第 5 章 公的年金制度の地域別断片化と省間格差
第 3 節 地域別断片化の背景
3.2 財政における中央政府と地方政府間関係
本格的な議論に入る前に、中国における中央政府と地方政府の役割分担がどのように規 定されているのかについて述べておきたい。中華人民共和国の憲法第三条では、「中央と地 方の国家機関における責任分担は、中央の統一の統率(领导)の下で、地方の主導性・積極 性を充分に発揮させる原則に従う」と定めており、言い換えると、中央は法律、政策、制度 制定や公布を行う政策決定責任(决策责任)を有するのに対して、地方政府は日常管理を含 む政策実行(执行)を行う。
項目別でみると、年金制度や最低生活保障制度等の賦課方式の給付責任において、中央政 府は確定された責任を負うのに対して、年金財政の均衡に対する責任、言い換えると最終的 な年金財政均衡責任は地方政府にある。反対に、社会救済や被災救援は地方政府が均衡責任 を負うが、結果的に中央政府の財政補助に依存することが多い。すなわち、中国における公 的年金制度は中央補助を伴っているが、基本的には地方政府が管理運営する仕組みとなる。
しかし、従来における中央と地方政府の責任分担は交渉や行政指示の形式によって地域別 に異なるため、具体的な詳細まで把握することが困難であり、法律的に明確化した分担構造 が必要不可欠である186。
一方、前述した中央と地方政府間における財政関係変化の背景には、「分税制」による中 央と地方政府における役割分担の変化が挙げられるが、ここから図5-1を用いてこれまで
185 具体的には、本章第4節で地域別データを用いて説明を加える。
186 鄧・汪(2018)10頁。
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の経緯について分析を加える。
図 5-1 中国における地方と中央財政規模対GDP比及び地方シェア
(注)1978年までは計画経済期(うち1958~1962年は大躍進期で、1966~1976年は文化大革 命期)であり、その後改革開放を経験する中で、1980~1993年は財政請負期で、1994年から現 在は分税制期と分類される。
(資料)『中国財政年鑑』(各年版)より作成
図5-1は、1953年から2017年までの中央財政収支対GDP比、地方財政収支対GDP 比及び中央・地方合計財政収支対 GDP 比と地方収支シェアを表したものである。まず、
1979 年改革開放前の計画経済期では、1958 年の大躍進期時代(工業生産の過度な増産活 動)から地方財政収入が急増した点が特徴である。それは、「体制下放」として全体の88%
の国有企業が中央から所在の地方政府に移管され、その企業収入や各種税収が地方の財政 収入となったことから起因する。ところが、ここで一つ明確にしなければならないのは、計 画経済期における地方政府の財政収入は「制約」が極めて多いものであり、原則的には中央 政府へ財源が集中されるため 、地方政府は中央に従属する立場(中央政府の派遣組織)に
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財 政 支 出
地方シェア(右目盛り) 地方財政収支
中央財政収支 中央・地方計
1994, 44.3%
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財政 収 入
財政請負制 分税制
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過ぎない。また、谷口(2007)でも強調されたように、当時両者における歳出・歳入の責 任区分が明確でなく、中央政府へ上納金(地方から中央)や支出超過地方への補助金(中央 から地方)を実施したため、統計上では地方政府の歳出増加であるが、その裏では地方政府 から中央政府への巨額の純移転が行われていた。
その後、改革開放以降の1980年から1994年までは財政請負制(分級包幹制)を採用し たが、ここから各省がそれぞれ徴税機関を有して徴税を行うようになった。地方政府が中央 政府から請負を行い、一部の上納金以外は自由に使用することができたため187、制度導入 における地方政府のコンセンサスが容易であった。これによって地方政府のインセンティ ブを引き出し、改革開放における地方政府の主導的な役割を明らかにするのに効果的であ り、地方歳入割合も徐々に拡大した。ところが、その便益が及ぶ範囲のみを重視する「地方 主義」から省間の分断を招き、省間格差が拡大されたり、更に中央への上納金を恣意的に抑 えたりする現象が頻繁に確認された。これによって、資源の効率的な配分に歪みをもたら し、GDPに対する国家財政の割合も年々低下するようになった。言い換えると、改革開放 を通じて経済全体に占める財政活動の比重が縮小し、「小さな政府」へ切り替えたことにな る188。
上記の局面を見直す目的から「分税制改革」が行われたが、これは徴税管理の規範化と中 央政府による再分配機能の強化(中央政府の歳入拡大)を図ろうとするものであった。言い 換えると、形式的には地方政府の権限が拡大されたように思われがちであるが、実際には財 源が中央政府に集中されたため、集権を強化する改革であった。具体的には、それまで100%
地方税収として認められていた最重要税目(国内増値税189)を中央75%、地方25%の共有 税にし、将来的に税収増加の多くを中央財政に計上した。さらに、2002年からは大幅な増 収が予測される企業所得税と個人所得税をそれまで原則地方税であったものから共有税に 見直した190。一連の税制改革により中央財政力が急増したが、それに対して地方政府の財
187 中央への上納金とその比率に関して明確された規定が設定されておらず、具体的な地域の経 済状況や交渉によって個別に決定されたため、地域によって大きなばらつきがあったと思われ る(許、2015)。
188 梶谷(2011)36-37ページ。
189 増値税(value-added tax、VAT)は、日本の消費税に対応するが、3段階(16%、10%と
6%)で税負担を転嫁するインボイス方式の付加価値税である。2017年における国内増値税は
5兆6,378億元で全国一般公共歳入の32.7%を占めており、依然として最主要税目である。
190 一部国有鉄道や郵政、銀行等は中央税であり、その他は共有税にされたが、分配率が 2002
年の50:50から、2003年より中央が60%へと引き上げられた。
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政収入シェアは大幅に減少した。
他方、中央政府と地方政府の役割分担も整理され、安全保障、外交、国家機構の運営費等 を中央支出とし、それ以外は地方政府支出と定められた。その結果、図5-1で示したよう に、政府全体における地方政府の支出割合が引き上げられたのに対して、その財源シェアは 縮小され、地方政府の事務配分と税源配分におけるアンバランス問題が浮上した。
これを緩和するため、中央と地方政府間における財政移転のフレームワークも本格的に 整備され始めたが、地方政府の既得権益を保障する「税収返還(税收返还)191」を主とした ため(1994 年当時は財政移転総額の 75.4%)、地域間財政格差の均等化に対して十分に機 能できなかった192。また、二つの地方主義193による地方政府の債務拡大に加え、都市化と 少子高齢化の進展を背景に、地方財政負担はますます拡大されたと考えられる。
確かに、社会保障政策の整備により、地方財政調整制度のうち用途が指定されていない
「一般性財政移転」と用途が指定される「専項財政移転」両方における社会保障関連費の支 出項目が拡大され194、中央政府の責任が強化されてきた。例えば、2016年における中央政 府の財政調整を加味した場合、一般公共予算支出における社会保障関係費の支出割合は、中
央が 33.6%であるのに対して地方が 66.4%を占めている195。しかし、分税制以降の地方分
権化により、社会保障関連支出含む地方政府の財政支出負担が拡大されたと同時に、地域間 格差も高まりつつある中で、地方財源を確保する地方税制度の整備、なおかつ財政力格差を 考慮した新たな財政調整制度が求められるようになった。言い換えると、教育部門の専項補
191 税収返還制度は、中央財政力を確保する分税制改革をスムーズに進行させるために、減収 した地方政府に対して制度導入前の財政収入を保証する制度であり、地域間の財政調整機能が ないと考えられる。
192 地域間の財政格差の是正及び公共サービスの均等化機能が弱いことは曹(2016)でも確認 できる。
193 二つの地方主義は、内藤(2015)で述べられたもので、財政請負制による地方主義の拡大 と分税制後の土地財政による地方主義の再拡大で、地方財政における土地依存の拡大及び固定 資産投資等による地方債務の急増が大きな課題として指摘された。
194 例えば、社会保障制度の整備に伴って、2011年より一般性財政移転項目に新型農村養老保 険や都市住民社会養老保険補助を追加し、専項性財政移転項目に都市と農村困難群衆(貧困 者)への一時生活補助を加えた。
195 社会保障関係費に関する統計基準は国際機関によって異なり、具体的な範囲や項目の内訳 が統一されていない。加えて、中国における統計年鑑では社会保障関係費を独立した「類(項 目)」として集計されておらず、データの収集と統計も分散している特徴があるため(研究課 題研究チーム、2017)、ここでは、おおむね「社会保障と就業」、「医療衛生と計画生育」及び
「住宅保障」項目の合計額をとる。