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学習者 D のケース

第 7 章 日本語学習者の学習動機および自己形成と社会環境との関係

7.2 結果と考察 .1. 学習者 A のケース

7.2.4. 学習者 D のケース

学習者Dは、学習者Cに紹介してもらった調査協力者であり、同じ日本語学校を卒業 していた。学習者Dはインタビュー調査時に大学2年生であったため、日本語学校時代 を思い出すように頼み、振り返りインタビューを行った。

①日本語学習について

Dは、来日直後の勉強は辛くなかったと言う。毎日朝9時から午後1時まで日本語を勉 強する毎日について「いや、私好きだから。勉強するの。(笑)(D1:34)」と語った。「勉 強が好きだ」という語りは、「内発的価値」が高いという事が考えられる。また、本来自

分は勉強好きであるという、一種のパーソナリティを表現していると捉えると、Dは勉強 そのものに対し「利用獲得価値」の「獲得価値」を有していたと考えられる。

勉強で困ったことについて聞くと、「話す自信がなくて(D1:36)」と答え、表現するこ との難しさとそれによる自信の低下について語った。

*:本当?そうなんだー。勉強するのが好き。それはいいですね。//D: (笑)//じゃああの、

最初困ったこととか、大変だったこととかってどんなことでしたか?

D:日本語の…。私あんまり自信、話す自信がなくて。言いたいことがわかるんですけどー、

その、相手にー伝えるのが難しいです。

*:へー、じゃあそういうときはどうしたんですか。最初は黙ってた感じ//D: はい、そうです ね(笑)//静かな人だったんですね(笑)

D:特に//*: ええ//目上の人に話すときはー、ちょっと難しいです。

*:あー、そうでしたか。 (D1:35-39)(下線は筆者)

Dは、自信がなかったり、難しいと感じたりする時は、寡黙になる傾向があったのだろ う。それは、上記のインタビューの会話にも表れている。筆者が「勉強するのが好き。そ れはいいですね(D1:35)」と言った後、Dは発言せず笑うのみであった。その後筆者が「そ ういう時はどうしたんですか」と尋ね、そのまま「最初は黙ってた感じ」と言うと、「そ うですね(笑)(D1:37)」と相づちを打って笑っていた。筆者とのインタビューにおいて も、Dは日本語の発話に相当なプレッシャーを感じていたと思われる。

Dは最初の6か月は一番下のクラスで勉強していたが、その後の学内テストの結果から、

上から2番目の進学クラスへ移動する。他に移動したのは、元クラスメイトのタイ人のみ であった。Dは進学クラスの勉強が「大変だった」と回想している。

*:(中略)この頃の、この、えっと最初の 6 か月とー//D: はい//後の一年を比べる とー何 が一番違いますか。ま、時間も違うし、内容も違うけど。

D:勉強…量//*: 勉強量。うんうん。//と、そうですね。先生ももっと厳しく教えて、ちょっと ね(笑)毎日大変でした。その…【クラス名】クラスにいた時、もっと、ゆるい感じでした。

(D1:93-94)(下線は筆者)

進学クラスは朝9時から夕方5時まで授業が入っているため、大変厳しい環境だったと 言える。Dは「勉強量」と教師の教え方も「厳しい」ことを挙げ、「毎日大変だった」と 述べた。つまり、在籍6か月後の当時は「学習困難」が向上していたと言えよう。

②現在(当時)のクラスについて

進学クラスへ移動したDは、勉強が厳しくなったと感じ、実際「勉強についていけない 時もあった(D1:114)」そうである。

*:(中略)進学クラスでちょっと大変だったことって何でしたか。

D:進学クラスで大変だったこと…。うーん、…漢字が//*:(笑)// (笑)やっぱり、漢字が難し い。

*:漢字が難しい。ふーん。…そうですか。

D:…後、文法もどんどん難しくなってくるので。

*:…そういう時、どうしました?ちょっと大変だな、難しいなって思うときは、どうしたんです か?

D:どうしたんですかね(笑)//*:(笑)//授業についていけない時もあったんですけど、//*:

うん//友達に聞いて、どうやって勉強すればいいと、初めて聞きましてー//*: はい//、

色々、色々なアドバイスをもらって(笑)//*: へー、あ、そう//勉強しました。

(D1:109-114)(下線は筆者)

上記で語られたように、非漢字圏出身のDにとって「漢字が難しい」ことが真っ先に語 られた。また、「文法も難しく」、「授業についていけない時もあった」が、タイ人の奨 学金生のクラスメイト(男性)に「どうやって勉強すればいいか」聞き、「色々なアドバ イスをもらい」、勉強したと言う。そのクラスメイトからは、漢字の勉強のコツ(1日1時 間ずつでも毎日続けること)や日本語の本を読むことを勧められたという。Dはもともと 本を読むのが好きで、日本語学校在学中も英語の本を読んでいた。しかし、タイ人のクラ スメイトから簡単な日本語の本を読書するよう勧められたため、英語での読書習慣を日本 語で行うように切り替えたそうである。分からない言葉があれば「辞書を引いてノートを 取る(D1:134)」ようにした。

*: すごいいい先生、先生じゃないけど、な、名前はなんという人なんですか。

D: 【人名】さん。

*: 【人名】さん、すごいいいアドバイスですね。(笑)

D: すごい真面目です。(笑)いつもいい点数取れているんですね。

*: ふーん、すごいですね。でも本当にじゃあ、でその通りにやったんですか。

D: はい。やっぱり役に立ちました。 (D1:134-140)(下線は筆者)

筆者は、タイ人のクラスメイトのアドバイスが非常に適切だと考え、そのクラスメイト について聞いたところ、Dは彼が「真面目」で「いつもいい点が取れている」と形容した。

そして言われたとおりにアドバイスを実行し、「やっぱり役に立った」と感じている。

Dは、当該のクラスメイトのみならず、タイ人のクラスメイト達について「奨学金生で、

私よりずっと一生懸命勉強している(D1:118)」と高く評価していた。タイ人クラスメイ ト達は国費留学生であり、同国の先輩学生とのネットワークも持っていたと思われる。一 方、DはCと同様、初めてのインドネシア人であった。恐らく、Dは、タイ人のクラスメ イトに自分にはない「有利な条件」を感じていたと思われる。しかし、Dはタイ人のクラ スメイトに対してライバル意識を持つには至らず、自分からアドバイスを乞うという援助 申請を行った。この出来事は、クラスメイトに援助申請を行い、それが受け入れられたこ とによる「心理社会的同一性」の向上がもたらされたと考えられる。さらに「心理社会的 同一性」がDの学習動機の「能力期待」を高めたとすれば、質問紙調査の結果を裏付ける こととなる。ニューマン(2008/2009:265-266)によれば、適応的に援助申請を行うという ことは、社会的・認知的な能力を用いて自己内省が出来ており、「学習意欲」「自己効力 感」「自尊感情」等といった内部リソースを持ち合わせている状態であると言う。Dは移 動先の進学クラス内でのネットワークの構築に成功し、「心理社会的同一性」の向上と「能 力期待」の高まりが認識されていた。その象徴的な出来事として、タイ人のクラスメイト に対する援助申請があったと言える。

Dは、クラスメイトと一緒に昼食を取ったり、日本留学試験終了後に教師やクラスメイ トと共に日本科学未来館を訪れたりしたことを楽しそうに回想した。クラスメイトと長い 時間を共有する中で、非常に濃い友人関係を築くことができたようである。これは、Cの 語りにも見られた状況である。

その後、Dは大学受験で第一志望と第二志望の大学に落ちるという挫折を味わう。両大 学とも「ずーっとずっと行きたくて(D1:188)」目指していたので、不合格だった時は、

「やる気がなくなってしまいました(D1:180)」と言う。しかし、それを乗り越えられた のは、仲間や教師からの励ましだった。

*: そっかー。わかりました。でもそのあとどうして元気になりましたか?

D: そうですねー、うーん…みんな頑張ってるから。その、私の周りの(?)する人がすごい 頑張ってるから、私も頑張ろうと思って。//*:うんうんうん、そうですよね。//ずっと落ち込ん でいると何も変わらないから。

*: すごい。偉いですね。そっかー。

D: (笑)やっぱり友達のおかげ、先生方のおかげでー、またやる気が出ました。

(D1:195-198)(下線は筆者)

以上の語りからは、「頑張っている」周囲を見て、再度「やる気が出た」ということか ら、周囲の働きかけによって「努力肯定」が高まったと考えられる。

一連の語りからは、Dはクラスメイトや教師との関係を良好に築くことにより「心理社会 性」を高めていたことが分かる。そして、授業についていけなかったと感じた時は適切な 援助申請を、受験で挫折感を感じた時は周りの励ましを素直に取り入れ、学習動機を回復 したと考えられる。

④教室外での活動について

インタビューの中では、教室外の活動については特に出てこなかった。筆者が進学クラ スの話を中心に進めて、質問をしそびれたのが理由であるが、同心円図を作成すると、ク ラスメイト以外にも、寮の友人や日本人の保証人の存在が出てきた。そのため、再度電話 でインタビューをしたところ、当時は学校に歩いて 7 分のゲストハウス75に住んでおり、

そこに同じ学校の学生も何人か住んでいたと言う。そのため、ゲストハウスに戻った後、

同じ学校の友達と食事をすることが多かった。また、保証人の日本人の女性と週に1度外 食をしていたという。

アルバイトについて尋ねると、「学校で禁止されていたからしなかった」と答えた。学 校から進学したい人はアルバイトをしないよう言われていたと言う。Dの生活は、学校を 中心に回っていたと考えられる。

⑤母国と自国の自己について

Dは、日本に来て、自己の変化を感じているようであった。母国でも友達に「明るい人」

と言われていたそうだが、日本に来てさらに積極的になったと言う。

D: でもあの、日本に来る前に、自信はあんまり、なんていうんですかね、私日本語が・・

*: 自信がなかった?

D: なかったんですね。・・・日本に来てから色々なチャレンジをやろうという気持ちが・・・

色々なチャレンジに挑戦したいです。

75 学習者Aの語りにもゲストハウスが出てきたが、隣人は日本人とフランス人で、学校の人では ないと言っていたため、Dの住んでいたゲストハウスとは異なるところだと考えられる。