第 7 章 日本語学習者の学習動機および自己形成と社会環境との関係
7.2 結果と考察 .1. 学習者 A のケース
7.2.2. 学習者 B のケース
(1) インタビュー
学習者 B は質問紙調査終了後に、自分からコンタクトしてくれた唯一の学生であった。
メールには「私は【学校名】日本語学校【クラス名】クラスのBです。留学生についての アンケートはとてもいいと思います。初めて日本語でアンケートを書いた。いい経験をく れたのはありがとうございます! 良かったら、私もインタビュー調査をやってみたいです。
また 連絡してくれてお願いします‼ よろしく(原文ママ)」と書いてあった。
質問紙調査時、B は在籍4 か月以内であった。Bと同時期の女性の数値との比較を表7-5 に示す。
表 7-5(1) 学習動機因子の値(下段は 4 か月以内の女性の平均値)
利用獲得価値 内発的価値 能力期待 努力肯定 学習困難
B 5.00 5.00 4.00 4.75 3.33
平均 4.63 4.43 3.05 4.57 3.19
比較 + + + + +
表 7-5(2)自己形成因子の値(下段は 4 か月以内の女性の平均値)
自己斉一 性・連続性
対自的 同一性
対他的 同一性
心理社会 的同一性
B 4.60 5.20 4.20 5.20
平均 5.15 4.96 4.24 5.00
比較 - + + +
表7-5からは、学習動機も自己形成も概ね平均よりも高い値を示していた。ただし、「学 習困難」が平均よりも高いこと、「自己斉一性・連続性」が平均より低いことから、学習
に困難を感じている可能性、留学前の生活と今の生活の変化が自己形成に影響を与えてい る可能性などが考えられた。
本来は、Aと同様に春・秋と2回インタビューを実施するつもりだったが、2回目のイ ンタビュー前に帰国してしまった。そのため、1回目のインタビューのみを分析する70。
①日本語学習について
Bは、インタビュー調査時では、来日後半年が経っていた。日本語既修者であったBは 中級クラスに配置され、さらに上のクラスに進んでいた。日本語学習については「楽しい」
と何度も述べ、つまらないと感じたことはないようであった。
*: (中略)少し、日本語の勉強について質問します。日本語の勉強は楽しいですか。
B: 楽しい(何度もうなずく)。
*: アンケートにもとっても楽しい//B: はい//と書いてあったんですけどー//B: うん//、ど うして楽しい?どんなふうに楽しいですか。
B: うーん、たぶんー、日本語ーえっと、ペラペラに話せるー、話したいからー。自分の好き なー、好きなー、好きなものですとかー、そしてー、ずっとーずっとー、時間が、えっとー…
何と説明したらいい//*: うーん//、たぶん、たぶん、好きなものだからー、勉強するとき ー、えっと、もっと楽しみにしている。 (B1:41-44)(下線は筆者)
上記の語りからは、Bが日本語の学習に「内発的価値」を認めていることが分かる。筆 者が「時間が経つと勉強がつまらなくなる学生が多い」と言ったところ、「いるいる、う ーん(B1:161)」とその存在を認めていたが、彼女自身は日本語学習が辛いと感じたこと はない様子であった。ただ、簡単な日常会話は問題ないが、「ハイレベルの文法を使用す ることが難しい(B1:75)」と述べていた。学習が進み、より高度なレベルの学習項目が授 業で扱われるようになると、「学習困難」意識も高まると考えられる。
インタビュー後半で、筆者が「男女の学習動機に違いがあるか調査している」と述べた ところ、Bは以下のように語った。
*: (中略)今、B さんがうんうんうんうんって言ってたけど、やっぱりちょっと違いってある?
ありますかー。男子と女子。
B: 男性と女性ー。あ、そっかー。そっかー。【筆者名】さん//*: はい//の通りに、女性だっ
70 インタビュー調査が1回で終了してしまったため、2回目のインタビュー後に実施する予定だ った学習動機のグラフは作成していない。
たらー、時々自信がない。
*: あーそうですか。
B: うーん、だけど、もし、えっとー、もし時々成績がーちょっと不合格ですからーあと、気持 ちが「あー、どうしてー、私はそんなことができない」とちょっと心配している。でも、男性―、
たぶん、「大丈夫、今度(笑)/*: (笑)//、今度がんばります!」ってそんな感じ。
*: 今のクラスもそんな感じなんですか。
B: そうですねー (B1:168-173)(下線は筆者)
Bは男性と女性の差について、「女性だったら、時々自信がない(B1:169)」と述べた。
女子学生なら成績が悪いと落ち込むが、男子学生は「大丈夫」と前向きだ、と感じている と言う。筆者が「今のクラスもそうか」と聞くと、「そうですねー」と答えた。B自身は 日本語学習に「内発的価値」を見出し、学習を楽しんでいるが、一般的に女性は「自信が ない」、すなわち「能力期待」が低いと認めていた。
②現在のクラスについて
Bは、クラスの中で自分が一番年上であることを強く意識していたようである。年齢 は、将来の自分の進路に対する悩みにも関連しており、繰り返し形を変えて語られた。
B: うーん、そうですねー。あと、えっとー私は、今のクラスの中でー、多分、一番年、年、え っと年齢が・・・//*: 年上//年上、年上です。他の人たち、高校生、高校を卒業したあと、ま だ若い、のでー、時間がたくさんありますのでー、たぶん、全然心配したこと、心配すること が少ない、私より。
*:うーん、そうですね。
B: 私はえっと、今年えっと、もう30歳になりましたからー//*: うんうん//、たぶんいろいろ なことを考えなければなりません。
*: うんうん。
B: たとえば、もし日本でえっと大学院に入りたい、でもーもう30歳。どうすれば、いい、い いですかー。その質問//*: そうですね//、ちょっと困っている。
(B1:177-181)(下線は筆者)
上記の語りからは、Bは「日本で大学院に入りたい」が、「今年30歳になった」ため、
その希望がかなえられるかどうか、あるいはその希望が妥当かどうか、「困っている」こ とが分かる。その一方で、他のクラスメイトは「まだ若く、時間が沢山ある」ので、「心 配することが少ない」だろうと、判断していた。Bの場合、周囲との比較において年齢が
高いことから悩んでいることから、「心理社会的同一性」が低下している可能性が窺われ た。
③教室外の生活について
Bは日本人の友達が多いか、という質問に対し、「います、います(B1:46)」と答えた。
日本語学校の交流会で知り合った友達だと言う。
日常生活で困ったことに関して聞くと、店員の日本語が時々速くて聞き取れないことが あり「不安な感じ(B1:121)」があると答えた。日本語がかなり上手になっても、一歩教 室の外に出ると、不安感を感じるのであろう。さらに、生活上の問題について尋ねると、
日本で働きたいが、それが難しいことが語られた。それについては後述する。
来日経験が複数回あるBに「日本のイメージが変わったか」と聞くと、「印象が変わっ た(B1:131)」と答え、以下のように説明した。旅行で来日する時は、数日程度の短い日 程で観光をして楽しんでいた。それに対し、現在は日本に半年以上、日常生活を続けてお り、旅行とは違うと言う。日常生活を続けることにより、Bは「買い物も値段が高く、生 活費がかかり、大変だ(B1:135)」「つまらない(B1:133)」という感覚を持つに至り、
「授業が終わったらすぐ家に帰る(B1:137)」生活を送る結果をもたらしている。
Aが日本の生活に慣れるにつれて人的ネットワークが広がり、「楽しくなった」と語っ たのに対し、Bは日本の生活に慣れるにつれ、生活自体を単調に感じ「つまらなくなる」
という感覚が出てくる点は注目に値すると言える。これは、クラスで最年長であることか らくる孤独感の他に、将来の悩みを共有できる同年代の女子学生がいないことに起因して いると考えられる。
④日本と母国での自己について
Bは自分の性格については、特に変化を感じていないようで、来日直後から半年経って も「大体同じ(B1:99)」だと答えた。また、日本人からも台湾人からも「明るい人」「お しゃべりな人」と思われているだろうと述べた(B1:101-107)。台湾にいる家族や友達とも
常にSkype(スカイプ)やfacebook(フェイスブック)などのインターネット通信を通じて
お互いの現状を把握し、密に連絡を取っているとも述べた(B1:147)。つまり、「来日前 の自分」と「来日後の自分」に連続性(自己斉一性・連続性)を感じ、他人から見られて いる自己像が本来の自分と一致している(「対他的同一性」)と感じていた。
だがその一方で、Bは、台湾では家族と住んでいたのに対し、日本では「独立して一人 暮らし」をしているため、「さまざまなことを自分でやらなければならない」こと、「将
来のことを考える(B1:93)」ことから、「以前の自分とはちょっと違う(B1:93)」と述 べた。つまり、自分の性格については「自己斉一性・連続性」および「対他的同一性」が 一貫して高い様子を語り、実際に台湾にいる家族や友人とも密に連絡を取っているものの、
留学という空間移動に伴う環境の変化から自己の変化を感じているようであった。これは、
Bの質問紙調査における「自己斉一性・連続性」の値が平均よりも低いことと関連してい ると思われる。さらに、環境の変化による自己の変化は、「結婚か夢か」という将来の問 題に集約されていく。それについては、以下の項目でも繰り返し発話される。
⑤家族構成と母国での友人関係について
Bは両親と兄の4人家族である。兄は父親の会社で働いていると言う。来日の理由にお いても語られていたように、Bの家族は全員日本旅行の経験があり、その後もBと母親は 二人だけで数回日本に旅行に来ていた。
Bは母親とは何でも話す関係のようであった。筆者が「両親から年齢のことを指摘され るのか」と質問すると、母親からは年齢に関しては特に何も言われず、むしろ、Bの将来 を応援するという行為を通じて心理的なサポートを受けていると述べた。
B: えーと、母は//*: はい//、えっとー母は、支えている「大丈夫、がんばって//*: がんば ってって//。好きなことがもしできればー、やってみて、やってみてください」
*: うんうんうん。
B: でも、父は、まだ。相談したことがない。
*: 何をしたことがない?//B: 父。父は//応援?
B: 父は、相談したことがない、大学院について。
*: あ、知らない、の?
B: まだ(笑)。
*: そうですかー。そうですかー。
B: そうですねー。ここでのえっと、学費とか生活費とか父からー//*: あ、そうですかー//も らった。そしてー今も、沢山えっとお金が、お金かかるしー//*: あーそうですかー//、もし 大学院と入りたい、もっと・・・ (B1:183-191))(下線は筆者)
Bは、母親からは「好きなことがもしできれば、やってみてください」と言われている。
その状態を「支えている」とBは表現した。Bにとって「好きなこと」は日本留学そのも のであるから、Bの日本好きを理解し、日本旅行を共にした母親の存在は、非常に心強い ものであると考えられる。