1.3 視環境の最適化
1.3.2 視認に影響する要因
文字要因
ランドルト環と比較して,文字は視覚刺激としては複雑であり,読字評価は高 次の認知機能が関与する点で取扱が難しい.田中[142]は,晴眼者を被験者とし,
晴眼状態と視力0.3に統制したロービジョン状態での平仮名文字の見やすさを検討 したところ,ロービジョン状態では,明らかに文字の判読に多くの時間を必要と し,可読閾値が正常視力の約7倍になったとしている.ロービジョン者では,とり わけ,「ぱ」と「ば」の判別が特に困難であることを報告した.
岡田ら[155]の調査によると,一字ずつの文字の認知に関して,正眼児群とロー
ビジョン児群は,「は」と「ほ」,「る」と「ろ」,「め」と「お」,「あ」と「お」につ いての識別に有意差(1 %水準)が見られたと報告した.
徳田[137]は,ロービジョン児と晴眼児の漢字の読みと書きの成績を比較し,ロー
ビジョン児は,晴眼児と比較して成績が下回ることを報告した.
これらのことから,ロービジョン者の多くは,読み書きに困難を有することが 示唆された.
視力要因
五十嵐[105]は,ロービジョン児の平仮名及び数字の知覚と,それを規定する諸
因子との関連を統計的実験によって解析したところ,一文字読みのような単純な
視認では,視力の影響を極めて強く受け,他の因子の介入はほとんどないとしてい る.視力が高ければ,より小さいサイズの文字を視認できるということを示した.
中根[153]は,背景輝度が等しいランドルト環視標と,8ポイントの漢字を比較
した場合,2画は視力0.4に,文章は視力0.53に,23画は視力0.7に相当するとし て,同じサイズの文字であれば,より画数の高い文字を視認するために高い視力 が要求されると報告した.
小林ら[147]は,印刷文字の識別について識別距離と構造確認距離という概念を
用いている.識別距離は,漢字パターンの細部は識別できなくても漢字全体の形 体から識別が可能な距離をいい,漢字の字画,ストローク数に依存する.構造確 認距離とは漢字パターンの細部まで詳細に認知して識別が可能な距離をいい,被 験者の二線分離可能な視距離に依存することを示した.識別距離と構造確認距離 の両者について,文字の細部のストロークのみでなく周囲の構造にも影響を受け るため,ランドルト環を用いて計測される単純な視力からこの距離を算出するこ とはできないと報告した.さらに,五十嵐[105]は,三文字読みのように字数が増 加した場合には,知能などの視力以外の因子の働ぎが強くなり,練習効果がみら れると報告した.
Leggeら[15]は,ぼけが読みに与える影響について調べた.ぼけは,ディスプレ
イと被験者の間にディフューザと呼ばれる25×12.5cmのすりガラスを設置する ことで作られた.ぼけの強さは,ディスプレイからディフューザーの距離によって 調節され,距離の調節には,ねじ駆動の調節器を用いた.このような方法で,白
内障,円錐角膜,角膜損傷といったいくつかのロービジョンの見え方を再現でき ることを報告した.
観音ら[168]は,フィルタを用いてぼけを再現し,スネレン文字視標の読み取り
正答率に及ぼす影響を測定したところ,ぼけに対する神経系の順応効果による正 答率の向上が見られたとしている.
平井ら[161]は,高域,低域通過フィルタを行った文字パターンを,コントラス
トを徐々に上げながら提示し認識させたところ,文字パターン知覚に深く関与し ている空間周波数帯域は2〜10 cpdであることを明らかにした.
これらの報告は,1文字を判別する課題においては,視力の因子が強く働くこ と,特に文字判別に用いている2〜10 cpdの空間周波数帯域を視力的にカバーで きているか否かが重要であることを示している.一方,学習・生活場面における読 書においては,視力要因以外の様々な要因が強く働くことを示唆するものである.
コントラスト感度要因
窪田ら[57]は,ディスプレイに表示した文字の読取り速度を高齢者群と若齢者 群で比較したところ,高齢者群の方が若齢者群より14〜22 %低かった.この差は,
低輝度低コントラスト条件で大きく,高輝度高コントラスト条件で小さくなった ことから,高齢者群では,コントラスト低下による影響が若年者よりも大きいと している.特に高空間周波数域(8〜16 cpd)の,コントラスト感度の低下が認め られ,読み取り速度との相関がみられたと報告した.
視野要因
樋渡ら[178]は,アイカメラを用いて,日本語文章のディスプレイに対する晴眼
者の注視点の挙動を測定したところ,漢字混じりの日本語文章の読書の際,文字 サイズや種類にかかわらず,一点における停留時間は平均約0.27秒であり,移動 距離は平均約3文字であった.しかし,視野を制限すると,移動距離は1文字ご とに移動するようになり,読書速度の低下と認知力の低下がみられたと報告して いる.
森田ら[36]は,周囲に文字情報が存在する環境での横スクロール表示の読みに ついて検討したところ,表示可能文字数の増加に伴い,読書速度が速くなると報 告した.
GORDON Eら[15]は,ドリフト文字列の読みにおいて,表示範囲が広くなる
につれて読書速度が増加するのは4文字までで,それ以上,表示範囲が広くなっ ても読みレートに変化がないこと,文字のサイズによらないことを報告した.
小田[65]は,求心性視野狭窄の場合,狭窄が高度になるまで読書に影響しない こと,日本語の場合でもアルファベットの場合でも,5〜6文字程度が視野に入っ ていれば顕著な読書の障害は起こらないことを報告した.
中心視野障害要因
池田[121]によると,網膜は表1.14のように区分される.周辺部においては,偏
心度に伴う錐体細胞の減少から色覚劣化し,神経節細胞,視細胞の減少による視
表 1.14 網膜の偏心度による区分
区分名称 偏心度
中心小窩(foveola) 〜0.7゜ 中心窩(fovea) 〜2.6゜ 傍中心窩(parafovea) 〜4.3゜ 周中心窩(perifovea) 〜9.5゜ 近中心部(near periphery) 〜14.5゜ 中周辺部(middle periphery) 〜25゜ 遠周辺部(far periphery) 25゜超
力の低下が起こる.皮質において投射される皮質上の範囲が視野中心部では相対 的に広く周辺部では狭くなることから,周辺視における皮質拡大係数は低下する.
このように,網膜レベルでも皮質レベルにおいても,周辺視は中心視と比較して 多くの機能で劣る.特に形体視は周辺視では劇的に低下する.加齢黄斑変性症で は黄斑部の変性により中心視野が欠損し,著しい視力低下が起こる.この場合,移 動やリーチングなどにはほとんど影響が出ないが,高度な読書障害が起こる.
川嶋[45]は,中心視野障害のあるロービジョン者と,ないロービジョン者を対 象として,漢字仮名混じり文と平仮名単語の読み刺激の成績を調べた結果,中心 視野障害があるロービジョン者では,他のロービジョン者とは異なる特有の要因 による読書困難が起こっている可能性を示唆した.
山本ら[129]は,周辺視野では視力が低下し,文意の理解が読み速度に影響しな
いこと,1回の凝視で同定できる文字数の減少がみられることを報告した.
小田[67]は,加齢黄斑変性症では,読書速度の上下が激しく変化したり階段状 に漸増したりする曲線が得られること,文字サイズを大きくしても読書測度が高
め安定のプラトーを形成しないで単調増加になり,読書測度の絶対値は100文字/ 分を切るとした特徴があることを報告した.
網膜の暗点内部に島状に見える部分がある場合には,その部分だけが高い視力 を保持する.この場合,単語を提示すると,感度の良い小窓のような部分を使っ て読もうとする.そうした小窓がない場合,通常は暗点のすぐ外側の特定の場所 を使って単語を読もうとする.こうした中心暗点のある者が読書の際,好んで用 いる部位はPrefered Retinal Locus(PRL)と呼ばれる.Fletcherら[8]によると,
ロービジョン者の84%はPRLを確立しているという.中心暗点のあるロービジョ ン者で,視力検査や読書評価の値が安定しない理由として,複数のPRLを使い分 けている可能性が指摘されている.