第2章 自己制御・自己統制研究の概観と考察
第5節 学業場面における自己制御・自己統制
自己制御や自己統制に関する研究については,本章で様々な知見を紹介してきた。自己 制御・自己統制のプロセスから,自己制御失敗の要因,そして自己制御・自己統制方略に ついて取り上げてきた。これらの研究は,様々な領域(例:学業,健康など)で繰り返し 確認されてきたが,本節では多くの大学生にとって最も身近な自己制御領域である学業領 域に焦点をあて自己制御研究を概観する。
学業場面における自己制御に関する知見では,学生の学びの技能だけでなく,どのよう に学業目標を追求させるかについても多角的な検討が行われてきた。特に,学業場面にお ける自己制御・自己統制に関する知見で最も有名なものとして,“自己調整学習”がある。
自己調整学習とは,学習者が自分自身の過程で,メタ認知的に,動機的に,行動的に積極 的な関与者であるその程度に応じて自己調整することである(Zimmerman, 1986, 1989,
2000)。自己調整学習では,学生の学びの技能に影響すると考えられる能力を包括的に説明
しており,主なプロセスとしては,学習者が目標設定を行い,目標を追求するためのプラ ンニングや方略選択を行うことが仮定されている。また,自分の学習方法,方略の効果を モニターし,評価しながら,達成に近づくためのフィードバックに反応する過程を仮定し ている。この考えは,先述したコントロール理論や行為段階のマインドセット理論と非常 に関連している。例えば自己調整学習に関するモデルの1つとして,Winne & Hadwin(1998)
は,学生の自己調整学習には4つの段階があると仮定している。1つめの段階は“課題の 明確化”であり,学生はこの段階で学ぶ課題を決定する。2つめは“目標の設定とプラン ニング”であり,課題の目標設定を行い,目標を達成するためにプランニングする。3つ めは“実行”であり,計画を成し遂げるために様々な方略を使う。4つめが“改変”であ り,自分の学習中の経験に基づいて評価し,修正を行う。このように,自己調整学習は,
教育や学業に特化した目標追求および自己制御プロセスといえるだろう。
次に,なぜ学生が学業目標の追求に失敗するのかについて,学業場面に特化して検討し ている知見もある。例えば,Fries(2006)は誘惑に起因して目標の動機づけが減少する現 象のことを“動機的干渉(motivational interference)”と呼び,学業場面に特化して実証研 究を行っている(Dietz, Schmid, & Fries, 2005; Fries & Dietz, 2007; Hofer, Kuhnle, Kilian, Marta,
Fries, 2011)。Dietz et al.(2005)は,参加者に動機づけ間の葛藤(例:試験勉強vs. 友人と
会う)を想定してもらったときに,誘惑による目標への動機的干渉を高く報告しており,
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期待×価値 衝動性×遅れ
試験勉強よりも代替活動(誘惑)に対する価値を高めていた。同様に,Fries & Dietz(2007)
では,ビデオ(誘惑)を見るために待っている間に学業課題(目標)に取り組んだ参加者 は,ビデオを見た後に課題に取り組んだ参加者に比べて,より動機的妨害(motivational interference)を報告し,成績も悪かった。
その他にも,“先延ばし(procrastination)”と“計画錯誤(planning fallacy)”は,学業場 面においても自己制御失敗の要因の1つである。はじめに,“先延ばし”とは,何らかの達 成すべき課題を遅らせることである(Lay, 1986)。Steel(2010)は,先延ばしの原因につい て,先延ばし方程式を提案し,先延ばしをするか否かの原因となる要素を示している。そ の要素とは図2-4である。
期待価値理論(Atkinson, 1964)によると,動機づけは,“期待(主観的な成功可能性)” と“価値(主観的な価値づけ)”の積として捉えられる。しかしながら,Steelはさらに,“衝 動性”と“遅れ”を入れることで,より人間の本質を理解することができると説明してい る。ここでの“衝動性”とは,衝動に対する動かされやすさである。“遅れ”は,“時間”
のことを指し,価値を手にできる時期が遅くなるほど,期待や価値といった動機づけが下 がる。例えば,課題の締め切りが遠い先だと,遅れ(時間)が大きくなり,その課題に取 り組もうという動機づけが下がる。衝動性が強いと,遅れに対する敏感さが増幅するため,
衝動性が強い人は特に締め切りに注意を払わない。しかしながら,結果の重大性や動機づ け(期待と価値)が高いほど,速い段階で課題に意識が向く。これらの方程式によって,
先延ばしのメカニズムを説明している。学業の先延ばしに関する実証研究において,学業 成績と先延ばし特性には負の関連があることがわかっている(向後・中井・野嶋, 2004;
Rothblum, Solomon, & Murakami, 1986; Tice & Baumeister, 1997)。
“先延ばし”と類似した概念である“計画錯誤”は,実際よりもはやく課題遂行を見積 もるといった楽観的な予測をする傾向のことである。計画錯誤は,試験勉強時間や課題レ
図2-4 先延ばし方程式(Steel, 2010)
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ポートなどにおいて実証研究が行われている(Buehler, Griffin, & Ross, 1994; 藤島 2007,
2011; 樋口・埴田・藤島, 2010)。Buehler et al.(1994)は,大学生に課題を課し,課題の完
成期日を予測するよう求めた。その結果,予測した期日は実際の提出日よりも早く,楽観 的な予測をしていた。また,樋口他(2010)は,予測時の動機づけが予測を楽観的にし,
楽観的予測は時間的距離感に調整されることが示されている。例えば,試験1ヶ月前に試 験勉強時間の予測を行ったところ,達成プライミング条件の参加者は,誘惑プライミング 条件の参加者に比べて,勉強時間をより楽観的に見積もり,計画錯誤が生じていた。また,
この傾向は時間的距離感によって調整されており,試験までの時間的距離感が遠いときの み,この傾向がみられていた。
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