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西村メール

ドキュメント内 エッセー (ページ 32-35)

イチローのように実績を出し続ける人、勝ち続ける人はかっこいい。自らもそうでありたい と憧れを抱き、動作や話し方をまねてみたり、場合によっては語録を集めたような本を読んで みることもある。しかし、思い描いた如くの自分になるのは究めて難しい。

 実績を出し続ける人とそうでない人と、一体どこが違うのだろうか。根本的に人間のレベル が違うのだろうか。そうでなければ何か隠された秘密でもあるのだろうか。… 大体こういう思 考は想像から始まるもので、本気でその答えを探しに行っていないだけに、確かな結論が出る ようにはなっていない。というよりも、心はその「秘密」を既に知っており、知っているが故 にあえてそれを直視しようとはせず、別の安易な道を模索しているに過ぎない。このことを認 めるにはちょっとした勇気が必要だが、一本のメールがその勇気を与えてくれた。

 若い頃に京都のアマチュアテニス界のトップに立ち、長年その座を守り続けて来た西村コー チだが、ここ数年は力が落ち始め、昨年に至っては優勝にからむ前にトーナメントから姿を消 すことも多くなった。もう西村コーチの時代は終わったと誰もが思ったことだろう。だが今年 に入ってからのコーチはまるで別人だ。鬼神のように勝ちまくっている。私は思わず

「コーチはかっこいいですね!」

と言ったところ

「何で?」

と問い返されて口ごもってしまった。

「何でって …」

 コーチも今年で既に45才だ。この年になるとスポーツ選手としてさまざまなハンデを背負 うことになる。視力が衰え、反射も遅くなる。何よりも体力が落ち、回復に時間がかかるよう になる。私も昨年1年間、コーチの代理で京都国際高校に週1回「スポーツ」の授業の担当に 行ってみて、つくづく感じるものがあった。「スポーツ」の授業とは1時間40分の間、テニスの 練習のメニューと手順を決め、休みなく彼らが動くように指示しながら自らもその中に入って 一緒に練習をするというものだったが、リードする者が率先して頑張らない限り、全体のムー ドがだれてしまう。体調がいいときはこれも楽しい作業だったが、疲れていたり腰が痛いよう なときは、コートに行くこと自体が苦痛だった。週に1回でもこれだから毎日となると気が遠 くなる。コーチという仕事は本当に大変だ。その上に選手としても活躍しようと思えば、相当 の自己管理が要求される。加えて、上に書いたように年々年令によるビハインドが増していく ことを考えれば、西村コーチがかつてのように勝てなくなったとしても、それは当然のことで、

そのことでコーチの価値が下がったとは誰も思いはしないだろう。

 それなのにコーチは復活した。昨年から新しいトレーニングを取り入れて、黙々とやり続け

た。徐々に状況は良くなり、今年に入ると、出る筈のない結果が出始めた。そして今や誰もコー チを止めることができない。一体この人はどうなっているのか? これを「かっこいい」と言う のではないのだろうか。

 ここで上記の「一本のメール」を見てみることにしよう。これはこの4月の後半に行われた 東海毎日ベテラン選手権大会(45才以上の部)で西村コーチが優勝したときのものだ。(一部 表現を変更)

 リタイアを繰り返した昨年の屈辱からようやく抜け出せそうな予感。

 この半年間を支えてきたものは人としての欲だ。幸せになりたい、いい想いをしたいと考え 続けた。

 当然そのためには「苦労」が必要になる。しかしこの「苦労」は不幸とか嫌な想いとかとは 別物だ。

 「欲するものを得るための苦労」、それを心地よく感じ、シンプルに地道にやり続けることが 大切だ。

 楽ではない。簡単でもない。

 しかし、困難もなく休みながらやれるなら、何をやっているのかさえ分からなくなってしま うだろう。

 振り返ったとき、自分の歩んだ道が真っ直ぐな一本道であってほしい。

 だからひっこみがつかなくなるのを承知で有言実行をする。

 人間だから挫けることもある。しかし少しでも可能性があるうちは何度でも立ち上がってや る。この身体や心が何も感じなくなり動かなくなるその時が来るまでは。

 悔しかったり痛んだりするのは、まだその道を進みたい証し。だから頑張らなければならな い。そう思い続けて自らを奮い立たせていた。

 平坦じゃなかった。足が前に出にくい日もあった。でも誓いや恩師が手を引き、皆さんが背 中を押した。

 そんな半年間だった。

 そして西村劇場の第2幕はまだ開いたばかり。

 ともによき人生を!

 こんなメールは見たことがない。これは限りなく「詩」に近い。この中で『少しでも可能性が あるうちは何度でも立ち上がってやる』と決意を表明しているところが最も強く私の胸に迫っ て来た。同年代の人間として残された人生をどう生きるかということが切実なテーマになって いるからだ。それと同時に『「欲するものを得るための苦労」、それを心地よく感じ、シンプル に地道にやり続けることが大切だ。 楽ではない。簡単でもない。しかし、困難もなく休みな

がらやれるなら、何をやっているのかさえ分からなくなってしまうだろう』の部分にはいろい ろと考えさせられた。これこそ日本一ストイックなコーチと呼ばれる西村コーチの哲学をよく 表しており、誰でも知っているけれども知っているとは思いたくなかった、いわゆる「秘密」に 当たるところだと思うのだ。やるべきことを前にして心は重くなりがちだが、これを「心地よ く感じ」て行けるようなメンタルになってみたい。(2011年5月7日)

ドキュメント内 エッセー (ページ 32-35)