第 5 章 公的年金制度の地域別断片化と省間格差
第 4 節 公的就業者年金制度の地域間格差
4.2 各指標から見た地域間格差
李・陳(2017)によると、年金制度における地域間の財政規模格差の決定要因として、
①国民所得や一人当たりGDP 等の経済要素、②年金加入者数や普及率等の制度要素、③高 齢化率や退職者数等の人口構造要素と④財政収入規模、社会保障給付構造等の財政要素が 挙げられる199。
したがって、本節では、①普及率指標(カバー率)を用いて制度要素を概観し、②制度扶 養比率によって人口構造要素を表する。また、③制度における給付水準(所得代替率)と負 担水準(平均保険料負担率)から財政要素を検討し、省間及びブロック内格差の時系列推移 を見ていきたい。年金加入状況及び財政収支状況については国家統計局による『中国統計年 鑑』に記載された数値を採用し、その他データについては『中国労働年鑑』を参照しながら、
推計を行っている。
4.2.1 カバー率
第一に、就業者年金制度の普及程度を概観することによって、制度的な成熟度を判断す る。本節のカバー率は、都市部の現役年金加入者数を都市部就業者数で割ったものである が、分母では都市部で働くすべてのもの(自営業者や非正規労働者等も含む)を採用してい るため、人力資源と社会保障部による統計データよりやや低い数値になる。
図5-4から分かるように、全国における平均カバー率はおおむね2010年まで増加し、
199 李・陳(2017)56頁。
132
その後減少しつつあり、最新の2015年には全国平均65%を記録した。そのうち、東北が平
均81.4%と最も高く、次に東部が80.1%である。一方、中部と西部ではいずれも60%以下
であり、言い換えると労働者5 人のうち2人が年金制度から除外されることになる。全体 的に言うと、経済発展水準が高い東部及び旧工業基地として国有企業が多い東北地方はカ バー率が比較的に高く、年金制度が広く普及されている。ここから、中西部における年金制 度の普及率が依然として低く、今後カバー率の拡大に力点を置くべきであると考えられる。
図 5-4 カバー率の平均値(左)と変動係数(右)の推移
(資料)『中国統計年鑑』(各年版)及び『中国労働年鑑』(各年版)により筆者計算
他方、全国的な格差は近年やや増加傾向にあり、2015年に0.29となった。ブロック別で は、西部内格差が最も大きく、2014年まで全国水準を上回っていた。一方、前述した平均 カバー率は高いものの、東北内における格差拡大が目立っている。それは、東北三省のう ち、遼寧省と黒竜江省におけるカバー率が近年増加傾向にあるのに対して、吉林省の場合、
分母(都市就業者数)の増加幅が分子(年金納付者数)の増加幅を大いに上回っているため、
カバー率が全体的に減少傾向にあることに起因する。他方、中部はここ十年間やや拡大され たのに対して、東部地域はおおむね横ばいしている。
すなわち、近年、全国における都市流入労働者の増加により分母が拡大されたため、全体 的にカバー率が低下し、なおかつ変動係数から見ると省間格差が増加している。中でも、東 部は全体的に制度が成熟しているため、カバー率が高く、地域内の格差も小さい。それに対 して、東北も高いカバー率を維持しているが、地域内の格差がますます拡大されている。ま た、西部のカバー率は比較的に低い水準に留まっているが、地域内の格差が極めて大きいこ
67.1%
65.0%
81.4%
58.4%
51.7%
50.0%
60.0%
70.0%
80.0%
90.0%
0.26
0.29
0 0.1 0.2 0.3 0.4 全国 東部 0.5
東北 中部
西部
133
とが特徴である。
4.2.2 制度扶養比率
第二に、年金受給者数対年金納付者数で計算された制度扶養比率を用いて制度内におけ る人口年齢構成の特徴を検討する。
図5-5でまとめられた各ブロック別の平均値を用いて近年の動向を概観すると、東北に おける制度扶養比率が急速に上昇しており、極めて厳しい状況に直面している。例えば、
2015年における東北の平均制度扶養比率は64.7%であり、言い換えると一人の年金受給者 を1.78人の現役世代が支えることになる。それに対して、東部地域の制度扶養比率は30.5%
と東北地域の半分以下であり、なおかつ全体的に低下傾向にあるため、今後の地域間の格差 がより拡大すると予想される。
図 5-5 制度扶養比率の平均値(左)と変動係数(右)の推移
(資料)『中国統計年鑑』(各年版)及び『中国労働年鑑』(各年版)により筆者計算
加えて、省間格差を表す変動係数から考察すると、全国における省間格差が 2005 年の 0.27から2015年には0.32へと増加し、4指標のうち最も高い変動係数を記録した。東部 は、制度内の人口構造が最も若年化しているものの、東部内における格差は全国水準を上回 る。一方、西部は現役加入者数が少ないのに対して、地域内における格差が比較的大きい。
4ブロックの中でも、東北内の格差が最も小さいが、これは、東北三省とも深刻な制度内の 人口構成問題を直面していることを示す。
全国平均, 38.3%
41.6%
30.5%
64.7%
41.3%
45.3%
25%
30%
35%
40%
45%
50%
55%
60%
65%
0.27 0.32
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
全国 東部
東北 中部
西部
134
4.2.3 所得代替率
第三に、一人当たり平均年金給付(年金支給額/退職者数)を当該地域現役世代の平均賃 金200で割った所得代替率を計算したが、これは世代間の視点から年金給付水準を評価する 一般的な指標である。
なお、中国における就業者年金制度では賦課方式部分が含まれるため、図5-6で示され ているように、高齢化の進行に伴って平均水準も当然ながら引き下がっており、特に西部に おける変動幅が最も大きい。ところが、全体的に45%~49%の間で、比較的低い水準にとど まっている201。
図 5-6 所得代替率の平均値(左)と変動係数(右)の推移
(資料)『中国統計年鑑』(各年版)及び『中国労働年鑑』(各年版)により筆者計算
一方、省間及びブロック内の格差を表す変動係数は、全国水準でほぼ横ばいすることにな る。ブロック内でみた場合、東部は平均代替率が最も低い(45.2%)ものの、ブロック内に おける格差は全国平均より高い数値を記録した。東北は、比較的に高い所得代替率を維持し ているが、域内格差が小さく、三省とも年金給付水準が比較的高いことになる。とはいえ、
ほとんどの変動係数が0.15以下であり、ほかの指標に比べると、省間、及びブロック内格 差が少ないことになる。すなわち、年金給付水準は、全国において 47%前後の代替率で確
200 年金制度の加入者はおおむね正規雇用者であるため、現役世代の平均賃金は都市部の「在崗 職工賃金(在岗职工平均工资)」データを採用しているが、これは都市部就業者全体の平均水準 より割高である。
201 前述したように、所得代替率の分子と分母の取り方によって結果が異なるため、厳密には 制度の目標とする代替率(59.2%)と比較することができない。
52.3%
46.8%
45.2%
49.1%
44%
46%
48%
50%
52%
54%
56%
0.15 0.15
0 0.1 0.2 0.3 0.4 全国 東部 0.5
東北 中部 西部
135
保されている。その理由として、①年金の徴収段階における標準報酬月額に上下限が設けら れていると同時に、一定の年金給付公式に基づいて計算された年金給付は拠出分に対応す る仕組みであるため、分母である平均年金給付額は収れんすると考えられる。また、②年金 給付負担が大きい地域でも給付責任を賄うために財政補助金を投入していると理解するこ とができる。
4.2.4 平均保険料負担率
第四に、一人当たり平均保険料負担率を利用して省別の現役者負担を考察するが、ここで は近似的に、一人当たり平均年金基金収入(年金基金収入総額/年金納付者)が各省の都市 現役就業者の平均賃金に占める割合で計算される202。
図 5-7 平均負担率の平均値(左)と変動係数(右)の推移
(資料)『中国統計年鑑』(各年版)及び『中国労働年鑑』(各年版)により筆者計算
図 5-7 は、平均負担率の変化を表している。全体的に、制度上の保険料負担率(合計 28%)より低く、なおかつ近年において低下しているが、実際には中央と地方政府による 補助金が拡大された部分も含まれているため、必ずしも被用者と企業負担が低下したとは 言い切れない。地域別では、2015年における平均負担率の中で、東北が最も高い27.8%を 記録したのに対して、東部は15.7%と極めて低い。現実でも、東部における年金財政が安定
202 省別年金徴収額のデータは2011年以降しか入手できないため、本節では、近似的に財政補 助金を含む基金収入総額で計算したが、単に年金徴収額のみ見た場合でも2015年における東 部平均保険料負担率が最も小さく(12.9%)、中部平均が15.7%で、西部平均が16.7%、東北
平均が18.0%と最も高い。
24.4%
21.0%
15.7%
27.8%
23.2%
15%
20%
25%
30%
0.23 0.25
0 0.1 0.2 0.3 0.4 全国 東部 0.5
東北 中部
西部
136
しており、保険料率を引き下げる地域もしばしばみられる(福建や浙江等)。
要するに、カバー率が高く、制度内において年齢構成が高齢化している東北において、年 金給付がその他地域とほぼ変わらない水準を維持していることは、現役世代と政府の高い 負担によって実現されていることが考えられる。他方、沿海東部地域における現役者は比較 的低い負担をしながら、老後においては比較的高い年金給付が得られることになる。
さらに、ここでも東北内は格差が小さく、三省とも現役世代と財政負担が大きい特徴が明 らかである。他方、西部は比較的高い負担率に加え、域内格差も高いため、西部内の均衡し た制度展開が必要であることを示唆する。
全体的にまとめると、東部は制度が広く普及されており、なおかつ流入人口により制度内 人口構造が若年化する傾向がみられると同時に、現役世代の一人当たり負担も少ない。さら に、このような有利な立場は今後ともますます強化される見込みである。ただし、近年減少 されているものの、東部内における格差が依然として大きいことが課題として考えられる。
逆に、東北も国有企業を大量に抱える歴史的な要因から制度展開が広範囲にわたってい るが、その後の経済衰退と人口高齢化の進展により人口構造が極めて高齢化し、その上、所 得代替率も比較的に高いため、現役世代と財政負担が最も高いブロックになる。域内の格差 についてはおおむね最も小さい水準であり、すなわち、東北三省ともこのような厳しい状況 に直面していることになる。
一方、西部は依然としてカバー率が低く、併せて人口構成も比較的高齢化しているため、
現役負担が比較的高い。それゆえに、西部地域における普及拡大を図ることによって、年金 財政の持続可能性を確保することが求められる。さらに、全体的に域内格差が大きいため、
バランスの取れた制度展開が必要とされる。