第 3 章 印刷文字を閲覧する際の視条件評価チャートの提案 120
3.4 考察
複数の視条件を比較・評価できることになれば,ロービジョン者に最適な視条件 を選択提供できるようになると考えられる.
3.4.2 ランダム配置の妥当性
基準チャートとランダムチャートにおける誤差の比較により,ランダムに文字 を配置して検査することの妥当性が示された.文字をランダムに配置することで,
複数回の同一検査紙による検査で被験者が文字配列を暗記してしまうことによる 検査結果の不具合を防ぐことができる.
3.4.3 tConChart 曲線と読書曲線の関係
tConChart曲線では,30ポイントの文字サイズで最もVRが高く,文字サイズ
の減少とともにVRが低下する.1ポイントを0.351mmとすると,30ポイントの 最大文字幅は約10.5 mmで,視距離30 cmでの視角は2.0゜である.視角2.0°で表 せる最も低い周波数は,この範囲を黒で塗りつぶした状態で,1周期は視角4.0°,
視角1.0°あたり0.25周期となるから,この文字に含まれ得る横方向の最低空間周 波数成分は0.25 cpd(cycle per degree)である.文字サイズの減少や文字構造の 複雑化に伴って,文字に含まれる空間周波数は高くなる.コントラスト感度を空 間周波数ごとに調べたコントラスト感度関数(Contrast Sensitivity Function以下
CSF)において,伊藤[141]は,晴眼者では3〜4 cpdに,ロービジョン者では0.3
〜0.5 cpdにCSFのピークがあることを報告している.視距離30cmで17画漢字 を視認するために晴眼者が用いている空間周波数帯は,tConChart曲線において 文字サイズの減少に伴いVRが常に下降していることから,30ポイントの17画漢 字において既に晴眼者のCSFのピークである3〜4cpdを超えていると考えられる.
一方,空間周波数の高い漢字を視知覚するためにはロービジョン者側の視覚情報 処理系の空間解像度が漢字構造の複雑さに応じる必要がある[150]ことから,ロー ビジョン者では晴眼者とは異なり,各々の視覚特性に応じた特徴的なtConChart 曲線が計測される可能性がある.
tConChart曲線における視認レンジは,コントラスの低下という視認条件の悪
化に耐えて文字を視認する「視認能力の余裕の程度」を表していると考えられる.
これを「視認余裕度」と定義する.効率のよい読書では,文字を1文字毎に視認 しているのではなく,単語や文節といった,まとまった単位での視認を行ってい る.良好な読書速度が得られるためには,日本語でもアルファベットでも5〜6文 字程度が視野に入る必要がある[65].1文字毎ではなく,文節単位で文字を視認す るためには,相応の視認余裕度が必要であり,補正tConChart曲線における正規 化レンジの65%付近にCPSが存在することから,良好な読書速度を得るために必 要な視認余裕度はこのあたりに存在すると考えられる.
3.4.4 視条件最適化への適応性
五十嵐[105]は,1文字読みのような単純な判読では,視力の影響が極めて強い
と指摘した.tConChartは1文字読みである点で最小分離閾の影響が強いと考え られるが,tConChartで計測される視認余裕度は最小分離閾とは異なった性質を 持つと考えられる.最小分離閾は閾値であるのに対し,視認余裕度は閾値までの 幅である.コントラスト低下という負荷をかけることで,視覚器レベルにとどま らず,高次脳機能レベルの働きとしての文字視認能力が計測され,その結果,読 書速度と相関するものと考えられる.秋月ら[160]は,最大視力に対する各視条件 で得られる視力の比を視力比として視条件の評価を行っているが,tConChartは 視認余裕度を指標として視条件の評価を行おうとしている.視認余裕度と読書速 度の相関が高いことから,高い視認余裕度を得られる視条件において,より楽で 安定した読書が可能になることが期待できるからである.加えて,tConChartに よる評価は1分〜2分程度で実施可能であることから,複数の視条件を効率よく比 較評価しながら,より読書に適した視条件を選択する方法として活用できる可能 性が高いと考えられる.