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ミッションステートメント

ドキュメント内 エッセー (ページ 101-104)

「7つの習慣」(スティーブン·R·コビー著)の中でミッションステートメントを作るように 勧めている箇所があった。この本を私が読んだのはもう10年も前のことだが、非常に感銘を受 け今までに何度も読み返している。それほどに多くの影響を受けたし、書かれている内容は大 筋で実践しようと努力して来たつもりだ。ただ、ミッションステートメントを作るということ に関しては、気になりながらも実行できずに来てしまった。

 ここで言うmissionは使命で、statementは声明だから、「ミッションステートメントを作る」

とは、心静かに自分自身に問いかけて自らが真に目指す目標を見出し、自分が本当に大切だと 考える価値観を明確にし、それを文章化するという意味だが、これが案外難しい。何度かトラ イしたが、文章化するという段階に至ったところで表現を詰めきれず、気が付いたら10年が 経っていたというわけだ。

 ところで「5.47バリ紀行」で「日本の価値観って何だろう」なんてなことを書いているが、

これには伏線がある。8月14日にwowowで「日輪の遺産」を観たのだ。「バリ紀行」をまとめ ようとしてぼうっとしていたときに家内が観始めたものだから、何となく付き合ってしまった というわけだ。しかしその内容は何となく過ぎて行くといった類のものではなかった。文句な く泣けた。子供の頃に「慟哭の花」という沖縄のひめゆり部隊を題材にした連続ドラマを母親 といっしょに観ながら、2人して泣いたことを思い出した。「日輪の遺産」の最後の方でも13才 の女の子達が玉音放送を聴いた後、青酸カリを飲んで自決するが、ちょうどこの1945年8月 15日、12才だった私の母にとって「慟哭の花」や「日輪の遺産」の物語は単なる物語ではな く、実際に体験して来た実話だった。「神国日本が負ける筈はない」と堅く信じていた母にとっ て、この玉音放送は到底受け入れることのできない大事件だったのだ。さらにその後の日本で 引き続き起こった一大パラダイム転換には戸惑い続けたと聞いている。果たして日本は本当に 間違っていたのか。 … 映画を観た次の日、私は本屋さんが開く時刻を待って、浅田次郎著「日 輪の遺産」(講談社)を買いに行き、一気に読んだ。映画と小説では設定が違っている部分も あったが、基本的な筋書きは一致しており、映画では見落としてしまっていた詳細もよく理解 できた。これはすごい小説だ。もちろんフィクションの部分もあるが、よくここまで史実を調 べ上げたものだ。その時代の状況やその時代を生きた人達の心情がつぶさに表現されている。

 私達は、太平洋戦争を単なる侵略戦争だったと習って来た。無謀で無意味な戦争だったと。も ちろん戦争なんだから、多くの不条理と矛盾に満ちていたことは否定できない。しかし当時、

欧米列国によりアジア黄色人種は牛馬の如くに扱われ、愚民化政策により搾取され続けて来た のであり、その不幸を絶ち、アジアの独立を勝ち取るために悲愴な決意で立ち上がり、一人責 任を持とうとした日本の大儀は真実だったと私は信じる。日本は、到底太刀打ちできないと思

われた強大な敵に反旗を翻し、孤軍奮闘したアジアの星だったと私は信じる。その証拠は、戦 後アジア諸国が欧米の植民地支配から独立したことであり、台湾の人達にしてもインドネシア の人達にしても、それを日本の支配からの開放だとは考えていないことだ。むしろ日本から勇 気をもらったと日本に感謝し、日本のリーダーシップを尊敬しているのだ。このようにアジア の人達が日本を見て来たことについて、私は2年前に台湾を訪問したときに初めて知った。そ の驚きを「5.13バラマンディー」にも書いているが、日本がして来たことを台湾人が高く評価 している事実と、私が学校教育を通して日本は間違っていたんだと教え込まれて来たことがあ まりに違うものだから、これは本当なのだろうかと初めは半信半疑だった。しかしその後、少 しばかり調べてみる中で学校で教えられて来たところの歴史認識は全くの嘘だと思うようにな り、今回インドネシアを訪ねてみて、それはほぼ確信になった。いろんな事実を上げることが できるが、最も明快な点は「5.47バリ紀行」に書いた通り、バリ島では学校で日本語を習って いるのだ。確かにバリ島での日本人観光客は多いが、それだけでは学校で日本語を習うという ことにはつながらないだろう。(中国人や韓国人の観光客も同様に多いが、中国語や韓国語が学 校で習う教科にはなっていない)それほどまでにバリの人達が日本を好意的に見ているのは、

単に日本が経済的に成功したことによるものではないのは明らかだ。

 私は自らの祖国を愛する。しかしそれが自分の国だけを愛するということになってしまって は、単なるナショナリズムだ。場合によってはその違いは微妙であり、自らの内に巣くう偏狭な ナショナリズムを克服することが難しいこともある。たとえば、某近隣国が露骨なナショナリ ズムをむき出しにし、醜い言動を繰り返して来たらどうだろうか。日本の肯定的な面には一切 触れず、負の側面だけを責め続ける強硬な姿勢を見せて来たらどう感じるだろうか。これに腹 が立つということは即ち、自分も同じレベルのナショナリズムを有しているということになっ てしまうだろう。世界平和だとか人類愛といった美しい題目を否定する人はいないが、その実 現を阻んでいる原因のひとつがこのナショナリズムであり、これを克服するのは相当に大変だ。

このことを知った上で、しかしそれでも今の日本に必要なことは、国を愛する心を育む教育だ と思う。この国を守り導いて来た先達たち、そしてこの国の将来のために命を捧げて来た多く の名もない人達に感謝し、それを誇る気持ちを育むことが絶対に必要だ。それができて初めて、

我々と同じように自分の国を愛する隣人がいることを理解できるようになって行くと思うのだ。

自国の歴史に誇りが持てず、卑屈になっているような精神状態からは何も生まれて来ないと私 は信じる。

 「日輪の遺産」でも「責任の自覚と勇気ある行動」という表現がキーワードとして出て来る が、この言葉は私の心情とぴったりフィットする。次代を担う若者達が立派に成長してほしい し、幸せに暮らしてほしい。そんなことを考えていたら、突然私のミッションが言葉になった。

 「世界的で歴史的な貢献をする人材を育成しよう」

 「世界的で歴史的な貢献」であって「世界的で歴史的な実績」ではない。これは、国を愛する 心を持ち、自分自身に与えられた責任を自覚して生きてほしいということだ。そしてこのミッ ションステートメントは、そのまま稲荷塾のミッションステートメントにもなっていると感じ ることができたので、自らの内に留めておくのではなく、このエッセイ上にも公表することに した。(2012年8月27日)

ドキュメント内 エッセー (ページ 101-104)