会プールは就業者年金と同じく拠出期間に比例して計算され るが、具体的な算定方法については、合計で 1 年拠出した場合、その拠出年度における現 役世代の最低平均賃金が給付され、合計拠出年数が一年増加するたびに、それを基準に0.1 か月分の平均値が増加する128。
さらに、北京モデルにおいて、初めて都市と農村間の公的年金接続(养老保险转移接续)
に関する方針が言及されたが、農村へ帰郷する間には既存年金関係を保留し、北京市に再び 就職した際に継続して計上することが認められた。他方、他省(市)の農村年金へ移転する 場合は個人口座部分のみを認めるようになったが、現実における権益の実現は極めて困難
127 2001年9月1日の北京市労働と社会保障事業発展統計公報局による「北京市農民工養老保
険暫定方法(北京市农民工养老保险暂行办法、125号)に明確された。
128 すなわち、∑an ×(1÷x )×∑bxで計算されるが、そのうちa1 = 1,a2 = 1.1,a3=1.2
……an = 1+(n-1)×0.1で、∑an = n×(a1 + an )÷2になり、退職前年度において一年 未満であれば、その年の北京市現役世代最低賃金の平均数÷12×納付月数となる。ここで、n は合計拠出年数を表し、anは第n年の給付額計算係数、∑anは第1年から第n年までの合計 給付額計算係数の和であり、bxは第x年の北京市現役世代最低賃金を表し、∑bxは拠出開始 年度から第x年まで全市現役世代最低賃金の合計を指す。
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であった129。また、都市間の就業者年金制度の接続に関しても基本的に認められないため、
流動性の高い農民工に対して適切な制度であるとは言いがたい。
4.2.2 総合型(「農民工専用社会保障」の上海モデル)
それに対して、総合型モデルは、将来退職後の所得保障である公的年金制度にとどまら ず、現役段階で必要とされる医療や工傷(労災)等のその他の社会保障まで広範囲にわたる
「総合的な社会保障制度」であり、上海の取り組みとして知られている。
具体的には、2002年に打ち出された「上海市外来就労人員総合保険の暫定方法(上海市 外来从业人员综合保险暂行办法、123号)」によって、本人負担を伴わないと同時に、医療、
工傷(労災)及び「老年補助(年金に類似)」を一つの制度にまとめた上で、外来従業員に 対する企業負担を明確にした。このような総合的な社会保障制度は、前年度の現役世代平均
賃金の60%を報酬月額に設定し、保険料負担は企業負担(合計12.5%)のみで構成されて
いるため、低負担による制度設計から多くの企業及び農民工のコンセンサスを獲得しやす かった。したがって、公的年金制度の普及率が大幅に向上したと同時に130、財政上の持続可 能性からも高く評価された(鄭、2007)。
しかし、当該制度も他省の就業者年金等との接続が不可能であるため、人口の移動を制約 し、全国的に統一した年金制度の構築に適切ではないと考えられる。なぜなら、「老年補助」
は部分的積立方式を採用しておらず、報酬月額の設定や保険料率、給付条件等も既存就業者 年金と全く異なるからである。また、「老年補助」の財源には農民工個人の負担がなく、企 業負担によって賄われる総合保険料率(12.5%)に内包された部分として報酬月額の7%の みである。それによって、就業者年金制度に比べて年金財政収支規模が極めて小さく、定年 退職時には就業者年金のわずか1/4から1/6の年金額が一括で支給されるため、老後の貧困 を防ぐには限定的な役割しか働かないといえよう(桂、2004)。
4.2.3 併入型(「就業者年金」の広東モデル)
一方、広東、南寧等の地域においては、専用の制度を構築せずに、本来の就業者年金制度 の一つとして農民工年金を取り入れ、公平性と均等性を重視した公的年金制度を試みた。実
129 社会プール部分の移転に関しては依然として検討されなかった。
130 2003年まで77万人が加入していた当該制度は、2005年に247.7万人をカバーする大規模 な社会保障制度として発展した(胡、2006)。
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際、人力資源と社会保障部が 2009 年に策定した「農民工の基本養老保険に参加する方法 の意見請求稿(农民工参加基本养老保险办法意见征求稿)」においても、基本的に就業者年 金制度の枠組みで農民工年金制度を設計し、企業負担(12%)と個人負担(4%~8%)が 就業者年金制度より低いものの、給付算定方法においては年金保険料負担額に対応した就 業者年金制度とおおむね一致する原則が採用された。
具体的に、広東省は1998年の「広東省社会保険条例(广东省社会养老保险条例、23号)」
と2000年の「広東省社会養老保険施行細則(广东省社会养老保险实施细则、57号)」にお いて労働契約を結んだ労働者に対して強制的に就業者年金へ加入する方針を打ち出し、そ の中で農民工も含まれると明記した。個人負担は就業者年金の仕組みをそのまま導入して おり、前年度の本人毎月平均賃金の8%を個人口座に積み立てると定めた。それに対して企 業負担においては企業形態によって異なり、国営企業は20%を、私営企業は12%を全額社 会プールへ繰り入れるべきであるとした。
このモデルにおける最大のメリットは、政策展開コストを必要としないことである。農民 工を直接に就業者年金範囲に取り入れる方法は、前述「農民工市民化」の流れと整合的であ り、社会保障に対する均等な加入機会と給付条件の確保として、都市就業者との格差を是正 する効果が期待できる。しかし、本制度は農民工の実態(3D131事業への従事)を無視した 政策として、高い報酬月額の設定が農民工の経済力とかい離するという懸念も同時に指摘 された。したがって、接続問題の簡素化には役立つが、高い保険料率によって年金制度への 加入率が低く、加入していない農民工の老後保障の充実には繋がらないことになる。
すなわち、2000年前後において、初めて農民工の社会保障権益を確保する取り組みが各 地域で独自に展開された。しかし、地域間の移動を念頭においた政策ではなく、地域ごとで 当該地域の特徴に合わせた政策設計であるため、各々異なる制度が導入された。したがっ て、当時における就業者年金・農村年金・農民工年金という三者間の移転において、従来よ りも複雑に絡み合う結果になり、制度の断片化が強化されたことを受け、移動時に社会保障 を中断することが一般的であった。結論として、農民工に対する人口流入都市による年金改 革は一定の意義を持つが、期間労働者として流動性の高い農民工の利益を確保するには至 らず、重要な欠陥が残されている。
131 3Dとは不潔(dirty)且つ、過酷(demanding)で、危険(dangerous)な仕事に従事す る農民工の現状を表現する際によく使われる。