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教育心理学を援用したアプローチ―内発的動機、自己決定理論、自己効力

第 3 章 先行研究

3.3 日本語教育における学習動機研究の拡がり―2000 年代から現代まで―

3.3.2 教育心理学を援用したアプローチ―内発的動機、自己決定理論、自己効力

感、原因帰属理論、不安、学習困難―

教育心理学を援用した研究は多岐に渡り、現在に至るまで様々な理論が用いられてき た。本節では、日本語教育において注目されてきた教育心理学理論に加え、情意に注目し た研究を紹介する。

内発的動機と外発的動機

よく知られているように、学習動機を捉える考え方として、興味や関心によって行動す る「内発的動機」と、外部からの何らかの働きかけによって行動する「外発的動機」の 2 つの概念がある。前者は行動自体に目的性があり、後者は行動が手段となっている。この

「目的-手段」という枠組みは、鹿毛(2013)や櫻井(2009)の指摘するように、「自律-

によれば、「文化資本」とは経済的な指標ではなく、それを元手に高等教育での競争に参加する ための文化的教養のことであり、それはしばしば出身階級や居住地域による影響が大きいのであ る。そのため、ブルデューらは、教育とは社会構造の平等化を図るというよりは、むしろ、階級 間の文化資本の配分を再生産しているに過ぎないという主張している。Norton(2000)は、移民 女性にとって英語を話すという行為自体が、より上層の社会的地位を獲得するための資本として の意味を持つことに注目している。

他律」という枠組み、すなわち「自らすすんでやるか、やらされているか」という違いで 捉えることもできる。

3.2.1.で述べたように、日本語教育においても、1990年代に既に縫部ら(1995)が内発的・

外発的動機を援用しており、2000年以降も研究が行われている(高岸2000, 吉川2011, 田 村2011など)。高岸(2000)は、日本に1年未満留学している米国人留学生を対象に、留 学を通して日本語学習動機がどのように変化するのかを調査した。学習動機の強度につい ては、縫部ら(1995)の「日本語学習動機調査」を使用し、来日直後、留学終了時、帰国 後の3回の平均値を分析している。その結果、外発的動機が全て強化されたこと、内発的 動機では「仲間との相互作用」といった留学生活に密着した項目が強くなったことを報告 している。高岸(2000)は留学経験が学習動機の強さと内容に様々な変化をもたらすと述 べる一方、より長期的な視点での調査を行う必要がある点、動機と態度の因果関係が明確 でない点を課題として挙げている。

吉川(2011)は、タイの高校生を対象に質問紙調査を行い、日本語の学習意欲を高める 要因と学習行動について検証をしている。吉川(2011)は、日本における英語教育におい て教室内での意欲の喚起こそが英語学習持続への鍵だと述べた倉八(1998)の主張を認め、

タイの高校生が教室内で日本語学習への意欲を掻き立てるにはどうすればいいのか、探求 している27。その結果、学習意欲を高める要因として「関係性・有能感・日本体感」と「日 本語学習内容」の2つの因子を抽出した。吉川(2011)は、特に「関係性」と「有能感」

が含まれていることに注目し、内発的動機づけが重要な要因であることを報告している。

また、重回帰分析の結果から、「日本語が分かった時」「日本語コンテストがあるとき」「日 本人と触れ合う経験をしたとき」など、有能性の実感や日本人とのネットワークの存在が、

学習行動に特に影響を与えていることを示している。

自己決定理論

先に述べたように、外発的動機と内発的動機は「目的-手段」あるいは「自律-他律」

という枠組みの中で二項対立的に位置づけられていた。だが、Deci & Ryan(1985)やReeve,

27 倉八(1998)は、日本は世界でも珍しい一言語環境の国であるため、日常生活で英語の必要性 が認めらないことを指摘し、そのような環境の中で外国語によるコミュニケーション能力を高め るべく、コミュニカティブ・アプローチを用いた授業実践をまとめている。

Deci, & Ryan(2004)などは、自己決定理論Self-Determination Theoryを唱え、外発的動機 と内発的動機は連続体として捉えられると考え、外発的動機を自己決定度、すなわち自律 化の段階に応じて4つに分けた。自律化の低いものから高いものへと「外的調整external

動機づけのタイプ 非動機づけ 外発的動機づけ 内発的動機づけ

調整スタイルの タイプ

調整なし 外的調整 取り入れ的調

同一化的調整 統合的 調整

内発的 調整

自己決定の程度 全く自己決定的では ない

やや自己決定

ほぼ自己決定

十分に自己決定的

図 3-4:自己決定の連続体としての動機づけタイプ(Reeve, Deci & Ryan 200428

regulation」、「取り入れ的調整introjected regulation」、「同一化的調整identified regulation」、

「統合的調整integrated regulation」の4段階に分類したのである(図3-4)29

日本語教育において、自己決定理論は、教育実践における学習動機研究(藤田2014, 2015 など)や、留学経験の意義や自己形成との関連(原田2008, 2010)において、取り上げられ ている。

藤田(2014, 2015)は、上級レベルの日本語学習者を対象に、自律学習を促す授業実践を 行い、対象授業が学習者の自律性と内発的動機を高めたことを確認している。藤田(2014,

2015)は、自己決定理論における3つの心理的欲求(自律性の欲求・有能性の欲求・関係

性の欲求)に留意して、学習計画シートや自己評価シートを学習者に作成させるなど複数 の活動を授業に組み込んだ。学習者がリアクション・ペーパーを通じて提案した意見を可 能な限り授業に反映させるなど、自他共導型授業を目指した授業である。授業開始時と終 了時の質問紙調査の結果の比較から、自律性が有意に高まったこと(藤田 2014)、自律性

28 訳語は鹿毛(2013)にならった。

29 ここで扱っている自己決定理論は、自己決定理論の下位理論の一つである有機的統合理論に拠 る。Vansteenkiste, Niemiec, & Soenens(2010)は、他に認知的評価理論、因果志向性理論、基本的 欲求理論、目標内容理論の四つを下位理論に位置付けているが、第二言語教育および日本語教育に おいては、有機的統合理論が自己決定理論と扱われているため、本研究もそれに倣った。

と関係性が高まったこと(藤田2015)が報告されている。

原田(2008)は、大学の留学生35名を対象に、自己決定理論を枠組みとして、縦断的に 学習動機を調査している。1 回目は来日 1 か月後に質問紙調査を、2 回目は半年後に半構 造化インタビュー調査を行い、その結果、「外的調整」が減少した一方で、「取り入れ的調 整」、「同一化調整」、「統合的調整」の比率が増加していることを報告している。外発的動 機の分類の仕方および質問紙調査とインタビュー調査の比較という点で分析方法に若干問 題があるものの30、時間と共に学習動機の内容がより自己決定度の高いものに変化してい くことが明らかになった。

また、守谷(2005)は、研修生を対象にした日本語学習動機の分析において、自発性・

自己決定性の視点を取り入れ、研修生の学習意欲を高揚させるには来日前の段階から派遣 側・受け入れ側が一体となった支援を行うことの重要性を指摘している。

自己効力感

「自己効力感」はBandura(1997)が提唱した概念で、自らの目指す結果を得るための行 動をうまくとれる、つまり自らの能力をうまく遂行できると評価する信念である。自己効 力感は日本語教育の学習動機研究において、内発的学習動機や自己決定理論と並んで、注 目されている概念の一つである。

李(2003)は、「外国語としての日本語(Japanese as Foreign Language : JFL)」と「第二言 語としての日本語(Japanese as Second Language : JSL)」を学ぶ韓国人学習者の学習動機を 質問紙調査によって比較し、JFLの学習者(在韓国)の方が、JSLの学習者(在日本)より も高い学習動機を持っていることを明らかにした。しかし、JFLの学習者は、JSLの学習者 に比べて自己効力感を感じにくい為、動機づけが持続しないと分析している。

村越(2011)は日本語学校生を対象に,進路選択自己効力と進路サポートとの関連を調 査し,中国人学生と韓国人学生の両者において見られる共通点と相違点を明らかにしてい る。両者に共通して基本的情報サポートと日本語能力が必要である一方、中国人学生の進 路選択自己効力には「心理・指導サポート」が大きな影響を及ぼし、韓国人学生には「就

30 例えば原田(2008)は「会話の上達のため」という項目を「自己決定度の低い動機」と分類して いるが、コミュニケーションのために会話を上達させたいのであれば、むしろ「自己決定度の高い 動機」に分類されると筆者は考える。

業の明確さ」が全体的な影響を与えていることが報告されている。さらに、村越(2013)

では、村越(2011)で中国人学生に最も影響を及ぼした「心理・指導サポート」を参考に したサポートプログラム受講により、中国人学生の進路選択自己効力が向上したかどうか 検証している。

横林(2004)は、地域住民としての学習者を対象にしてインタビュー調査を行い、日本 語教室での体系的学習経験なしに日本語を習得した学習者の事例を分析した。横林(2004)

はBerry(1997)のアカルチュレーション理論31を援用し、いわゆる「優れた学習者、成功

した生活者」には、「高い自己効力感による自信」「積極性」「肯定的認知スタイル」が見ら れ,その3要素が語学学習および「個人的対人能力」に影響を与えていると報告している。

楊(2011)は、台湾の大学生711名を対象に、動機づけと継続ストラテジーとの関係を 調査し、継続ストラテジーの一つである「自己効力感の獲得」が、主専攻・非主専攻の学 生ともに共通して、複数の動機づけから影響を受けていることを述べている。さらに、主 専攻学習者の場合は動機づけの「交流志向」が、非専攻学習者の場合は「実用性重視志向」

が、結果的に学習の継続性を高めると述べている。

上記の研究対象者は、海外及び国内の大学生、日本語学校生、地域住民と多様であるこ とから、自己効力感は、幅広い対象者において用いられている学習動機理論だと言えよう。

また、李(2003)には、学習の持続性、村越(2011)には卒業後のキャリア形成という視 点が用いられていることからも、自己効力感には将来の展望と通じる観点が含まれている ことが考えられる。

原因帰属理論

原因帰属理論とは、Weiner(1979)が提唱したもので、人が自分自身の成功と失敗をど のように認識し、説明するか、に焦点を当てたものである。Weiner(1979)は、成功と失 敗の原因として、「努力」「能力」「課題の困難さ」を挙げ、成功を能力に帰属すれば動機づ けも維持されるが、失敗を能力に帰属すると維持できないと考えた。

守谷(2004)は、これまでの日本語教育における学習動機研究では、学習プロセスに焦

31 横林(2002)によれば、「アカルチュレーション」とは、留学生が母文化環境と異なる滞在文 化での環境と調和した関係を確立、維持し、日常生活を無事に遅れるようになるまでの過程であ り、Berry(1997)は、出身社会や移住社会といった集団レベルの変数と、年齢やジェンダー、

教育などの個人レベルの変数が複雑に関係しあって、アカルチュレーションが進むと言う。