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本研究の意義と課題

第 7 章 日本語学習者の学習動機および自己形成と社会環境との関係

8.3 本研究の意義と課題

本研究では、これまで取り上げることの少なかった日本語学校生を対象に、学習動機と 自己形成の時間的変遷を、量的調査と質的調査を用いて明らかにした。

本研究の意義は、3点ある。まず、日本語学校生を対象にし、大規模な質問紙調査を行 ったことである。日本語学校生は、留学生全体の約3分の1を占め、卒業後は毎年7割前 後の学生が高等教育機関へ進学することからも、留学生教育を語る上で重要な位置を占め ると言える。しかし、日本語学校生を対象にした研究は、現在まで大学留学生と比較して も絶対量の少なさが指摘されている。そのため、彼らの実態を知る上でも、本研究は意義 があると言える。

第2点として、日本語学校生を、問題点を抱えた存在、サポートの必要な存在と捉えず、

困難意識を抱えつつも学習に向かう姿を示した点である。確かに、調査結果からは、在籍 期間が長い学習者群は、学習動機が有意に低い傾向が示された。しかし、同時に、学習困 難意識が自宅学習時間を伸ばしていることが質問紙調査から、「勉強は大変だ」と感じつ つタスクに向かう語りがインタビュー調査から明らかになった。先行研究における「日本 語学校生=問題を抱えた存在」というイメージにとどまらない、困難意識と共に学習を続 ける主体的な学習者像も示すことができたと思われる。

第3点として、学習動機に影響を与える要因として、自己形成因子と環境に注目し、量 的調査および質的調査から、それぞれの関連性を検討した点である。特に、時間という視 点を用いて、在籍期間別に検討した結果、両者に関連が見られた。時間軸を取り入れたこ とにより、社会における自己の確立という意識が低下することと、学習動機の複数の因子 が低下することとの関連性を示すことができた。特に在籍期間が1年以上経った学習者に ついては、注意が必要だという指摘は、教育現場において有効であると思われる。また、

社会の中での位置取り(心理社会的同一性)が学習者の自己効力感(期待)と関連してい ることが質問紙調査およびインタビュー調査から示すことができた。学習動機と自己形成 を構成する因子のうちどの因子が時間の影響を受けやすいのか、反対に学習環境を整える ことで向上する可能性のある因子はどれか示すことにより、教育現場においてより具体的 な提言ができたと考える。

次に、本研究の限界を述べる。第一に、本研究は、理論の枠組みとして期待価値理論を 援用し、自己形成との関連を見たが、逆に言えば、それ以外の学習動機の側面は見ること ができなかった。また、動機の三水準でいうところの領域レベルの学習動機に注目したた め、よりミクロな状態レベルについて、例えば、教材、教育法、カリキュラムなどの教育 実践的な観点については述べることができなかった。しかし、結論において、学習者のク ラス内での位置取りが学習動機に影響を及ぼすことがあきらかになったため、今後は教室 環境における状態レベルでの研究や観察を行うと、より具体的な提言ができると考える。

第二に、インタビュー対象者の性質の偏りである。日本語でインタビューを行うという 研究方法の性質上、学習動機が高い対象者が集まってしまうのは当然のことではある。こ れは、日本語学習者のポジティブな面を描き出すと結果となり、よりよい教室運営への手 がかりを得ることとなった。しかし、学習動機の高いインタビュー対象者が集まったため、

なぜ在籍期間が長い学習者は学習動機が有意に低いのか、具体的な事例を得ることができ

なかった。また、筆者は今回のインタビュー対象者の母語である中国語およびインドネシ ア語は全く話すことができなかった。もし、彼らの母語でインタビューを行ったら、より 豊かな内容を聞くことができたかもしれない。

第三に、本研究は横断的な研究であることである。日本語学校生は、大学の留学生に比 べて入れ替わりが激しく、3 か月や半年で帰国してしまう学生も少なくない。そのため、

今回の質問紙調査では、学習者を在籍期間別に3つの学習者群に分けて分析を行った。在 籍期間別の学習者群において有意差が見られたため、現場の教師がクラスに入る時に、在 籍期間を考慮して学習者と接することの有効性は示せたが、学習者を縦断的に観察するこ とはできなかった。また、インタビュー調査は、2回に分けて行えたのは学習者Aのみで、

Bは途中帰国のため1回目のインタビューのみを考察し、CとDは振り返ってインタビュ ーを行ってもらうことで対応した。今後は、縦断的な学習動機調査も行い、より厳密な意 味での学習動機および自己形成の時間的変遷を考察したい。

(引用文献)

イリッチ, L. (東洋・小沢周三訳)(1977)『脱学校の社会』東京創元社

鹿毛雅治(2007)「教育実践におけるかかわりと学び」中谷素之(編著)『学ぶ意欲を育てる人間 関係づくり―動機づけの教育心理学―』金子書房, pp.89-107.

鍋島祥郎(2003)『効果のある学校―学力不平等を乗り越える教育―』解放出版社

Eccles, J.S., & Wigfield, A. (1995) In the mind of the actor: The structure of adolescents' achievement task values and expectancy-related beliefs. Personality and Social Psychology Bulletin, 21, pp.215-225.

Edmonds, R.R. (1979) Effective schools for the urban poor. Educational Leardership, 37(1), pp.15-24.

資料1 Eccles & Wigfield (1995)の質問項目 (7 件法)

●Perceived Task Value Items Intrinsic Interest Value

1. In general, I find working on math assignments (very boring, very interesting) 2. How much doyou like doing math? (not very much, very much)

Attainment Value/Importance

3. Is the amount of effort it will take to do well in advanced heigh school math courses worthwhile to you? (not very worthwhile, very worthwhile)

4. I feel that, to me, being good at solving problem which involve math or reasoning mathematically is ( not at all important, very important)

5. How important is it to you to get good grades in math? (not at all important, very important) Extrinsic Utility Value

6. How useful in learning advanced high school math for what you want to do after you graduate and go to work?

(not very useful, very useful)

7. How useful is what you learn in advanced high school math for your daily life outside school? (not at all useful, very useful)

●Ability/Expectancy-Related Items

8. Compared to other students, how well do you expect to do in math this year? (much worse than other students, much better than other students)

9. How well do you think will do in your math course this year? (very poorly, very well) 10. How good at math are you? (not at all good, very good)

11. If you were to order all the students in your math class from the worst to the best in math, where would you put yourself?) (the worst, the best)

12. How have you been doing in math this year? (very poorly, very well)

●Perceived Task Difficulty Items Task Difficulty

13. In general, how hard is math for you? (very easy, very hard)

14. Compared to most other students in your class, how hard is math for you? (much easier, much harder) 15. Compared to most other school subjects that you take, how hard is math for you> (my easiest course, my hardest course)

16. How hard would you have to try to do well in an anvanced high school math course? (not very hard, very hard) 17. How hard do you have to try to get good grades in math? (a little, a lot)

18. How hard do you have to study for math tests to get a good grade? (a little, a lot)

19. To do well in math I have to work (much harder in math than in other subjects, much harder in other subjects than in math)

資料 2 日本語学習者向け期待・価値・学習困難意識尺度 (質問紙調査実施時)(5 件法)

1. 日本語の勉強は面白い。(内)

2. 日本語の上達のために努力していることは、私のためになると思う。(獲)

3. 日本語を勉強することは、進学したり就職したりするために役立つと思う。(利)

4. 私は、他の学生よりも、日本語が上手になると思う。(期)

5. 日本語の勉強は大変だ。(困)

6. さらに上のレベル(クラス)に行くために、たくさん頑張らなくてはならない。(努)

7. 自分は日本語に向いている、または合っていると思う。(獲)

8. 日本語を勉強することは、卒業後、勉強したり仕事をしたりする時に役立つと思う。(利)

9. 日本語の勉強が好きだ。(内)

10. これから日本語の成績が上がると思う。(期)

11. 他の学生と比べて、私は日本語の勉強に苦労している。(困)

12. これからいい成績を取るために、頑張らなくてはならない。(努)

13. 私は日本語が得意だ。(期)

14. 日本語を使うのは楽しい。(内)

15. 日本語の勉強は、学校以外の日常生活で役立つと思う。(利)

16. 日本語で物事を考えたり、表現したりすることは、重要なことだと思う。(獲)

17. この学校(クラス)の中で、私は日本語ができるほうだ。(期)

18. これまで勉強した他の科目に比べて、日本語の勉強は大変だ。(困)

19. テストでいい点を取るために、たくさん勉強しなくてはならない。(努)

20. 日本語の授業でいい成績を取ることは、自分にとって大切なことだと思う。(獲)

(内)内発的価値、(獲)獲得価値、(利)利用価値、(期)期待、(努)努力必要(困)学習困難

資料 3 多次元自我同一性尺度 MEIS (谷 2001)

1. 過去において自分をなくしてしまったように感じる。(斉一)(逆)

2. 自分が望んでいることがはっきりしている。(対自)

3. 自分のまわりの人々は、本当の私をわかっていないと思う。(対他)(逆)

4. 現実の社会の中で、自分らしい生き方ができると思う。(社会)

5. 過去に自分自身を置(お)き去(ざ)りにしてきたような気がする。(斉一)(逆)

6. 自分がどうなりたいのかはっきりしている。(対自)

7. 自分は周囲の人々によく理解されていると感じる。(対他)

8. 現実の社会の中で、自分らしい生活が送れる自信がある。(社会)

9. いつのまにか自分が自分でなくなってしまったような気がする。(斉一)(逆)

10. 自分のするべきことがはっきりしている。(対自)

11. 人に見られている自分は本当の自分と一致しないと感じる。(対他)(逆)

12. 現実の社会の中で、自分の可能性を十分に実現できると思う。(社会)

13. 今のままでは次第に自分を失っていってしまうような気がする。(斉一)(逆)

14. 自分が何をしたいのかよくわからないと感じるときがある。(対自)(逆)

15. 本当の自分は人には理解されないだろう。(対他)(逆)

16. 自分らしく生きてゆくことは、現実の社会の中では難しいだろうと思う。(社会)(逆)

17. 「自分がない」と感じることがある。(斉一)(逆)

18. 自分が何を望んでいるのかわからなくなることがある。(対自)(逆)

19. 人前での自分は、本当の自分ではないような気がする。(対他)(逆)

20. 自分の本当の能力を活かせる場所が社会にはないような気がする。(社会)(逆)

(斉一)自己斉一性・連続性、(対自)対自的同一性、(対他)対他的同一性、(社会)心理社会的同一性)、

(逆)逆転項目77

77 逆転項目とは、測定したい項目と逆の意味の文章を質問に用いることである。統計処理の際に、数値を修正