第3章 本研究の目的と構成
第 1 節 本研究の目的
以上のように,“誘惑”と“目標”間の葛藤(自己統制葛藤)を前提とし,人々が目標追 求を優先させるために,様々な自己制御方略を用いることが明らかにされてきた(e.g., Dhar
& Wertenbroch, 2000)。また,多くの研究では実験状況を使い,新たな自己制御方略を提案
し,その有効性について示してきた。しかしながら,いくつかの疑問点もあげられる。
第1に,“先行研究であげられた自己制御方略は,日常場面で実際に使用されているのか”
という点である。学業場面における自己制御研究では,“目標”の価値上げ(Fries, Dietz, &
Schmid, 2008)や認知的再評価(Leroy et al., 2012)といった方略の有効性に関する検討は あるが,多くが単一の自己制御方略の検討であり,複数の自己制御方略の使用については 取り上げられていない。しかしながら,最近では,“人は複数の自己制御方略を複合的に使 用して,より柔軟な自己制御を行っている”という見解が提案されている(Fujita, 2011)。 この見解では,人は自己制御を促進するためにいくつかの異なる認知的・行動的手段(自 己制御方略)に従事すると仮定しており,ある状況で特定の自己制御方略を使うことに不 足がある場合,もしくは特定の自己制御方略を使うことに失敗した場合に,他の方略の使 用や自身のもつ知識によって補償すると考えられている。しかしながら,この見解を実証 した研究はほとんどないため,人々が日常生活において実際に複数の自己制御方略を使用 しているかについては,実証的検討が必要であると考えられる。そこで本研究では,複数 の自己制御方略の使用による人々の柔軟な自己制御について検討することを第一の目的と する。
また,その他にも,人々の日常生活における自己統制葛藤経験についても詳細に明らか にすることも重要であろう。従来の自己制御研究では,自己統制葛藤は直接実験で測定す ることが難しく,実験操作で自己統制葛藤状況を扱うことが多かった(例えば,Fishbach et al., 2003)。しかしながら,最近では実験操作で扱う“目標”と“誘惑”の多くは,研究者 が実験操作のために定めた対象にすぎないという指摘もある(Hofmann & Van Dillen, 2012)。 つまり,ある複数の人達が仮に同じ目標を持っていたとしても,どのような対象を誘惑と して認識しているかは人それぞれ異なることが考えられる。例えば,試験で良い成績をと
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る目標に対して,人によっては“友人との遊びの誘い”を誘惑として認識する人もいれば,
認識しない人もいるだろう。“目標”と“誘惑”の葛藤経験は人によって異なるため,先行 研究で扱われている自己統制葛藤の実験操作は,人によっては自己統制葛藤として機能し ていない可能性がある。そのため,人々がどのような目標のときに,どのような刺激を誘 惑として認識しているかについては,詳細に検討する必要があるだろう。特に,目標を妨 げる誘惑には,欲求,衝動,代替目標など様々な要素が混在するかもしれない。誘惑に打 ち勝ち,目標を優先させる自己制御方略を検討するためには,前提となる自己統制葛藤に ついて詳細に明らかにし,人々が日常場面で経験している自己統制葛藤を知る必要がある。
この考えに一致して,最近ではHofmann et al.(2012)が,経験サンプリング法を用いて自 己統制葛藤に関する実証的研究を行っている。この研究では,人々が普段どのような“欲 求”を感じ,他の目標と葛藤した際には“欲求”にどのように抵抗しているのかについて 検討している。しかしながら,この研究は,人々の自己統制葛藤の実態を知るうえでは非 常に有益であるが,参加者から挙げられた“欲求(誘惑)”と“目標”がそれぞれ独立して 種類分けされているため,参加者が“どのような‘目標’のときに,どのような‘誘惑’
と葛藤していたのか”という“欲求(誘惑)”と“目標”の葛藤関係の詳細に関しては取り 上げられていない。つまり,特定の目標(例:学業,ダイエット)と,それぞれの目標で あがった誘惑の内容といった“目標”に特化した“欲求(誘惑)”についての検討はなされ ていない。先述したように,ある目標を追求するうえで,葛藤する誘惑というのは人それ ぞれ異なることが考えられるため,人々が感じた自己統制葛藤における“誘惑”と“目標”
間の対応関係について明らかにすることが重要であると考えられる。以上のことから,本 研究では第2の目的として,自己統制葛藤状況について詳細な検討を行う。
先行研究の疑問点の2つ目は,“日常生活で複数の自己制御方略が使用されている場合,
自己制御方略がどのように人々に使用され,機能しているのか”という点である。先行研 究では,自己制御方略の提案および有効性に関する知見が多くみられるが,自己制御方略 が日常場面でどのように使用されているのかについて検討することはあまり重視されてこ なかった。特に最近では,脳科学による脳の部位の活性化(e.g., Carter, Braver, Barch, Botvinick, Noll, & Cohen(1998)や潜在測定(e.g., Fishbach et al., 2003)を用いた知見によ る,“潜在的な自己制御メカニズム”に関する研究が増えている背景もあるだろう。本来,
顕在的な(努力を要する)自己制御は,制御資源が枯渇すると失敗することが示されてい るが,潜在的な自己制御は制御資源の負荷に関係なく,目標追求の成功を導くことが可能
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であることが示されている。このような潜在的な自己制御の生起には,まず自己制御方略 を繰り返し使用することで自動化させていることが考えられる(Muraven, 2010; Muraven, Baumeister, & Tice, 1999; Oaten & Cheng, 2006a, 2006b)。つまり,潜在的な自己制御につい て明らかにするうえでも,まずは複数の自己制御方略が人々にどのように使用されている のかについて詳しく知ることが重要であると考えられる。そのためには,自己制御方略の 使用について容易に測定するツールが必要となる。そこで,本研究では人々が普段からど の程度自己制御方略を使用しているかを測定する尺度を作成する。さらに,作成した尺度 を使用して,目標達成までの人々の自己制御方略の使用程度を毎日測定し,結果状態(目 標達成)に近づくまでにどのように方略を使用しているのかを検討する。
さらに,自己制御方略の有効性を検討するためにも,人々が使用している自己制御方 略が適切に機能しているのかについても検討する必要があるだろう。仮に,普段から利用 可能性の高い方略(または手段)があったとしても,自己制御の失敗を導くこともある。
例えば,慢性的なダイエッターが,カロリーの高い美味しい食べ物を目にしたときにいつ も“一口だけ食べて‘食べたい’という気持ちを満足させる”という方略を使用していた とする。しかしながら,その方略を使用していても,逆に“もっと食べたい”という快楽 的な気持ちが増し,結果的には誘惑に負けてしまうかもしれない。このように,人々が普 段から使用している方略がはたして“自己制御方略”として目標関連行動や目標追求の成 功に寄与しているかについては,自己制御方略に関する先行研究と同様に,確認する必要 があるだろう。例えば,先行研究の自己制御に関するモデルの多くは, “自己統制葛藤”
から“自己制御の実行”という流れのプロセスを経ることがわかっている。多くの研究で は,自己制御方略の有効性を検討する際に,“自己制御の実行”として自己制御の使用を想 定し,“自己制御の成功”として,目標に対する動機づけや目標関連行動を従属変数として 測定している。本研究においても,先行研究と同様に,“自己制御の実行”と“自己制御の 成功”の部分のパスを検討する必要がある。そこで,本研究では,自己制御プロセスを想 定した仮説に基づいてモデルを構成し,自己制御方略として適切に機能しているかを検討 する。
先行研究の疑問点の3つ目は,“人々が状況によって自己制御方略を使い分けたり,適切 な方略を選択したりしているのか”という点である。人々は,日常場面において,様々な 状況の下で自己制御を行う。先述した“柔軟な自己制御”に基づけば,特性的な自己制御 能力だけではなく,状況的に自己制御方略を選択し,使用することが想定できるだろう
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(Baumeister et al., 1994)。例えば,特定の領域の誘惑(例:アルコール,ギャンブル,先 延ばし)には状況依存的な制御が働いているかもしれない(Robinson et al., 2010)。状況の 違いには様々なものがあるが,本研究では,“追求する目標の性質の違い”に焦点をあてる。
例えば,目標の性質の違いには,目標の種類だけではなく,目標の明確性や達成困難度の 違いなどが考えられるだろう(Locke & Latham, 1990)。それらの状況の違いによって,使 用する自己制御方略が変化するのか,また,目標追求の成功を導く自己制御方略が異なる のかについては,詳細に検討する必要がある。以上のことから,本研究では,自己制御方 略の使用に関する時系列変化や有効性だけでなく,状況による自己制御方略の使用や選択 の変化について検討することを第3の目的とする。
最後に,自己制御方略の使用には様々な領域による違いが伴うだろう。例えば,学業に 関する自己制御領域や健康に関する自己制御領域などによっても,使用する(または有効 な)自己制御方略の様相が変化する可能性がある。これらの自己制御領域の違いは,自己 統制葛藤で経験される“目標”と“誘惑”の違いといっても過言ではないだろう。もちろ ん,様々な自己制御領域においても共通して有効に働く自己制御方略は存在するだろう。
このような通状況的な自己制御方略の提案は有益であるが,本研究では複数の自己制御方 略の複合的な使用や機能に焦点をあてるため,学業場面に限定して検討を行う。その理由 としては,学業に関する自己制御は,青年期において多くの人が経験することであり,高 次目標として扱われやすいためである。また,様々な自己制御方略が抽出されやすいこと が想定されるため,自己制御研究だけではなく教育心理学や発達心理学にとっても重要な 示唆を得られる可能性があるだろう。