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自己形成の変遷の考察

第 7 章 日本語学習者の学習動機および自己形成と社会環境との関係

7.3 総合考察

7.3.2 自己形成の変遷の考察

まず、自己形成の因子ごとに考察する。第一に、「自己斉一性・連続性」は留学に伴う 空間移動によって、低下する傾向が見られた(学習者A, B, C)。国にいるときに持ってい たネットワークを失ったことで孤独感を感じる(学習者A, C)、一人暮らしをすることに より将来について悩むようになる(学習者B)などである。一方、クラス内の人間関係の 構築により再び「アクティブになった」と「自己斉一性・連続性」の回復を語るケースも あった(学習者A)。以上のことから、「自己斉一性・連続性」は、留学によって学習者 を取り巻く環境が変わった直後に低下しやすいが、時間と共に人的ネットワークが構築さ れると再び向上する可能性があると考えられる。

なお、学習者Bにおいては、自己について「以前の自分とはちょっと違う」という語り と「性格は日本でも台湾でも同じ」という、「自己斉一性・連続性」に関して矛盾する語 りが見られた。これは、2 章で指摘した「特性レベル」と「状態レベル」における認識の

76 学習者ADにおいて、自分は「もともと勉強が好き」という語りが出現したことから、「好 き」という語りは学習動機の「内発的価値」のみならず、自らの特性、すなわち「獲得価値」に近 い性質も併せ持つように筆者には思われたが、これについては今後の検討課題としたい。

違いによるものだと考えられる。すなわち、Bは「特性レベル」においては自己の変化を 感じないが、今ここにある「状態」においては以前の自分と現在の自分との差異を感じて のであろう。Bの場合、自己の変化の認識に矛盾があり、その矛盾に気づいていないこと が筆者には問題だと思われた。矛盾に対する認識については次項で改めて述べる。

第二に、「心理社会的同一性」は学習者を取り巻く環境により、上下することが分かっ た。「27歳であいうえおはつらい(学習者A)」や、「クラスの中で自分が一番年上(学

習者B)」、クラスで「独りぼっちになった」(学習者C)など、「心理社会的同一性」

が低下した語りが見られた。その一方で、クラス内および教室外でのネットワークの構築 により、「心理社会的同一性」の向上が見られた。クラス替えによって新しいクラスメイ トと知り合う(学習者A)、日本人大学生と交流する(学習者A)、クラスで孤立しそう になったが積極的に行動した結果、他国のクラスメイトと仲良くなる(学習者C)、クラ スメイトに援助申請を行えるようになる(学習者D)などである。さらに、「心理社会的 同一性」が高まると、「能力期待」の向上(学習者A, C, D)および「内発的価値」の向上

(学習者A)に影響をおよぼすと思われる。特に「能力期待」に対して「心理社会的同一

性」が正の影響を及ぼす可能性は、前章の質問紙調査の結果と合致する結果になった。な お、「心理社会的同一性」の向上にはネットワークの構築が前提となるため、全ての事例 は在籍期間の半年後に生じている。

「対他的同一性」については、学習者BとDにおいて聞かれた。自分の性格は他人も 同じように認識している(学習者B)、あるいは自分の性格の変化を自他共に認めている

(学習者D)という語りである。質問紙調査の結果においては、「対他的同一性」にお

いて女子学生のほうが男子学生よりも有意に高い値が示されていたが、本調査においても 学習者BとDは女性であった。調査対象者の4名とも、国にいる家族や友人とインター ネットを介して連絡を取っていた。また、家族は同心円図の最も中心に近い場所に配置さ れていたことから、国にいる家族や友人との接触の有無および頻度において性差は見られ なかった。とすれば、恐らく、男女間において、国の家族や友人との接触の仕方に異なり があることが推測されるが、これについては、より多くのデータの収集と分析が必要であ るため、可能性を示唆するにとどめたい。

「対自的同一性」については語られなかった。これは、調査対象者4名とも「自分のこ とはわかっている」という認識が高かった可能性、あるいは、そもそも筆者の考えた質問

からは「自分で自分のことが分かっている」という語りを引き出しにくかったという可能 性などが考えられる。

次に、自己形成の変遷について考察する。自己の変化について明確に語ったのは、学習 者AとDであり、どちらも共通して「チャレンジ」という言葉を使用していた(表7- 3)。

学習者Cは、クラスの中での孤立感を感じた時間の中でも、「教会」という居場所を確保 したり、違う国の友達を作ったりという行動を取ることで、安定したネットワークを構築 していく様子を語った。日本語学習においての語りの中でCは「成長した」という表現を 用いたが、それはC自身の自己形成にも言えるだろう。学習者Bは、一人暮らしを始めた ことにより、「独立した」感覚を持ち、「将来のことを考える」ようになったと語った。

それは、クラスの中で「一番年上である」というクラスの年齢構成も大いに関係している と思われた。

茂住(2013)はアジアからの私費留学生59名を対象に文章完成法を用いて、過去(留学 前)・現在・未来(大学卒業後)に対する彼らの認識を分析し、「日本留学」はネガティブ な過去をリセットするための移動であると同時に、日本社会でいくつもの課題を克服して いく中で「他者からの承認」を得て、自分自身の充実感や自己効力感を高めるプロセスで あると述べている。本調査の対象者においても、それぞれが「受験」や「進学の悩み」と いった課題に直面していく様子が見られた。ただし、茂住(2013)のいう「課題の克服」

という点において、教室内外での位置取りについて語られた学習者A, C, D と、語られな かったBの間に差が見られた。これについては、次項で述べる。

自己の変化に関連して、日本のイメージについて述べる。肯定的なイメージは、「日本 製の質は高い(学習者A)」、「日本のゴミ分別には驚いた(学習者C)」、「日本人は 文化を大切にしている(学習者D)」などである。一方、「日本人は会社の人とお酒を飲 む」「集団で同じ意見を共有する」といった会社文化への戸惑い(学習者A)や、「生活 費が高い(学習者B)」というマイナスのイメージも抽出された。張(2013)は中国人大 学生を対象とした質問紙調査の結果から、中国人大学生の対日意識は、学年が上がるごと に、否定的な側面も含めて多面化していくことを指摘しているが、本調査においても、在 籍期間が長くなるに伴い、日本のイメージに否定的な側面も入ってくることが分かった。

また、学習者Bのように「生活に慣れた」ことと「生活がつまらなくなった」ことが同時 に語られていたことから、在籍期間が長くなるにつれ、自らを取り巻く環境について否定 的かつ多面的に感じる可能性が考えられた。