第 4 章 公的年金制度における官民格差と 2015 年改革
第 5 節 改革の効果と残された課題
5.2 一元化改革後に残された課題
これまでの 5.1 では、所得代替率を用いて機関事業単位年金制度の改革前後と改革後に おける官民格差を比較し、2015年改革が行われたにもかかわらず依然として官民格差が残 されていることを述べた。これからは、具体的に2015年改革後に残された課題を指摘し、
今後の改革方向について提言を行っていきたい。
5.2.1 不十分な企業年金(第2柱)
2015年における被用者年金制度の一元化改革で最も目立つ取り組みは、機関事業単位年 金制度において新たな職域加算年金制度である「職業年金」を導入したことである。
OECD 諸国において、欧州債務危機の影響が深刻な国々(ギリシャ等)を除くと、ほと んど多柱型年金制度を構築し、職域加算年金や個人年金の役割を強化した。一方で、中国に おける民間部門は依然として第 1 柱である公的年金制度のみに依存することが一般的で、
一般被用者の職域年金部分(企業年金)は極めて遅れている。それに対して、一元化改革後、
公共部門の被用者に強制的な職域年金が新たに導入されたため、新たな官民格差をもたら した。本章の5.1のシミュレーション結果から分かるように、職域加算年金による新たな官 民格差は加入年数の増加と賃金水準の上昇に伴って拡大することになる。しかし、年金制度 における長期加入と報酬月額の全額を把握することが年金財政の持続可能性に貢献すると 考えられる中で、官民格差の是正と長期加入の促進が矛盾しており、民間被用者のうち高所 得者による報酬月額の恣意的な引き下げ等が懸念される。
民間部門における「企業年金」の具体的な実施状況について、『2017年度人力資源と社会 保障事業発展統計公報』の公表データを用いて説明すると、2004年の「企業年金試行方法
(企业年金试行办法、20号)」が打ち出されてから13年間展開された「企業年金(一般被 用者の職域加算年金)」は制度的に任意加入であるため、十分に普及されておらず、2017年 までの加入企業数は8.04万社(全国企業法人数の10%未満)で、加入者数は就業者年金制 度加入者全体の5.8%に過ぎない175。中でも、北京、広東、河南では加入企業数の減少さえ も観察されている。さらに、2017年までの累計積立金(累计结余)は 1兆2,880億元で、
公的年金財政収支(基本养老保险基金累计收入)の 29.3%に留まっており、運用利回りも
全国平均3.03%で、十分な収益性が確保されていない。
175 鍾(2005)で指摘されたように、企業形態別や地域別の進展具合が異なっている。2018年 現在、民営企業、特に中小企業の加入率が極めて限定的であるといえよう。
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すなわち、中国における企業年金は、加入状況や積立金規模、地域間格差及び投資収益に おいて限定的な役割しか果たしていない。そのため、OECD諸国のような税制優遇策を始 めとする諸対策を用いて176、民間部門の加入インセンティブを促進すると同時に、積立金 の投資運営に関してより多様化した選択肢を与えることが望ましいと考えられる。
5.2.2 移行コストの対処
賦課方式から積立方式への移行には必ず「移行コスト問題」が発生する。OECDではチ リの事例が典型的であるが、中国における就業者年金制度の改革当時も、個人口座(積立方 式)の導入により膨大な移行コストが発生し、それによる個人口座の空洞化から年金制度に 対する不信感が増大した。
同様に、2015年における機関事業単位年金改革でも「老人」と「中人」の改革前の個人 負担及び雇用主負担分に関して移行コスト問題が生じることが予測される。その対処に関 しては、現状を反映した試算に基づいてスケジュールを明確に定め、国レベルの具体的な対 策を講じるべきであり、特に負担主体を明確にしなければならない。
聶(2014)の推計によれば、事業単位の中人に対する移行コストは3兆7千億元で、機 関単位の中人に対しては4兆5千億元必要とされる。このような膨大な移行コストの財源 確保に関して、目前の政策では詳しく言及しておらず、今後の課題として挙げられている が、第 2 章で述べられた NDC 方式の議論と包括的に議論していくことが必要不可欠であ る。
5.2.3 退職年齢の引き上げ
制度的な被用者年金の一元化改革後、公的年金制度全般における年金財政の持続可能性 問題を避けて通れない。前述した移行コスト問題に加え、被用者年金制度全般における退職 年齢の引き上げも、年金財政の健全化において先進諸国で多く取り組まれる手段である。
日本を含むOECD諸国では、比較的早い段階から退職年齢の引き上げに関して具体的か つ漸進的な改革案を打ち出し、現在の平均退職年齢は男性が 65.5 歳、女性が 65.4 歳にな る。しかし、前述したように、中国は依然として建国当初の退職年齢を維持しており、男性 が60歳、女性が50歳(幹部は55歳)である。篠塚・永瀬(2008)のパネル調査から、諸
176 鄭(2017)では、アメリカとイギリスにおける租税優遇措置を議論しながら、中国におけ る企業年金制度の普及拡大に対して提案を行っている。
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外国と異なり、中国では女性が男性より平均 5~10 年も早く定年を迎えるため、また再就 職が難しいことから中高齢女性の専業主婦化現象が見られると指摘されている。退職年齢 の引き上げと被用者年金一元化を総合的に考慮した于他(2017)の研究でも、年金財政の 持続可能性に対して退職年齢の引き上げが大きな役割を果たすと検証し、特に機関事業単 位における効果が大きいと議論した。
十八届三中全会において「漸進的に退職年齢を延長する(渐进式延迟退休年龄)」全体的 な方向性を示したが、引き上げに関する詳しい実施案は未だに検討中であり177、目標とし て少なくとも2021年から実行段階に入る予定であると公表された。ここでも、先進諸国で 主として採用された「平均余命と連動する漸進的な改革」が望ましいという意見が多く、段 階に分けて実施する可能性が高い。
第 6 節 小括
近年における人口高齢化の進展及び年金財政の悪化により、世界各国では公的年金制度 の所得代替率を引き下げると同時に、自助努力による企業年金や私的年金制度のウェイト を拡充する試行錯誤を展開してきた(有森、2011)。その一環として、公的年金制度におけ る被用者年金制度間の格差を是正することによって、国民の信頼を獲得するだけでなく、年 金財政の健全化に対しても積極的に機能すると見込まれる公務員年金改革が広範囲で行わ れてきた。
本章では、三つの格差問題のうち、官民格差問題に関して述べており、世界的な年金改革 を意識しながら公的年金改革を遂行してきた中国の取り組みとして、2015年の「被用者年 金制度の一元化改革」に焦点を当てて分析を行ってきた。その中で、近年におけるOECD 諸国の一元化改革経験も念頭に置きながら、世界的な年金改革潮流と一致することを示し た。すでに述べたように、分立した年金制度は中国独特な問題ではないため、早い段階から 改革に取り組んだ先進諸国の経験を部分的に取り入れてきた。
177 例えば、中国社会科学院人口と労働経済研究所及び社会科学文献出版社が2015年に共同 で発布した『人口と労働緑書(政策提案書)-中国の人口と労働問題に関する報告書No.16
(人口与劳动绿皮书:中国人口与劳动问题报告No.16)』では、被用者年金制度における女性 幹部と女性工人間の退職年齢を2017年まで55歳に統一した上で、2018年から女性の退職年 齢を3年ごとに1歳、男性は6年ごとに1歳引き上げ、最終的に2045年には男女ともに65 歳まで延長することを提案した。
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2015年改革は、制度設計を形式的に近似させることによって、公的年金制度における公 平性の向上に対して確実に機能したため、改革後の機関事業単位年金制度と就業者年金制 度の間に共通点が多数みられることを検証した。しかし、強制加入の職域加算部分(標準報
酬月額の 12%)を加味すると必ずしも官民格差を完全に解消したとは言い切れず、OECD
諸国におけるグループC に形式的に近似することになる。特に、機関事業単位年金制度と 就業者年金制度間の所得代替率の差が加入年数と賃金水準に比例して拡大するため、就業 者年金制度に加入する長期加入者や高所得者がより高い不公平感を抱えると考えられる。
職域や地域を超えた柔軟な社会保障制度に対する需要がますます拡大される中、先進諸 国の経験を取り入れながら、今後は年金制度全般からより具体的な政策設計を整備してい くことが期待される。