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少し背伸びをしよう

ドキュメント内 エッセー (ページ 35-39)

という場合、一体どうすれば良いのだろうか? 以下の話は塾の運営と矛盾する面もあるが、結 論として「中学数学が終わるまでの内容は家庭学習でこなすことができる」と私は思った。ま ず、小学生の段階では本人自体が学習の意義を感じ、目的を自覚するというようなことは考え にくいので、親が「勉強は楽しい」と言える雰囲気を作る必要がある。当然進度のチェックなど は、さりげなく親がしておくべきだ。「小学生の間に中学数学を一通り終わらせるために、いつ いつまでにどこまで行かなければならないか、ちゃんと計画しなさい」などと子供に要求して も、それは無理というものだ。だから大体の計画は親が立てる、そして週に1回1時間程度子 供の数学への取り組みに付き合う。用いる教材はどこの本屋さんにでも売っている「10分間ト レーニング」程度で良い。… アバウトなようだがこれで十分だ。親が中学数学の内容を忘れて いるようならば、子供の学習に先立ち復習をしておけばよいが、これも完璧である必要は全く ない。「ウ〜ンこれ難しいわ。今度お父さんに聞いてみようか?」なんてことがあってもよい。

(というよりあった方が良い)子供にある程度の特性があれば、これで小学生の間に中学数学を 一通り終わらせることができる筈だ。

 次に中1では中学数学の総復習をして必要な知識を定着させることと、高校入試のための問 題集を用いて思考力をトレーニングすること、処理スピードを上げることなどを目標とする。

ただしここでも中学数学の達人になる必要は全くないということを注意しておきたい。高校数 学に入るための準備さえできればいいのだ。そういう意味で効率が悪かったり多少の不備があっ たとしても問題はない。ただ、子供自身が計画的に学習することや、そのための自己管理能力 を高めることもこの時期には大切になって来るので、一緒について勉強させるというスタイル から、少し遠目に見ながら子供がどのように取り組んだのかという結果を把握しつつ、必要に 応じて援助して行くというスタイルに徐々に移行して行くべきだということは注意点だ。結局 いくつかの気を付けるべきことはあるものの、それなりの情熱さえあれば高校数学に入る手前 までは、家庭での学習で(つまり塾に来ずとも)辿り着くことができると私は思った。

 しかし高校数学を自習するとなると話は大きく変わって来る。まず学ぶ量が飛躍的に増える し、個々の内容が格段に難しくなるのだ。それにこの段階に入ると一般の家庭では子供の質問 に答えることができなくなって来ることだろうから、沢山生じて来る筈の疑問点を自分で処理 しなければならなくなるのだ。だから高校数学を独学で身に付けるというのは相当に大変だと 言うことができる。また誰かに習うとしても、誰に習うかということによってその効率が大き く変わって来ると思うのだ。ここにこそ稲荷塾は自らの存在意義を主張したいところがあるの だが、今議論しているのは塾に来れない子のための方策だ。

 これはかなり難しい課題だが、ひとつの可能性は、上で書いたような事情をよく知った上で 作られたいい教材があれば何とかなるかも知れないということだ。といことで私は本屋さんに

行って参考書類を調べてみることにした。 … しかしそこで発見したのは、この本でなら高校 数学を自習できると思われるようなものがないという事実だった。ちょっと大きな書店であれ ば膨大な量の参考書、問題集が並んではいるが、私の目的とする本は1冊もなかった。 … まず 多くの参考書は学校で習っていることを前提にそれを整理し直したり、補充したりしてサポー トするというスタンスをとっており、その本で一から学ぶという前提には立っていないことが 分かった。その結果として例題が多過ぎてポイントがはっきりしないもの、ひとつひとつの定 理に対してその背景とそれがどこにつながって行くのかが明確に説明されていないもの、全体 がひとつの体系として整理されていないもの … となってしまっているのだ。そうでなくても 単に問題の解き方を説明しているだけで、何故そのように発想するのかということについては 触れられていないものがほとんどだった。ウ〜ン、厳しい。これは大きな壁だ。つまり中1の 終了時点までに中学数学を仕上げることができたとしても、そこから高校数学に入って行くた めの自然な方法が見つからないのだ。一見万策尽きたかのような状況だったが、自分でも意外 なほど次の決断は早かった。

「よしっ、それじゃあ俺が書こう!」

 実は随分前から数学の本を書いてみたいという想いはあったのだ。だが、どんな本にしたい のかという構想がまとまらず、踏ん切りがつかずにずるずると来てしまっていたのだ。しかし ここに来て急に道が見えた。キーワードは高校数学の自習教材だ。例題は最小限に留め、定義 や考え方を詳しく説明しよう。基本的なところから丁寧に説明をしつつ、将来的に東大、京大 に合格できるような学力が積み上げられるように、その土台となる部分については少し突っ込 んだ話も入れよう。 … そうだ、稲荷塾の授業をできる限り再現する形にすればいいんだ! … アイデアはどんどんと溢れて来たが、ひとつ気がかりな点も生じて来た。あまりいいものを作 り過ぎて「これを読めば稲荷塾に来る必要がないや」と思う生徒が出て来たら困るなというこ とだ。自ら営業妨害をしていたら何をしているのか分からない。しかし原稿を作り始めてみて それは杞憂だと気付いた。授業と参考書、これらはどちらも情報を伝えるための媒体ではある ものの、まるで異なる特性を持った全く別の種類の媒体だと。たとえば授業だとホワイトボー ドの1点を指して「ここが … 」と簡単に説明できることが本で説明するとなると案外難しい ことが多い。また授業では表情を見て説明を付け加えるべきだとか、もう少し発展的な話もし ておこうか … などの判断をすることができるし、リアルタイムで質問に答えることもできる。

一方本だと話し忘れていたとか、書き間違えたなどということは起こりにくく、冷静な目で読 み進めることができるし、何と言っても何度でも読み返すことができるのが大きなメリットで、

これまで私がしつこいほどに「復習ノートを作れ」と主張して来たところのその復習ノートの 役割を果たしてくれそうだ。結局両者を相補的に用いれば、今まで以上の効果が期待できると

思ったのだ。そうなると益々燃えて来る。

 今までになかったような参考書が書けそうだと感じることができたので、次の課題は版元選 びだ。これは「小さな数学塾のヒミツ」のときに苦労しているだけに慎重な根回しが必要だと 思ったが、すぐに思いついたのは週刊東洋経済に稲荷塾の取材記事を載せてくれたライター小 田さんだった。どんなことでもその業界に通じた方から一言の紹介をもらうかもらわないかで 天地の差があることは誰でも知っていることだろう。私は当たって砕けよとばかりに小田さん にメールを打ってみることにした。忙しい方に仕事以外の依頼をすることは心苦しいことでは あったが、幸運にも「数学を自習できるようにですか。ぜひ早く世に出したいですね!」と快 く協力を引き受けて頂けることになった。早速紹介してもらった7つの出版社から2つをター ゲットとして選び、そのうちの第1候補からアタックしてみることになったのだが、何と小田 さんが勧めるその候補とは講談社のブルーバックスだったのだ。ブルーバックスと言えば私も 小さい頃からのファンで、少なく見積もっても50冊は読んだと思う。科学的示唆に富み、著者 も大概学識豊かな大学の先生だ。こんなところから自分の本が出せれば、それはもう夢のよう な話だが、実際的にはかなり背伸びしていることは否定できない。まだ話は始まったばかりで その結末がどうなるかは全く分からないけれども、何かドキドキするし、挑戦すること自体に 心の躍動を覚える。

「いやあ、燃えるなあ。たまには背伸びもいいよな」

私の叫びを静かに聞いていた家内が言った。

「あなたはいつも背伸びして来たわよ」

「えっ?」

2011年6月14日

ドキュメント内 エッセー (ページ 35-39)