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第2章 自己制御・自己統制研究の概観と考察

第4節 自己制御・自己統制方略

前節では自己制御の失敗に焦点をあててきた。自己制御失敗の要因を明らかにすること は,人が常に自己制御に成功するわけではないことを示唆するものである。しかしながら,

自己制御の肯定的な側面に焦点をあてると,自己制御に失敗することだけではなく,“どの ようにしたら自己制御(目標追求)に成功するのか”という観点から自己制御研究をすす めることも必要であろう。自己制御の成功を導くためには,第2節で先述したとおり,何 らかの制御的反応を実行することが必要になる。自己制御方略や自己統制方略に関する知 見は多数あり,その多くは様々な自己制御領域において共通して方略としての有効性が確 認されている。一方で,アルコールやギャンブル,先延ばしといった特定の領域における 誘惑は,状況依存的な制御反応が働くことが指摘されている(Baumeister et al., 1994)。実 際に,Kuhl(2000)は,ストレスに対する状態志向的反応と行動志向的反応の2つを提案 しており,状態志向的反応では,ストレスを反芻し自己意識が高く,感情焦点型のコーピ ングを行うが,行動志向的反応では脅威に際して行動や努力を行い,自己意識が低く問題 焦点型のコーピングを行うことがわかっている。このように状況依存的な自己制御方略も あるが,本節では先行研究で提案された通状況的な自己制御方略・自己統制方略を大きく 4つ(事前に誘惑を予防する方略/誘惑を回避する方略/目標の重要性を考える方略/そ の他:自己制御に関連した方略)に分類し,概観する(表2-3)。

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(1)誘惑を予防する方略(事前)

1)誘惑の利用可能性と機会の制御

意識的な衝動抑制を想定すると,誘惑の知覚によって衝動の活性化が生じる前に,あら かじめ誘惑に無節制になる機会や利用可能性を制限することは重要であるといえるだろう

(e.g., Ainslie, 1975; Hoch & Loewenstein, 1991; Rachlin, 1995, 2000; Thaler & Shefrin, 1981;

Trope & Fishbach, 2000, 2005; Wertenbroch, 1998)。このような方略は満足遅延研究でも発達 の観点から実証されている。例えば,7,8歳の子供は,誘惑を隠したり,移動させたり することによって誘惑を事前に回避していることが示されている。こういった自己制御能 力は年齢とともに増加し,徐々に誘惑の知覚が自身の目標を弱めるという意識が増加する といわれている(Mischel & Mischel, 1983; Rodriguez, Mischel, & Shoda, 1989)。さらに,こ の方略は,“プレコミットメント”(pre-commitment)の内容も含まれている。プレコミッ トメントとは,事前に誘惑の排除や選択セットに目標項目を加えることで自身が目標に従 って行動するように事前に関与 (pre-commit)することである。例えばWertenbroch(1998)

では,喫煙者は消費を制限するために,10箱入りのカートンよりも1箱のたばこを買うこ とを好んでいた。さらにAriely & Wertenbroch(2002)では,学生に授業課題の締め切りの 設定を行うように求めた。その際,学生は必要な時間よりも早く締切日を設定することで プレコミットメントを行っていた。締切日の早さは,課題を先延ばしするといった誘惑追 方略の分類 主な方略 Magen & Gross(2010)

との対応 誘惑を予防する方略(事前) ・誘惑の利用可能性と機会の制御 状況選択

・認知的再解釈

・対抗的統制

・実行意図

・目標の保護

・心的対比

・目標(誘惑)追求への報酬と罰 その他:自己制御に関連した

方略(ストレスコーピング) ・気晴らし方略 注意配分

目標の重要性を考える方略

誘惑を回避する方略(事後) 状況修正/認知変容

注意配分/認知変容

表2-3 自己制御方略・自己統制方略の整理

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求への可能性を減少し,毎日課題に取り組む可能性を増加する。つまりプレコミットメン トによって将来の選択の自由(例:誘惑追求を促進する)を排除できるといえるだろう。

また,先述した“自己統制のサイバネティックプロセスモデル”において,“状況選択・状 況修正”にあたる方略とも一致している。

(2)誘惑を回避する方略(事後)

1)認知的再解釈

認知的再解釈方略は,誘惑的な対象または出来事に対する経験について代替解釈を行う 方略である。この再解釈は,誘惑に対して“冷たい”,“抽象的”,または“心的に遠い動機 づけ表象”として再解釈することによって,目標追求を守ることが可能である(Gross, 2002;

Kross, Ayduk, & Mischel, 2005; Liberman, Trope, & Stephan, 2007; Metcalfe & Mischel, 1999;

Trope & Liberman, 2003, 2010; Vallacher & Wegner, 1987)。例えばMoor, Mischel, & Zeiss(1976)

は,子どもを対象に2つの報酬(1つのプレッツェルか,2つのマシュマロ)のどちらが 好きかを尋ねた。その後,“すぐに食べることができるが,子供にとってあまり好きではな い”方の報酬を食べずに待つことができれば,好きな方の報酬がもらえることを教示した。

その際,参加者は待っている間に,報酬に対して額縁に入った絵だと思って観察するふり をする再解釈条件と,そのままの実際の報酬を見せる統制条件のどちらかに割り振られた。

その結果,再解釈条件は統制条件に比べて,より長く満足遅延ができていた。これらの結 果は,先述した“自己統制のサイバネティックプロセスモデル”の“認知変容”とも一致 している。その他にも,Fujita & Han(2009)はダイエットに関心のある参加者を対象に,

抽象的または具体的に解釈させる操作(抽象的なカテゴリーラベル/具体的なエグゼンプ ラーの作成)を行った。その後,リンゴとチョコレートバーに対して感情価の連合度合の 測定を行った。結果は,抽象的な解釈を行ったときに参加者はチョコレートバーをポジテ ィブに評価せず,リンゴに対する好ましさを高めていた。学業場面における認知的再解釈 の検討としては,Leroy, Grégoire, Magen, Gross, & Mikolajczak(2012)は,“記憶力を良く する”として課題の認知的再解釈を行った群は,統制群に比べて,誘惑(壁に貼られたポ スターのような写真)に対する影響が減少し,課題に対する集中も維持し,後続の記憶課 題における成績も良くなっていたことが示された。

42 2)対抗的統制

対抗的統制理論(counteractive control theory)は,積極的な自己制御方略を提唱したもの である(Trope & Fishbach, 2000; Fishbach & Trope, 2005)。この理論では,自己制御は刺激の 主観的価値に対する非対称的なシフトを含んでいる。この非対称的なシフトとは,目標の 動機づけ的価値を高め,誘惑の動機づけ的価値を弱めるということを示す。特に,目標と は反対の誘惑の利用可能性が高まると,目標の価値を高め,誘惑を弱めるといった対抗的 統制が働くといわれている。例えばMyrseth, Fishbach, & Trope(2009)では,ジムの利用 者を対象にヘルシーバーとチョコレートバーの選択をしてもらった。参加者は選択をする 前に魅力度を評価する条件と,選択をした後に魅力度を評価する条件に割り当てられた。

結果は選択前の評価の場合はヘルシーバーの価値がチョコレートバーの価値よりも高く評 価されていた。選択後の評価の場合は,2つのバーの評価に差はみられなかった。この結 果は,食べ物を選択する前に参加者が自己制御方略として目標に一致する選択(例:ヘル シーバー)の価値を高め,誘惑に一致する選択(例:チョコレートバー)の価値を弱めて いたことが示唆される。

このような対抗的統制は,自動的過程においても生起することが可能である。つまり,

潜在的な自己制御方略として提案できる。例えばFishbach, Friedman, & Kruglanski(2003)

では,自己制御に普段から成功している人は,誘惑表象と目標表象間の非対称的なシフト として認知的連合(非対称的な誘惑‐目標認知連合)が形成されていることを明らかにし た。この研究では,閾下連続プライミング手法を用いて,誘惑関連語(e.g., television)を プライミングした直後の目標関連語(e.g., study)に対する反応時間と,目標関連語(e.g., study)をプライミングした直後の誘惑関連語(e.g., television)に対する反応時間を測定し た。その結果,普段から自己制御に成功している人は失敗している人に比べて,誘惑プラ イミング後に目標表象の活性化が促進されやすく,一方で目標プライミング後に誘惑表象 の活性化が促進されにくいことが示された。つまり,普段から自己制御に成功している人 は,過剰学習によって誘惑表象と目標表象間の非対称的な連合が強化されることで,自己 統制葛藤場面に直面しても自動的に目標表象が活性化され,目標追求を守ることができる ことが示唆された。さらに,誘惑の知覚が自動的に目標一致行動を促進し(Fishbach et al.,

2003),目標の重要性と目標意図を高めた(Kroese, Evers, & De Ridder, 2009)といった結果

も示されている。また,この非対称的な誘惑‐目標認知連合による効果は,学業場面だけ ではなくダイエット場面などの複数の自己制御領域においても示された。