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第 3 章 年金改革と都市と農村間格差の展開:農民工の年金加入問題

第 2 節 先行研究の検討

中国では、1970年代の改革開放を契機に都市部の優先発展論が主流となったが、それに よって、市場経済メカニズムの導入のみならず、農村部の安価な労働力や農産物を利用して 都市部の高度成長を実現する結果となり、都市と農村における二元構造のもとで格差が大 幅に拡大したと考えられる117

このような膨大な都市と農村間格差を受けて、政府側が「三農(農村・農業・農民)問題」

118への対応を打ち出したのはようやく2004年のことであり、そこから本格的に格差問題の

117 都市住民の食料供給と社会保障等を充実するために、1958年から「農村」と「非農村」と いう二元の戸籍に分かれるようになったが、それに伴う権益、保障と待遇も異なるように展開 した。すなわち、「農村」戸籍は、土地(責任地や宅基地)に対する権益が存在するのに対し て、非農村戸籍には教育、医療、社会保険、住宅のような社会福祉の受給が整備された。

118 中国農業大学の柯炳生教授によると、三農問題は広範で複雑な概念であるが、主に6つの 視点から説明できる。まず、農業問題は、農産品の供給数量と農産品の品質に関しての問題で あり、農村問題は農村の社会公共サービス(インフラと社会事業)と生態環境保護問題であ る。一方、農民問題は、農民の利益に直接関連する問題で、農民の経済収入や社会権利に関す る問題を指す(柯、2008)。

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是正に取り組むようになった。中でも、農民問題として、農民の身分であるが実際には農業 に従事していない特別な流動人口である「都市への出稼ぎ労働者」、すなわち、農民工をめ ぐる不平等な取り扱いが社会的問題として挙げられた。同時に、社会保険制度の相違によっ て都市と農村間の経済格差が逆に拡大することが検証されており119、矛盾している従来の 社会保険制度、特に、比較的早期に整備され、なおかつ中核的な公的年金制度に対する再検 討や整備も求められた。なお、農民工問題が注目された背景には、農民工数の急増も挙げら れるが、1985年に総人口の6.3%を占めていたものが、2000年に入って11.8%と約2倍ま でに増加し(盧、2012)、大規模な農民工をいかに公的年金制度へ取り入れるかについて大 幅に議論されるようになった。

公的年金制度の整備と「三農問題」が注目されるにつれ、農民工の公的年金制度に関する 議論・研究も行われてきたが、おおむね①制度間接続に対する提案と、②年金加入を阻害す る要因に対する回帰分析が主流である。そこで、本節ではこれらについて考察を行っていき たい。

2.1

年金制度の接続問題

鄭(2008)では、農民工に対する公的年金の制度展開をまとめた上で、農民工の年金加 入率が低い理由は制度間における接続移転政策の不備であると指摘し、主として統合レベ ルの低さ120によって招いた結果であると述べた。中国における公的年金制度は、省レベル によって分断化されているだけでなく、都市と農村間においても異なる年金制度が適用さ れるため、両者に該当する農民工の年金制度はグレーゾーンとしてあいまいな取り扱いが 多く、その年金権益も①都市と都市間及び②都市と農村間に移動することによって損なわ れる。すなわち、地域間を移動する際に、一つの地域に15 年以上加入しないケースでは、

企業負担(報酬月額の20%)による賦課方式の社会プール部分が他地域によって認められ なくなり、結果的に個人口座(被用者負担の8%部分、積立方式)のみ退職時に一括給付さ れることになる。

同じく年金制度の接続に関して、鄭(2007)はポータビリティ(portability、便携性)の 視点から分析を行っているが、ポータビリティの欠如により、①年金加入者の年金受給資格

119 星野(2012)。

120 中国における公的年金制度は、省レベルによって統合される特徴があるため、社会保障に 対する省政府の裁量権が大きく、省ごとに実施状況が異なることもしばしば見られる。

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が毀損されるため、公平性に欠けており、②年金加入者の適用拡大にも影響を与え、未加入 率や未納率の上昇を引き起こすおそれがある。さらに、③農民工の老後生活保障に対する選 択に歪みをもたらし、「老齢期における貧困を防ぐための最低生活を支える(ナショナル・

ミニマムの保障)」という制度目標からかい離することになる。それにとどまらず、農民工 は老後収入が極めて少ないため、貧困老齢者として生活保護制度に依存する傾向が高まる と考えられる。それによって、農民工自身の公民権が侵害されるだけではなく、財政にも大 きな負担を与えるに違いないと主張した。

また、呂・趙(2011)では EUの経験を積極的に取り入れるべきであると指摘し、中で も、労働力の自由移動を阻害しないような「社会保障法令」が必要不可欠であると議論し た。すなわち、「分断計算」のルールに従って、移動地域すべてが当該農民工の年金給付に 責任を持ち、合計した年金額を最終給付額とすることが望ましいと提案した。

以上のように、制度間の接続問題に関する議論はあくまでも制度的な変遷に注目し、年金 制度の都市と農村間における携帯性改善の過程とそれに対する提案を行うことが共通して いる。しかしながら、制度改正による制度的な壁が解消されつつある中で、農民工の年金加 入が依然として低迷している現状を十分に説明するには至らず、より広範囲な検討が必要 とされる。

2.2

年金加入の要因分析

年金加入の要因分析に関する先行研究のうち、本論文と関連の深いものとして孫(2015)

と韓(2017)が挙げられる。

まず、孫(2015)は、農民工の個人特徴(年齢、教育、性別と業種)のみならず、実証分 析で見落としてきた概念である「農民工の市民化(農民工の都市住民化)」121を取り入れ、

代理変数として「就労地での居住時間」と「就労地における老後生活意識」項目を選択した。

その結果、市民化傾向と年金加入率における正の相関関係が明らかになった。さらに、「農 民工戸籍地県庁所在地から現就労地までの距離」を「制度統合の難易度指標」として考え、

社会保険の統合が困難であるほど、年金加入に対する抵抗も大きいと指摘した。すなわち、

農民工に対する教育の強化だけでなく、制度接続の柔軟化及びセーフティーネットの構築

121 農民工の市民化(civilianizing the rural migrants)とは、農民工が都市へ流入し、第1次産 業以外に従事することによって、その身分地位、就労方法、生活スタイルと価値観等が都市部 の市民へ近づいていく過程のことである(劉、2005)。

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が重要課題であると結論付けた。

韓(2017)では、湖北省における農民工の就業者年金加入状況と「都市融合程度」122の 関係から計量分析を行い、就業者年金制度の加入によって都市への融合度が高まったこと を指摘した。さらに、教育程度、就業形態、業種、及び労働契約の有無が、農民工の就業者 年金加入へ有意な影響を与えると述べた。

全体的にまとめると、従来では、流動性の高い農民工が年金制度から除外されるという制 度設計の視点から分析することが多かったが、近年におけるサンプル調査の充実に伴って、

年金加入率の低い理由に関する回帰分析が主流となっている。すなわち、公的年金制度、と りわけ就業者年金制度の加入率が分析の中心になりつつあり、①制度設計の阻害要素のみ ならず、②農民工個人の特徴や③雇用主の性質等に関する実証分析によって、今後の改革方 向を提案することが一般的である。なぜなら、都市部で就労する農民工は基本的に就業者年 金制度へ加入すべきであると考えられるが、普及率の拡大のみならず、年金負担に対応する 給付によって農民工の老後生活を保障することが望ましいからである。しかし、後述するよ うに、現状を確認したところ農民工の年金加入状況は属性別及び地域別に異なっているた め、先行研究のような制度展開の評価に向けて包括的に議論することは現状分析からかい 離したものにほかならない。

本章の特徴は、農民工をめぐる制度的展開のみならず、農民工の特徴と就労地における年 金加入における関係を具体的に議論することである。言い換えると、既存研究においては、

年金加入率が低い要因を検討する中でおおむね類似する結論が得られているのに対して、

本章では要素別に細分化した年金加入率の現状分析を通じて、農民工の年金加入における 課題を分かりやすくまとめることに力を入れる。さらに、人口流入の代表地域を選択するこ とによって、農民工の年金加入における地域別の特徴分析を試みることも本章の特徴であ る。なぜなら、同じく人口流入都市であっても、実際には、地域別における農民工状況が異 なるからである。したがって、より多くの農民工を年金制度へ適用するためには、地域別の 具体的な考察を通じて、地域ごとの特徴に合わせた制度展開に取り組むことが求められる。

122 「都市融合程度」に対する定義は統一されていないが、おおむね、農民工が農村から都市 部へ移動してから、所得水準、文化、戸籍、心理的認識等において都市部の市民と融合する度 合いを表し、客観的な指標(農民工の生活状況を表す社会保障等)と主観的な指標(都市への 移転志望等)によって分析することができる(黄・嘎、2010)。